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【澪標(みおつくし】の巻 その(10)
この様子を遙かに見上げて明石の御方は、このように思うのでした。
「げにあさましう、月日もこそあれ、なかなかこの御有様を遙かに見るも、身の程口惜しう覚ゆ。……いと悲しうて、人知れずしほたれけり」
――まったく、あいにくなこと、月日も多いのに、よりによって今日という日に、源氏の華やかなご様子を遙かに見やるにつけても、数ならぬ身の程が思われて恨めしい。(源氏との切れぬご縁ながら、このようなつまらない身分の者さえ、満足そうにしてお供を光栄だと思っているのに、自分はどのように罪深いのでしょうか、源氏のことを始終気にかけていながら、源氏のこうした盛んなご参詣の噂も知らず、ここまで出かけて来たものか、などと思いつづけていますと、)しみじみ悲しくて、人知れず涙に袖を濡らしております。――
「松原の深緑なるに、花紅葉をこき散らしたると見ゆる、袍衣(ほうい・うえのきぬ)の濃き薄き数知らず。六位の中にも蔵人は青色著く見えて、」
――松原の深緑に、花や紅葉をまき散らしたように、袍の濃淡さまざまの色が数知れず見えます。官位が六位の者でも、蔵人は帝の御袍と同じ青色(山鳩色)が鮮やかに際だって――
源氏のお供で須磨に一緒にいらした、右近の将監(うこんのぞう)は、衛門の尉(えもんのじょう)の蔵人であり、良清も同じ役所の佐(すけ・次官)になって、特別、晴れ晴れとした上機嫌で、仰々しい緋色の袍(五位)がまことに清々しい。
いずれも、明石で見た時とはうって変わって立派に装い、馬や鞍まで飾り整えて美しく磨き立てているのを、明石から来た供びとは、世にも珍しい見物だと、田舎びた心におもうのでした。
若宮(夕霧)も供びとにかしずかれて一緒にお参りになって居るご様子を、尊く拝されますにつけても、我が子(明石の御方の姫君)が、数ならぬ身に思われ、ますます御社の
方角に向って拝むのでした。
明石の御方はきまりの悪い思いで、漕ぎ離れて行かれました。
【澪標(みおつくし】の巻 その(10)
この様子を遙かに見上げて明石の御方は、このように思うのでした。
「げにあさましう、月日もこそあれ、なかなかこの御有様を遙かに見るも、身の程口惜しう覚ゆ。……いと悲しうて、人知れずしほたれけり」
――まったく、あいにくなこと、月日も多いのに、よりによって今日という日に、源氏の華やかなご様子を遙かに見やるにつけても、数ならぬ身の程が思われて恨めしい。(源氏との切れぬご縁ながら、このようなつまらない身分の者さえ、満足そうにしてお供を光栄だと思っているのに、自分はどのように罪深いのでしょうか、源氏のことを始終気にかけていながら、源氏のこうした盛んなご参詣の噂も知らず、ここまで出かけて来たものか、などと思いつづけていますと、)しみじみ悲しくて、人知れず涙に袖を濡らしております。――
「松原の深緑なるに、花紅葉をこき散らしたると見ゆる、袍衣(ほうい・うえのきぬ)の濃き薄き数知らず。六位の中にも蔵人は青色著く見えて、」
――松原の深緑に、花や紅葉をまき散らしたように、袍の濃淡さまざまの色が数知れず見えます。官位が六位の者でも、蔵人は帝の御袍と同じ青色(山鳩色)が鮮やかに際だって――
源氏のお供で須磨に一緒にいらした、右近の将監(うこんのぞう)は、衛門の尉(えもんのじょう)の蔵人であり、良清も同じ役所の佐(すけ・次官)になって、特別、晴れ晴れとした上機嫌で、仰々しい緋色の袍(五位)がまことに清々しい。
いずれも、明石で見た時とはうって変わって立派に装い、馬や鞍まで飾り整えて美しく磨き立てているのを、明石から来た供びとは、世にも珍しい見物だと、田舎びた心におもうのでした。
若宮(夕霧)も供びとにかしずかれて一緒にお参りになって居るご様子を、尊く拝されますにつけても、我が子(明石の御方の姫君)が、数ならぬ身に思われ、ますます御社の
方角に向って拝むのでした。
明石の御方はきまりの悪い思いで、漕ぎ離れて行かれました。