7/11
【明石】の巻 その(15)
紫の上の御返り文は、なにげない風を装ってはいらっしゃるものの、
終わりの方のうたに、
「うらなくもおもひけるかな契りしをまつより浪は越えじものぞと」
――疑いもなくお約束の再会をお待ちしていました。浮気はなさらないと信じて――
おうような書き方ながら、うらめしげで相当にあてこすっておありだ、と源氏はお感じになって、なおさら、明石の御方へは、忍びの旅寝もされないのでした。
「女、思ひしもしるきに、今ぞまことに身も投げつべき心地する。」
――明石の御方は、予想どおり源氏が冷淡になられたので、今こそ真実、海に身を投げたいと辛い思いをしております――
しかし表面はおだやかに振る舞って源氏にお逢いしています。
源氏は、そのような明石の御方をいとおしいとお感じになりますが、一方では都の紫の上が、どんなに不安で居られるかともお思いになりますので、独り寝が多うございます。
つれづれに絵など描きながら。
紫の上も同じように絵を日記のように描いておいでです。
この方方は一体この先、どうなるのでしょうねぇ。(作者のことば)
さて、
「年かはりぬ。内裏に御薬のことありて、世の中さまざまにののしる」
――年が代わって、帝のご病気の事件のために、お世継ぎのことなどいろいろと騒がしいのでした――
帝(朱雀院)の御子は、御母が右大臣の姫君で承香殿(しょうきょうでん)の女御でいらっしゃいますが、やっと二歳で大層幼い。春宮(朱雀院は故桐壺院と藤壺の宮との御子と信じている)にこそお譲りになることになろう。その場合、後見人となって、政治をも与れるひとは?と思いめぐらされますと、源氏が今のような境遇に居られることはまことに惜しいことと、弘徴殿大后のお諫めに背いて、源氏をお許しになる宣旨を出されます。
昨年から、大后も病がちですし、朱雀院も御目がはかばかしくなく、たいそう心細く思われて、七月二十日すぎに、重ねて源氏に京にお帰りになるようにと宣旨を下されます。
源氏は、
「……かう、にはかなれば、うれしきに添へても、またこの浦を今はと思ひ離れむ事を思し嘆くに……」
――こう急なことで、うれしいとは思いますものの、この明石の浦を離れることの辛さを嘆いてもおいでです。(皮肉にも、こうして別れの日が近くなって、明石の御方の自分への思いが深まることよと、思い乱れつつも女君をなぐさめておいでです。)――
◆女または女君=作者がこう表現するときは、なまめかしい男女間の実事を示します。
ではまた。
【明石】の巻 その(15)
紫の上の御返り文は、なにげない風を装ってはいらっしゃるものの、
終わりの方のうたに、
「うらなくもおもひけるかな契りしをまつより浪は越えじものぞと」
――疑いもなくお約束の再会をお待ちしていました。浮気はなさらないと信じて――
おうような書き方ながら、うらめしげで相当にあてこすっておありだ、と源氏はお感じになって、なおさら、明石の御方へは、忍びの旅寝もされないのでした。
「女、思ひしもしるきに、今ぞまことに身も投げつべき心地する。」
――明石の御方は、予想どおり源氏が冷淡になられたので、今こそ真実、海に身を投げたいと辛い思いをしております――
しかし表面はおだやかに振る舞って源氏にお逢いしています。
源氏は、そのような明石の御方をいとおしいとお感じになりますが、一方では都の紫の上が、どんなに不安で居られるかともお思いになりますので、独り寝が多うございます。
つれづれに絵など描きながら。
紫の上も同じように絵を日記のように描いておいでです。
この方方は一体この先、どうなるのでしょうねぇ。(作者のことば)
さて、
「年かはりぬ。内裏に御薬のことありて、世の中さまざまにののしる」
――年が代わって、帝のご病気の事件のために、お世継ぎのことなどいろいろと騒がしいのでした――
帝(朱雀院)の御子は、御母が右大臣の姫君で承香殿(しょうきょうでん)の女御でいらっしゃいますが、やっと二歳で大層幼い。春宮(朱雀院は故桐壺院と藤壺の宮との御子と信じている)にこそお譲りになることになろう。その場合、後見人となって、政治をも与れるひとは?と思いめぐらされますと、源氏が今のような境遇に居られることはまことに惜しいことと、弘徴殿大后のお諫めに背いて、源氏をお許しになる宣旨を出されます。
昨年から、大后も病がちですし、朱雀院も御目がはかばかしくなく、たいそう心細く思われて、七月二十日すぎに、重ねて源氏に京にお帰りになるようにと宣旨を下されます。
源氏は、
「……かう、にはかなれば、うれしきに添へても、またこの浦を今はと思ひ離れむ事を思し嘆くに……」
――こう急なことで、うれしいとは思いますものの、この明石の浦を離れることの辛さを嘆いてもおいでです。(皮肉にも、こうして別れの日が近くなって、明石の御方の自分への思いが深まることよと、思い乱れつつも女君をなぐさめておいでです。)――
◆女または女君=作者がこう表現するときは、なまめかしい男女間の実事を示します。
ではまた。