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【明石】の巻 その(13)
御車では少々仰々しいとお思いになって、惟光だけをお供に、馬でお出かけになります。岡辺の住いは、やや遠く入り込んだところにあります。道々を照らす月影のなまめかしい風情に、ふと都の紫の上をお思いになって、このまま手綱を都へ向けて行きたいとも思われるのでした。
独り言のうたに
「秋の夜のつきげの駒よわがこふる雲井をかけれ時の間も見む」
――秋の夜に乗る月毛の駒よ、私の恋しい都の空を走っておくれ、しばらくはあの人の顔を見よう――
岡辺の家の造りは、木立深く結構な住居で、物おもいの限りをつくせるような、ものあわれで、虫の音が響き合っています。
「むすめ住ませたるかたは、心ことに磨きて、月入れたる槇の戸口、気色ばかりおしあけたり」
――娘を住まわせている一棟は、ことに磨き清めてあって、月のさし入る槇の戸口がほんの少し開いております――
源氏は中にお入りになって、お話かけになりますが、明石の御方はこのような間近で自分の姿をお見せすまいと心に決めていますので、いっこうに打ち解けようとはされません。
源氏は
「こよなうも人めきたるかな、さしもあるまじき際の人だに、かばかり言い寄りぬれば、……、と、妬うさまざまに思しなやめり」
――いまさらにいやに柄ぶっていることよ。もっと身分の高い女でも、これほどまでも言い寄ったならば、気強く拒みはしなかったものを、(さては、自分がこうも落ちぶれているのを軽蔑してか、などとひどく癪にさわって口惜しくもあり、思い悩まれる様子です――
「なされなうおし立たむも、事のさまに違へり、心くらべに負けむこそ人わろけれ、など乱れうらみ給ふさま、げに、物思ひ知らむ人にこそ見せまほしけれ」
――心なく一途に行動するのも、この場合よろしくない。かといって根比べに負けてすごすご帰るなど、人聞きの悪いことだ、と思い乱れていらっしゃる源氏のご様子を、まことに物思いを知っている人にこそ、お見せしたいものです――
ではまた。
【明石】の巻 その(13)
御車では少々仰々しいとお思いになって、惟光だけをお供に、馬でお出かけになります。岡辺の住いは、やや遠く入り込んだところにあります。道々を照らす月影のなまめかしい風情に、ふと都の紫の上をお思いになって、このまま手綱を都へ向けて行きたいとも思われるのでした。
独り言のうたに
「秋の夜のつきげの駒よわがこふる雲井をかけれ時の間も見む」
――秋の夜に乗る月毛の駒よ、私の恋しい都の空を走っておくれ、しばらくはあの人の顔を見よう――
岡辺の家の造りは、木立深く結構な住居で、物おもいの限りをつくせるような、ものあわれで、虫の音が響き合っています。
「むすめ住ませたるかたは、心ことに磨きて、月入れたる槇の戸口、気色ばかりおしあけたり」
――娘を住まわせている一棟は、ことに磨き清めてあって、月のさし入る槇の戸口がほんの少し開いております――
源氏は中にお入りになって、お話かけになりますが、明石の御方はこのような間近で自分の姿をお見せすまいと心に決めていますので、いっこうに打ち解けようとはされません。
源氏は
「こよなうも人めきたるかな、さしもあるまじき際の人だに、かばかり言い寄りぬれば、……、と、妬うさまざまに思しなやめり」
――いまさらにいやに柄ぶっていることよ。もっと身分の高い女でも、これほどまでも言い寄ったならば、気強く拒みはしなかったものを、(さては、自分がこうも落ちぶれているのを軽蔑してか、などとひどく癪にさわって口惜しくもあり、思い悩まれる様子です――
「なされなうおし立たむも、事のさまに違へり、心くらべに負けむこそ人わろけれ、など乱れうらみ給ふさま、げに、物思ひ知らむ人にこそ見せまほしけれ」
――心なく一途に行動するのも、この場合よろしくない。かといって根比べに負けてすごすご帰るなど、人聞きの悪いことだ、と思い乱れていらっしゃる源氏のご様子を、まことに物思いを知っている人にこそ、お見せしたいものです――
ではまた。