-画像が現れていない記事になっていたら、編集頁を見ていただければ幸いです-
「山県豊太郎像」 と 手前:「被爆したクロマツの曲がっている部分の幹」
広島市東区二葉の里に鎮座の鶴羽根神社境内に建立されている「山縣豊太郎像」です。
※2001年建立されました。
※1915年伊藤飛行機研究所(千葉県)が開校され第1期生として入校、1917年に首席卒業。
1919年5月5日東京遷都50周年祝賀行事の日、愛機鶴羽2号に搭乗、大観衆の見上げる上野上空に見事宙返りを敢行、日本航空史に輝く「民間人初の宙返り」を達成した(そうです)。
〔参考:ライト兄弟、1903年人類初の動力飛行に成功。〕
1898年広島市京橋町山縣家の三男として誕生。1920年墜落死
(裕編集)山縣豊太郎像
「山県豊太郎像」 と 手前:「被爆したクロマツの曲がっている部分の幹」
広島市東区二葉の里に鎮座の鶴羽根神社境内に建立されている「山縣豊太郎像」です。
※2001年建立されました。
※1915年伊藤飛行機研究所(千葉県)が開校され第1期生として入校、1917年に首席卒業。
1919年5月5日東京遷都50周年祝賀行事の日、愛機鶴羽2号に搭乗、大観衆の見上げる上野上空に見事宙返りを敢行、日本航空史に輝く「民間人初の宙返り」を達成した(そうです)。
〔参考:ライト兄弟、1903年人類初の動力飛行に成功。〕
1898年広島市京橋町山縣家の三男として誕生。1920年墜落死
(裕編集)山縣豊太郎像
7月19日(安芸区のわが家付近)天候:くもりorはれ
27.6℃、85%
当時のことを考えるとすごいパイロットだ
ったのでしょうね。
2004年この石像を撮影して頁を編集するまで、全く知らない人物でした。
翼が折れなければ成功していたかも知れないという。
余談ですが
愛媛にはライト兄弟よりも先に飛行機の原理を発見した人として
有名な二宮忠八がいます。
機体強度などの知識がまだまだだったからでしょうね。
飛行機の原理と云えば、昔々習ったダビンチを思い出すのですが、
二宮忠八のことは、全く知らないことでしたので、編集頁に追記します。
一挙に夏のそちらでしょうから無理は承知されておられるでしょうが、無理されないようご自愛のことを。
瀬戸内の当地も梅雨明けだったのでしょうが、山陰と一体の中国地方梅雨明けは見送られたようです。