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【明石】の巻 その(14)
几帳の紐が琴に触れて、かすかに音をたてましたのを、すかさず源氏は、噂に聞いてばかりの琴の音さえ、惜しまれるのですか、などとさまざまにおっしゃる。
うたのやりとりのほのかな気配は、今は伊勢に行かれた六條御息所にたいそう似ていて、源氏ははっと息をのみます。が、それは娘を厭う気持ちになるどころか、このとき、上品で気高く、みやびやかな情趣や豊かな才能を、明石の御方にお感じになったのでした。
このような根比べのようなことが、いつまでも続く筈もなく、
「かうあながちなりける契りを思すにも、浅からずあはれなり。……」
――こうして無理に結んだ契りを思われるにつけても、愛情は近くなったようでございます――
人に知られぬようにと心がせかれますが、細々とお話なさってお帰りになります。
翌朝、源氏は忍んで後朝(きぬぎぬ)の御文を贈ります。
「あいなき御心の鬼なりや」
――一方で(源氏は)都に憚って、わけもなく良心がとがめることだ――
と、都(紫の上)に遠慮して、明石の御方にお通いになるのを遠慮なさるのを、明石の御方も、入道も、やはり思ったとおり…と嘆かれるのでした。
二條の君(紫の上)が、どこからともなくこのことを聞かれたならば、どうであろうかと心苦しく思われるのも、源氏の紫の上への深いご愛情なのでございます。
源氏はこちらの人をご覧になるにつけても、紫の上が恋しく、しかし慰む術もないので、細々と文をお書きになります。
文の終わりに付け足すように、
「まことや、われながら心より外なるなほざりごとにて、疎まれ奉りしふしぶしを、思ひ出づるさへ胸いたきに、またあやしうものはかなき夢をこそ見侍りしか。……」
――ああそうそう、自分ながら心外な浮気ごとをしたもので、あなたに嫌われた時々の過ちを思い出してさえ胸が痛みますのに、また不思議な、はかない夢を見てしまったようでございます。(お尋ねもないのにこのように白状しますのをお察し下さい。あなたとの隔てのない心でという約束を思いあわせて)――
源氏のうた「しほしほと先づぞ泣かるるかりそめのみるめは海士(あま)のすさびなれども」
――かりそめに女と逢ったのは、ほんの出来心でしたが、それにしても先ずあなたが恋しくて泣けてくることです――
◆写真:明石の御方 風俗博物館より
ではまた。
【明石】の巻 その(14)
几帳の紐が琴に触れて、かすかに音をたてましたのを、すかさず源氏は、噂に聞いてばかりの琴の音さえ、惜しまれるのですか、などとさまざまにおっしゃる。
うたのやりとりのほのかな気配は、今は伊勢に行かれた六條御息所にたいそう似ていて、源氏ははっと息をのみます。が、それは娘を厭う気持ちになるどころか、このとき、上品で気高く、みやびやかな情趣や豊かな才能を、明石の御方にお感じになったのでした。
このような根比べのようなことが、いつまでも続く筈もなく、
「かうあながちなりける契りを思すにも、浅からずあはれなり。……」
――こうして無理に結んだ契りを思われるにつけても、愛情は近くなったようでございます――
人に知られぬようにと心がせかれますが、細々とお話なさってお帰りになります。
翌朝、源氏は忍んで後朝(きぬぎぬ)の御文を贈ります。
「あいなき御心の鬼なりや」
――一方で(源氏は)都に憚って、わけもなく良心がとがめることだ――
と、都(紫の上)に遠慮して、明石の御方にお通いになるのを遠慮なさるのを、明石の御方も、入道も、やはり思ったとおり…と嘆かれるのでした。
二條の君(紫の上)が、どこからともなくこのことを聞かれたならば、どうであろうかと心苦しく思われるのも、源氏の紫の上への深いご愛情なのでございます。
源氏はこちらの人をご覧になるにつけても、紫の上が恋しく、しかし慰む術もないので、細々と文をお書きになります。
文の終わりに付け足すように、
「まことや、われながら心より外なるなほざりごとにて、疎まれ奉りしふしぶしを、思ひ出づるさへ胸いたきに、またあやしうものはかなき夢をこそ見侍りしか。……」
――ああそうそう、自分ながら心外な浮気ごとをしたもので、あなたに嫌われた時々の過ちを思い出してさえ胸が痛みますのに、また不思議な、はかない夢を見てしまったようでございます。(お尋ねもないのにこのように白状しますのをお察し下さい。あなたとの隔てのない心でという約束を思いあわせて)――
源氏のうた「しほしほと先づぞ泣かるるかりそめのみるめは海士(あま)のすさびなれども」
――かりそめに女と逢ったのは、ほんの出来心でしたが、それにしても先ずあなたが恋しくて泣けてくることです――
◆写真:明石の御方 風俗博物館より
ではまた。