私的図書館

本好き人の365日

五月の本棚 『裏庭』

2004-05-12 20:26:00 | 日々の出来事
「子どもを持つと、母親は強くなりますね」

「本当に強くなったんだとお思いになる?」

人は生きるために様々な鎧を身にまとう。
それは必要だからなのだけれど、その鎧が重荷になって、自分では人生をコントロールできなくなってしまうこともある。

さて、今回ご紹介する本は、児童文学ファンタジー大賞受賞。

この本棚では二度目の登場、梨木香歩さんの『裏庭』という本です☆

人は傷つくまいとして、心に鎧をまとう。
または、大切なものを守るために、傷ついてしまったところを隠すために、それぞれの鎧をこしらえる。

主人公の少女、照美はレストランを経営する両親との三人家族。
本当は、照美には双子の弟がいたんですが、その弟は、六年前に肺炎をこじらせて亡くなっています。

重要な舞台となる丘の麓に建つバーンズ屋敷。
その昔、英国人の別荘だったというその洋館は、今では住む人もなく荒れほうだいになっていて、近所の子ども達のかっこうの遊び場。

その屋敷にある日入り込んだ照美は、誘われるかのように、不思議な存在感を持つ鏡の前で立ち止まります。
すると、どこか遠いところから響いてくるような声で、鏡がこう問いかけるのです。

『フーアーユー?』

照美は反射的に自分の名前を答えます。

「テ・ル・ミィ」

『アイル・テル・ユウ』

その鏡は、実は『裏庭』への秘密の入り口だったのです。

「一つ目の竜」に「幻の王女」。
「貸し衣装屋」に「音読みの婆」に「コロウプ」たち。
迷い込んでしまったテルミィの、元の世界に戻るための冒険の旅がはじまります。

鏡の中の不思議な世界と聞いて、「鏡の国のアリス」みたいな世界を想像していたら、それは大間違い。

全体に漂うのは人間の生と死。
まるで心の内面に降りて行くかのようなテルミィの旅は、時に辛く、締め付けられるようで、とても感情を揺さぶられます。

傷ついたらしょうがない。へんに表面だけ薬や鎧で無理にごまかさないで、素直にまいっていればいい。
そうやって鎧にエネルギーをとられていたら、鎧の内側の自分は永久に変わらない。
傷ついて、多少姿形は変わっても、その傷さえ取り込んで、生きていこうとするものだから、生命は自然と…

私も多くの鎧を身にまとっています。

男という鎧。
大人という鎧。
長男であるという鎧。

弟の世話をして、両親から”いいお姉ちゃんね”とほめてもらうことが、ある意味、照美にとって存在の証明でした。
それが弟がいなくなり、自分の存在価値を見失った照美は、「自分はいらない子」なのではないかと思います。

また、息子の死の際、「二人で思いきり泣きたかった」という両親も、忙しさの中、それもしないまま、感情を抑えて生きていくことに慣れてしまって、照美のことを可愛がることさえ一歩引いてしまうのです。

ほんとうを言うと、『裏庭』という意味は読み終わった今でもよく分かりません。
物語は進み、一応の結末がつくのですが、どこかにまだ分からないものが残っているような気がする不思議なお話です。
ただ、思いもかけず、心に飛び込んできた言葉がありました。
その一言で、この本を読んでよかったと思えたくらい。

―そして、そう、それなら、私は、ママの役に立たなくてもいいんだ! 私は、もう、パパやママの役に立つ必要はないんだ!

「私は、もう、だれの役にも立たなくていいんだ」

私を包んでいた鎧がひとつ、崩れ去った瞬間でした☆

読んでいて、とっても独りよがりな読み方をしているのではないかと、ふと不安になってしまいました。
もしかしたら、こんなお話ではないのかも知れません。
ま、本のいいところは、どんな読み方をしても、文句を言われないところなんですけどね。

作者の方には、ほんと、申し訳ないのですが。

不思議な世界での照美の冒険を、ぜひ追体験してみて下さい。
もしかしたら、あなた自身の隠された「裏庭」を、見つけることができるかも知れませんよ♪





梨木 香歩  著
新潮文庫