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【明石】の巻 その(7)
入道は、勤行を途中で投げ出して参じてきて、感激の涙にくれるのでした。
源氏は源氏で
「わが御こころにも折々の御遊び、その人かの人の琴笛、……思し出でられて、夢の心地し給ふままに、掻き鳴らし給へる声も、心すごく聞ゆ」
――源氏は、御自分でも折りにつけての管弦のお遊び、誰々の琴笛の音、歌声、華やかな御自分のあのときの評判、帝をはじめ人々にも敬われておりましたことなど、思い出されて、掻き鳴らされる琴の音も、心すごく冴え勝って聞えます――
入道は涙が止まらないほどで、
岡辺のお住いから琵琶と箏の琴を持ってこさせ、琵琶法師となって一、二曲弾きます。源氏にも箏の御琴を差し出されます。源氏もさすがな音色です。
入道が見事に鳴る箏の琴をいくつも持たせて来て、弾き鳴らしますのに、源氏はお心をとめられて、
「これは、女のなつかしきさまにてしどけなう弾きたるこそをかしけれ」
――箏の琴は、女がなつかしい風情で無造作に弾くのがよいものですね――
この何気ない源氏のお言葉に、入道はむやみに笑顔をつくって言いますのは、
あなた様以上になつかしい風情は、どこにございましょうか。私は延喜の帝の御直伝を弾き伝えまして、三代目に至っておりますが、このようなつたなき身で、世を捨てましたのに、心がふさぎ込みますときは、ときどき掻き鳴らしておりました。
それを不思議にまねる者がおりまして、かの前大王のお弾きになるのに似ているのでございます。是非ともお聞きいただきたいとおもいます、と声をわなわなさせて、今にも涙が落ちそうです。
源氏は、ことばを受けられて、
「あやしう昔より箏は女なむ弾きとるものなりける。……ここにかう弾き込める給へりける、いと興ありけることかな。いかでかは聞くべき」
――不思議に昔から箏は女子が奏法を伝え取るものですね。(峨帝の御伝授で、女五の宮が当時たいした名手でいらっしゃいましたが、その御系統では取り立ててお伝えしている方はおりません。総じて今の世に名声を得て居る人は優れているとは思えません。)ここにこう密かに弾き伝えておられたというのは、誠に興味あること、是非お聞きしたいものですね。――
ではまた。
【明石】の巻 その(7)
入道は、勤行を途中で投げ出して参じてきて、感激の涙にくれるのでした。
源氏は源氏で
「わが御こころにも折々の御遊び、その人かの人の琴笛、……思し出でられて、夢の心地し給ふままに、掻き鳴らし給へる声も、心すごく聞ゆ」
――源氏は、御自分でも折りにつけての管弦のお遊び、誰々の琴笛の音、歌声、華やかな御自分のあのときの評判、帝をはじめ人々にも敬われておりましたことなど、思い出されて、掻き鳴らされる琴の音も、心すごく冴え勝って聞えます――
入道は涙が止まらないほどで、
岡辺のお住いから琵琶と箏の琴を持ってこさせ、琵琶法師となって一、二曲弾きます。源氏にも箏の御琴を差し出されます。源氏もさすがな音色です。
入道が見事に鳴る箏の琴をいくつも持たせて来て、弾き鳴らしますのに、源氏はお心をとめられて、
「これは、女のなつかしきさまにてしどけなう弾きたるこそをかしけれ」
――箏の琴は、女がなつかしい風情で無造作に弾くのがよいものですね――
この何気ない源氏のお言葉に、入道はむやみに笑顔をつくって言いますのは、
あなた様以上になつかしい風情は、どこにございましょうか。私は延喜の帝の御直伝を弾き伝えまして、三代目に至っておりますが、このようなつたなき身で、世を捨てましたのに、心がふさぎ込みますときは、ときどき掻き鳴らしておりました。
それを不思議にまねる者がおりまして、かの前大王のお弾きになるのに似ているのでございます。是非ともお聞きいただきたいとおもいます、と声をわなわなさせて、今にも涙が落ちそうです。
源氏は、ことばを受けられて、
「あやしう昔より箏は女なむ弾きとるものなりける。……ここにかう弾き込める給へりける、いと興ありけることかな。いかでかは聞くべき」
――不思議に昔から箏は女子が奏法を伝え取るものですね。(峨帝の御伝授で、女五の宮が当時たいした名手でいらっしゃいましたが、その御系統では取り立ててお伝えしている方はおりません。総じて今の世に名声を得て居る人は優れているとは思えません。)ここにこう密かに弾き伝えておられたというのは、誠に興味あること、是非お聞きしたいものですね。――
ではまた。