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【澪標(みおつくし】の巻 その(9)
藤壺の宮は、出家の御身で、今更皇太后におつけすることもできませんので、太上天皇(だじょうてんのう)になずらへて、俸禄を差し上げます。役人もお付きになり、重々しさも増して、今は自由に宮中をお出入りされています。
兵部卿宮(紫の上の父君)は、源氏が不遇の数年間は世間体を気にされて、冷淡無情でいらしたので、源氏がこの宮一門には無情なお仕打ちをされることもあるのを、入道の宮(藤壺の宮・兵部卿宮の御妹)は、兄君のこととて、お気の毒とも、困ったことともお思いになるのでした。
「世の中の事ただ、半ばを分けて、太政大臣とこの大臣の御ままなり」
――天下の政は、お二人で分け合って、太政大臣(前左大臣・葵の上の御父)と源氏の意のままでございます――
権中納言(葵の上の兄)の娘は、この年の八月に入内なさり、弘徴殿女御におなりになりました。
この年の秋、源氏は願ほどきを、なさるべく、住吉明神へお出かけになります。世の中こぞって、上達部、殿上人が我も我もとお供なさって、ご立派な行列を連ねてのご参詣です。
「折しもかの明石の人、年ごとの例の事にてまうづるを、去年今年はさはる事ありておこたりけるかしこまり、取り重ねて思ひ立ちけり。船にて詣でたり」
――折りも折り、あの明石の人も、毎年の例で住吉に詣でていましたが、去年今年と、懐妊や出産があり、怠ったお詫びも兼ねて、参詣を思い立って、船で参りました――
岸辺について見ますと、にぎやかに参詣なさる人々が渚に満ちあふれ、厳めしい立派な奉納品を持って行列が続いています。
「楽人十列など、装束を整へ容貌を選びたり」
――東遊の舞人が十人で、社殿で舞を奏するために、装束を新たに整えて、容貌(みめかたち)の美しいのを選んでおります――
明石側の供びとが「どなたさまのご参詣ですか」と尋ねますと、「内大臣様(源氏)が御願ほどきにお参りなさるのを、知らない人もあるものだ」と下っ端の者まで得意気です。
ではまた。
【澪標(みおつくし】の巻 その(9)
藤壺の宮は、出家の御身で、今更皇太后におつけすることもできませんので、太上天皇(だじょうてんのう)になずらへて、俸禄を差し上げます。役人もお付きになり、重々しさも増して、今は自由に宮中をお出入りされています。
兵部卿宮(紫の上の父君)は、源氏が不遇の数年間は世間体を気にされて、冷淡無情でいらしたので、源氏がこの宮一門には無情なお仕打ちをされることもあるのを、入道の宮(藤壺の宮・兵部卿宮の御妹)は、兄君のこととて、お気の毒とも、困ったことともお思いになるのでした。
「世の中の事ただ、半ばを分けて、太政大臣とこの大臣の御ままなり」
――天下の政は、お二人で分け合って、太政大臣(前左大臣・葵の上の御父)と源氏の意のままでございます――
権中納言(葵の上の兄)の娘は、この年の八月に入内なさり、弘徴殿女御におなりになりました。
この年の秋、源氏は願ほどきを、なさるべく、住吉明神へお出かけになります。世の中こぞって、上達部、殿上人が我も我もとお供なさって、ご立派な行列を連ねてのご参詣です。
「折しもかの明石の人、年ごとの例の事にてまうづるを、去年今年はさはる事ありておこたりけるかしこまり、取り重ねて思ひ立ちけり。船にて詣でたり」
――折りも折り、あの明石の人も、毎年の例で住吉に詣でていましたが、去年今年と、懐妊や出産があり、怠ったお詫びも兼ねて、参詣を思い立って、船で参りました――
岸辺について見ますと、にぎやかに参詣なさる人々が渚に満ちあふれ、厳めしい立派な奉納品を持って行列が続いています。
「楽人十列など、装束を整へ容貌を選びたり」
――東遊の舞人が十人で、社殿で舞を奏するために、装束を新たに整えて、容貌(みめかたち)の美しいのを選んでおります――
明石側の供びとが「どなたさまのご参詣ですか」と尋ねますと、「内大臣様(源氏)が御願ほどきにお参りなさるのを、知らない人もあるものだ」と下っ端の者まで得意気です。
ではまた。