一人暮らしの台所事情

2018年4月からストレスによる耳鳴り(頭鳴り)を発症。13年間の降圧剤の服用を止めます。

肉団子スープ、この間のスープと同じ味に?

2016年12月19日 | 変わった料理

怒られて、叱られて、しょげて、心で泣いて、今日は笑って…

きのうの続き。町内会費、一人だけ徴収できず
今日もまた怒られるのかと、段々気持ちがおかしくなってきた…
朝8時半ころ、じーさん宅を訪れる。こわいなぁ、どうしよう

おや?きのうとはまるで違う表情。私の顔をみると、すぐにお金を持って来てくれた
きのうは、たまたま 虫の居所が悪かったのか?それしか考えられない
私が集金袋に印鑑を押す前に、自分で領収したかのように書いてしまい、どうしたものかと…

最後にやっと私の印鑑を押して終えた…
この方、どうやら町内会で役員をしてるようだが、私には関係ないし
亡くなった雪かきばーさんの娘の旦那さんだ。今日も奥さんはいなかった

ある意味、別居してるのではないか…そう思えてならない
ようやく自分を取り戻し、耳鼻科に行ってきた
しかし、この騒動で、神経と体が緊張してしまい、妙に体に力が入ってしまった

今日は耳の調子がおかしく、耳に触られても空気を送られても痛みがあった
やはり、耳の病気は、ストレスが原因であると思った
今は一週間ほど、自分で作った料理を食べているので、若干体調が思わしくない

そして、今日ハッキリと私の病気は治せる、と確信した
絶対に治る。根拠はある。ちゃんとした理由もあるのだが、今日は書ききれない

そして、生活習慣病に悩まされている人も治る
私は口は悪いが、嘘をつけない人間である(多少の噓はある。人間だもの…)
お天気のせいもあって、今日はとても晴れ晴れとしている









歩かないと写真が撮れない。だが、今日は歩いた

白鳥がいっぱい飛んでいた
壊れたカメラでは、とても追いつけません…







久しぶりの白鳥だね








こんなんで、すいません




「食事療法」というと大げさではあるが、基本的には普通の食事である
添加物、農薬など、人体に害のあるものは遠ざけている
和菓子でさえ、いろんなものが入っています…

またそれに慣れてしまうと、味覚も変わってくるようです
段々その味に慣れてしまい、そして体内には排除しきれないものがたまってしまいます
新陳代謝も衰え、次第に中年太りも当たり前になってきます

そして、ダイエット、という方向へ向かいます
運動をしても何をしても自分の思うように痩せません
体重計の数字は目安であって、その人の体調がよければ多少重くてもよいのです

そうそう、肉団子はキャベツの芯がシャキシャキとして少し面白いです
が、スープの味が、なぜかこの間と似通ってしまったのです
来週からまた始めます。以前よりはかなり緩くなりますが、治るまで食べます

体を治すと同時に、太った人は痩せ、痩せてる人はちょうどよく
健康=ダイエットが一緒になった食事。それも普段食べている食事からできるのです
それを今まで暇な時間を見つけては勉強していました

それが嘘ではなかったし、本物であると思いました
ある意味、直感的な要素もあります。嘘はつかないかわりに、本物も見つけ出します
テレビの放送も観ていますが、途中で消してしまいます

今までそういうことを何度もやってきてるはず。体重は減っても代わりに健康を失いました
一時的に減ってもそれを維持することも難しいとみんなもわかっています
なのに、どうしてまた同じことを繰り返すのでしょう…

芸能人が痩せてもまたリバウンドしています
痩せて、また太って、また違うダイエット。夫の為に痩せたいといっていたのに…

私は何度も同じことを書いています。繰り返し書いてもわからない人がいます
私もそうでした。いつも同じこと書いてるから、そこはもうスルーしましょう
そして、ダイエット料理のとこだけ気にしていれば、なんとか作れるわよね

そのせいで、肝心なところが抜けてしまい、ようやく今になって、その意味がわかってくるのです
ダイエットと称しているのは、健康になる為、そして、一生太らない、病気にならない
そういう意味で、何度も繰り返し書いているのです

書いてる意味が分かった途端、今までチンプンカンプンだった文章の意味がようやくわかってきます
だから私はいつもいうのです。自分で勉強しなければ、本当の意味で健康を取り戻すことはできないと…
そうでないと、「やっぱりこれも普通のダイエットと同じよね。私の体質には合わないわ」

こうなるとせっかくここまでたどりついたのに、もったいないなぁと思うのです
それは、単なるダイエットとしてみていないから。本当に健康になりたい(痩せたい)と思うなら
自分で信じられるものを探してみるのが一番です。だとすると、自分の痩せたい目的はなんなのか

それを考えたら、必然的に答えは見つかるはずです
私はそのヒントをあちこちで書いています。ご飯だけの問題ばかりではありません
ご飯が「薬」だと言っているのは、私が本当にそう思っているからです



少し話題を変えましょう…

最近、というか、だいぶ前からご近所のかっちゃ(こゆりちゃん)の話は書かなくなりました
喧嘩をしたわけでもないのですが、彼女のある行動を目にしたので、その頃から自然と離れたのです
雪かきばーさんが亡くなった理由がわからなかったので、スーパーで偶然あった時に
詳しく聞きました。それ以降はほとんど話はしていません

そして、今回班長さんをすることにあたり、それでまた少し会話をしました
それ以外はほとんど会話はありません。元の状態に戻っただけです
彼女には少しだけ困ったことがあるのです

それは人に依存することです。それも自分の自由になる人、それ以外は敵、となります
今依存してる方は筋向いに住むおばちゃま。年齢的にはかなり高齢だと思うのですが実年齢はわかりません
なんでもいうことを聞いてくれる、そういう人に依存してしまうようなのです

私はどちらかというと、自分の意見もありますので、同意もできにくいし、煩わしいこともありました
また一番嫌いだったのは、人の陰口が多かったからです
私もないとはいえませんが、彼女は毎回いうのです。それが彼女の生きる原動力にも見えました

しかし、彼女のいうことはそれほど間違ってはいません。嫌な人はいやなものです
しゃべり方にトゲがあります。本当に嫌な気分にさせられます
そういう人のことは、すぐに忘れたほうがよいのです
私は一晩寝て、すぐに忘れてしまいました…

彼女のように、人に依存するタイプは、その後どうなるのでしょう
年齢的におばちゃまのほうが先にいなくなりますね
そうした場合、こゆりちゃんはまた依存する相手を探します

年齢は決まっていません。だから若い人でもいいし、お年寄りでもかまわないのです
自分のいいなりになってくれれば、相手に対して親身になって世話をします
私にはそれが耐えられませんでした。日中テレビを観たくても、ピンポンが頻繁にありました

段々、何かが違うのではないか?これって、ご近所づきあいなのかしら…
そして、家族、いえ、夫に依存する人もいます
「夫がいなくなったら、私はどうすればいいのかしら?」と言っていたのは姉でした

いざという時の心構えができていないのです。とても不安だと思います
しかし、私はそうではありません。息子はいますが、息子には将来があります
私のお世話をさせたくはありません
(自家中毒で病院で横になっていた時でさえ、私はなかなか息子のことを言い出せませんでした)

どんな時でも一人で対処してきました。それが普通になってしまいました
代わりに、ストレスを抱えてしまいました。だけど、夫の助けがなくてもなんとかできるようになりました
それは、亡くなった両親のおかげかもしれません。両親は勉強には厳しくありませんでした

農家だったので、手伝いはよくさせられました。必死で逃げる知恵もつきました
数年前から父親を許せたら、とずっと考え続けてきました
仏壇の前に座って手を合わせても答えは見つかりません

父親は老人性難聴でかなり聞こえが悪く、会話はほとんど不可能でした
私も難聴になってしまい、父の気持ちが少しわかったような気もしました…
これで許せることができたら、私も少しは変わるのではないか、とずっと考え続けているのです 

そこからまだ抜け切れていません。何かのきっかけ(思い出)があればきっと
抜け出せると思うのですが、まだ見つけられません

依存することはあまりいいことではありません
病気になった時、どうしますか?自分だけで立ち上がらなければならないこともあるのです
特に精神的なやまいの時は、人任せにはできませんよね
自ら立ち上がるには、それなりの勇気が必要です
とても怖いし、とても不安です。しかしながら ペットは別のような気がする…

愛犬が入院した時は、私毎日べそかいてましたもの
(いってることと、書いてること違うんでないの?)

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