台所仕事をこんなに楽しそうに書く作家さんを私は他に知りません!
角川文庫が挑戦しているモンゴメリの新訳シリーズ。
『銀の森のパット』の続編にして完結編。
『パットの夢』 (角川文庫)
を読みました。
プリンス・エドワード島の銀の森屋敷で暮らす主人公のパット。
前編『銀の森のパット』では7歳から18歳までのパットの成長が描かれましたが、今回の『パットの夢』では、パットは20歳になっています。
屋敷のかたらわらにある美しい白樺の林が、夜になるとまるで銀の森のように輝くことから「銀の森屋敷」と呼ばれるようになったパットの生家。
その白樺も、周りに生えている木々や草花も、小川やちょっとした野原も、そして何より「銀の森屋敷」のすべてを愛してやまないパット。
親友を病で亡くし、幼なじみで兄妹のような青年ジングルもまた、遠くに去ってしまっています。
それでもたくさんの猫に囲まれ、アイルランドなまりのあるばあや、ジュディの幽霊話に耳を傾け、年頃になった妹のたずなをしっかり引きしめながら、銀の森屋敷を切り回すパットの生活は充実していました。
…このまま、何も変わらなければいいのに。
しかし、人生はそうはいかないもの。
延々とお客様に出す料理やクリスマスの準備に追われる描写が続くと、ついていけない読者がいるかも知れません。
近所のウワサ話や、結婚式の衣装の話なんかは、普段サスペンスやアクション小説に慣れ親しんでいる方は、物足りなく感じるかも。
木々の美しさや、夕焼けの訪れた瞬間の描写、月の出るのを見るワクワク感というものが、これでもかこれでもかと随所にあふれかえっています。
この自然描写と細々とした人間描写がモンゴメリの真骨頂!!
これが楽しめないって人はとても彼女たちの「腹心の友」にはなれません。
60歳近くまで独身だったトムおじのロマンス♪
伯爵夫人をもてなすことになったパットのあわてぶり!
ジュディの里帰りの話や、パットの兄シドの選んだ結婚相手。
そしてもちろんパット自身の恋愛話も、ひとひねりもふたひねりもしてあって、もうハラハラしたり吹き出したり、じれったくてやきもきさせられます。
何より前作であんなにパットと意気投合していて魂の双子みたいだったジングルが、物語後半までちょっとしか出てこないなんて!!
今回は美しく成長したパットの妹、カドルズ(レイチェル)も物語に大きくかかわってきます。
なかなか決まった相手ができないパット。
親戚は半ばあきらめ、周りは哀れみの目で見る始末。
しかしパットは銀の森屋敷を離れることなど考えもできないし、それでいいと思っています。
そう自分でも思っていたはずなのに…
どこにでもあるような町、どこにでもいそうな人々、そして誰にでも起こりそうな出来事。
特別なことは何もありません。
でも、モンゴメリの物語を読むと、特別じゃない人なんてこの世の中にはいないんだって気になってきます。
日が昇り、朝食を用意し、働き、夕日を眺める。
暖かい台所での会話。
近所のウワサ話。
男の子たちの話に、昔のぞっとする話に、口の減らない親戚への愚痴。
そんな中で、窓の明かりや、夜の風や、木々のざわめきにふと目をやり、耳を傾ける。
それは誰にでも訪れる特別な瞬間…
ずっと読みたかった作品なので、楽しみにしていたのですが、その期待を裏切らない面白さでした☆
何だか自分の実家にあった大きな防風林が切られてしまった時の、何ともいえない寂しさを思い出してしまいました。
その時はまだ未成年で、父親の決めることに意見をはさめる立場じゃなかったのですが、私にとってはあの木もふくめて「家」だったんですよね。
自分と共に生きてきたみたいなところがあって、悲しかったなぁ~
「銀の森屋敷」や木々を愛するパットにも、悲しい別れが待っています。
そして、そこに現れるのは…
とてもいい読書ができました☆