南区比治山(ひじやま)町の多聞院(たもんいん)に広島市によって建立されている「多聞院・原爆被災説明板」です。
*被災説明板に写っている本堂は戦後修復され使用されていましたが、
火災で焼失し現在は再建された本堂になっています。
『爆心地から約1,750m
原爆の爆風により瓦が全部落下した多聞院本堂(昭和9年建立)には、1945(昭和20)年8月6日夕刻、倒壊・全焼した県庁(※県庁の緊急避難先に指定されていた)に替わり県防空本部が置かれました。
翌日、県庁は東警察署に移りましたが、同院は救援物資の受付や、比治山に逃げてきた多数の被爆者などに握り飯の配給の手配などが行われました。・・・・・』
(裕編集の)多聞院・原爆被災説明板
*被災説明板に写っている本堂は戦後修復され使用されていましたが、
火災で焼失し現在は再建された本堂になっています。
『爆心地から約1,750m
原爆の爆風により瓦が全部落下した多聞院本堂(昭和9年建立)には、1945(昭和20)年8月6日夕刻、倒壊・全焼した県庁(※県庁の緊急避難先に指定されていた)に替わり県防空本部が置かれました。
翌日、県庁は東警察署に移りましたが、同院は救援物資の受付や、比治山に逃げてきた多数の被爆者などに握り飯の配給の手配などが行われました。・・・・・』
(裕編集の)多聞院・原爆被災説明板
8月1日(安芸区のわが家付近)天候:はれ
28.4℃、82%