宮城県でのボランティア活動二日目。
今日は神戸から来られた方々と、野球部だという高校生の団体と一緒に、畑のガレキ撤去を行ないました。
いや~、高校生は元気元気!
日中はけっこう気温が上がったのですが、機敏に動いてくれて、作業がずいぶん早く進みました。
働き手としても大助かりですが、まずボランティアに来てくれた、その持ちが嬉しいじゃありませんか。
海岸まで歩いて5分のその畑の回りには、家屋の基礎部分だけになってしまったかつての家の痕跡が並んでいます。
その残されたコンクリートの基礎でさえ、土台がえぐられ、ひび割れて、ところところがもぎ取られてしまっています。
そのくせ、すぐ近くの高台を見上げれば、被害を免れた家々を見ることができるんです。
普通に洗濯物が干され、普通にガレージに子どもの自転車が置かれていて、そこだけ切り取ればごく普通の高台の風景。
目の前に広がる土台だけになってしまった風景との落差に、運命を分けた境界線みたいなものを感じて、とても割り切れない、持って行きようのない憤りを感じてしまいました。単純に、土地の高低差の問題なんでしょうが、そうした分かり切った答えじゃなくて、現実と感情の間を埋める何かが欲しい。私でさえそう思ってしまいます。
東北出身のお笑いコンビ、サンドウィッチマンのブログをチェックしているのですが、そこに、震災でお子さんと奥さん、そして奥さんのお腹の中にいた赤ちゃんを亡くされた同級生が、「子供に会いにいってくる」と書き残して、自ら命を絶ってしまったという文章がアップされていました。ブログに書くかどうかには躊躇するところがあったそうですが、現実として、いろいろな思いを込めて、その一家のことを書かれたそうです。
ボランティアの現場では、繰り返し注意されることがあります。
怪我や日射病についてはもちろんですが、まず第一に被災者の方の心情を考慮すること、作業風景を記録するための写真撮影はいいが、仲間うちでふざけて記念写真を撮ったり、野次馬的な興味で壊れた家などを撮影しないこと、ガレキといっても、持ち主にとっては大切な生活用具だったのだから、何ひとつおろそかに扱わないこと。ボランティアに来てやっていると思わず、お手伝をしているという気持ちを忘れないこと。
文章にしてしまうと何だか堅苦しいですが、難しくはありませんし、度を越さない程度には冗談を言ったりして、和やかな雰囲気で作業はしています。
自身も被災された地元のボランティアの方が、率先して笑わせたり、コミュニケーションをはかろうとしてくれたりするんです。すごいなぁと思ってしまいます。
若い人もたくさん参加していて、現場では使ったりしませんが、バスの中とか、ボランティアセンターに帰ってからは、結構な確率でスマートフォンなんかを開いていて、そこはいま時の若者だなぁという感じ(苦笑)
ピアスをした男の子や、タトゥーを入れたり、ファショナブルな私服を着た子もいますが、作業着をドロだらけにして働き、時に被災者の方の話に涙したりして、すっかり感受性のしなびてしまったこちらが驚く場面もしばしば(笑)
若い人からもいろいろ学ぶことが多いです☆
残すところあと一日。
本当に短い期間しかお手伝いできなくて心苦しいのですが、せーいっぱい頑張ろうと思います。
若い人々が気負わずに参加しているようす、ほんとうに頼もしく感じます。
私も、宮城で若い人にあって、すごいなぁってほんと頼もしく感じ、日本の将来も楽しみだなぁって思いました。
津波で集落の殆どが家を流されたのに運良く残った人たちも、やはり被災者なんですって。でも自分たちは家が残ったんだからと今までいろんな感情を押さえこんできちゃって、今になっていろいろからだとか心に症状が出てきていると、現地の看護師さんがおっしゃっていました。家が残った人にとっても残酷な境界線なんですね。
長くなりますが、川上未映子さんの「ヘブン」もお薦めです。
瓦礫処理、後一日のボランティア機関ですか。
いつも、周りの方への心配りが感じられる
「お便り」です。
ありがとうございます。
被災地に暮らす、甥の奥さん(なんていうのかしら、こういう関係を?)からの手紙に、
「家の周りでは何事もなかったような風景があって、坂を下っていくと急にあたりががわってしまう。
何とも言えない気持ちになります」
とありました。
いつもその境界を見つめて生きているのですよね、地元の方々は。
一日も早く「せめてその境目が」なくなりますように。
せめて「目に見える部分」でも・・・
よれよれのジャージを着ていたかと思えば、人一倍重い物を運んだり、率先してバケツリレーの列に加わったり。
バスの中で携帯でゲームをしていたかと思うと、津波直後の話に涙を流していたり。
それぞれが自分のスタイルを持ちつつ、何かしたいと思って集まっているんですよね。
その証拠に、作業が終わると山と詰まれた土のう袋を見てみんないい顔をしていました。
頼もしい限りです。
日本もまだまだ捨てたもんじゃないですよね!
被災を免れた家でも、被災した方々を受け入れたり、ライフラインの切断された中で大変な苦労をされたと聞いています。
それでも家が残ったんだからと、周りと比べてその幸運に負い目を感じてしまう…
被災地の問題は複雑ですね。
仮設住宅で暮らしている方々も、慣れない環境で相当ストレスになるでしょうし。
心の復興が必要なんだと私も感じています。
川上未映子さんの「ヘブン」、私も気になっていました。探してみますね♪
一年以上、何も変わらない景色を見るというのは残酷ですよね。
親戚の方の気持ちもわかります。
被災した土地とそうでない土地の落差が激しすぎるんですよね。
せめて復興に向かってすすんでいるんだ、という景色を見せてあげられればいいのですが。
今も全国からたくさんの人が被災地に入っています。
町を造ったり景色を変える事はできませんが、忘れていないというメッセージをせめて届けたいですね。