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【明石】の巻 その(8)
入道はさらに、
琵琶というものは、正式の音を弾きこなす人は、昔も希でしたが、娘はたいしてつかえることなく、魅力ある弾き方など人並みではありません……。
源氏は、入道のいかにも風流がっていますのを、試されるように箏の琴を琵琶に替えてお渡しになります。なるほど、入道は伝授を受けただけあって、きわだって調子づいて弾きます。今の世には知られない曲を弾きこなして、手さばきがごく唐風で、左手で弦をふるわす音も、深く澄んでします。
声の良き人に歌わせたり、源氏も拍子をおとりになったり、めずらしいくだものやお酒を持って来させて、入道には憂いを忘れそうな夜の有様でした。
「いたくふけ行くままに、浜風涼しうて、月も入り方になるままに澄みまさり、……この娘の有様、問はず語りに聞ゆ。……」
――夜が更けていくにつれて、浜風が涼しく、月も山の端に入る頃になって、いよいよ光が冴えてまいりました。(入道は来し方行く末を端から話し始めて)、とくに娘のことを問わず語りにはなしますのを、源氏は、これも親心だとしみじみとお聞きにもなるのでした。
入道の話は、このようです。
誠に申し上げにくいことではございますが、あなた様がこのような思いがけない片田舎に移ってこられたのは、もしや年来この老法師がお祈りしています神仏が、不憫に思われて、そのために、しばらくあなた様をお悩まし申すのではないかと存じます。それと申しますのも、住吉の神に願をかけましてから、十八年になります。娘がほんの幼児でありました頃から、思う子細がありまして、毎年、春秋必ずお参りさせて参りました。
私は昼夜六時の勤めに、自分の来世での極楽往生はさておき、ただただ娘の出世の願いを叶えてくださいと祈っております。
願いとも愚痴とも言えない話が続きます。
私は、前世からの因縁で運が開けぬまま、このような山がつの身になっておりますが、親は大臣の位を保たれました。子孫がつぎつぎに落ち目になりますのを辛く思っておりました時、この娘が生まれて、頼もしいものがありました。何とかして都の尊い御方に差し上げたいと願うあまり、この地方の国守などの恨み(娘の求婚を拒む)を受けましが、なんの苦しいとは思いません。娘には、私の存命中はなんとしても育てましょう、もしこのまま身の定まらぬ娘を残して死ぬようなことがあったならば、海に身を投げて死ねと申しつけてございます。
◆昼夜六時の勤め=一昼夜六回の勤行。すなわち、朝、日中、日没、初夜(そや)、中夜、後夜の仏前の勤行
ではまた。
【明石】の巻 その(8)
入道はさらに、
琵琶というものは、正式の音を弾きこなす人は、昔も希でしたが、娘はたいしてつかえることなく、魅力ある弾き方など人並みではありません……。
源氏は、入道のいかにも風流がっていますのを、試されるように箏の琴を琵琶に替えてお渡しになります。なるほど、入道は伝授を受けただけあって、きわだって調子づいて弾きます。今の世には知られない曲を弾きこなして、手さばきがごく唐風で、左手で弦をふるわす音も、深く澄んでします。
声の良き人に歌わせたり、源氏も拍子をおとりになったり、めずらしいくだものやお酒を持って来させて、入道には憂いを忘れそうな夜の有様でした。
「いたくふけ行くままに、浜風涼しうて、月も入り方になるままに澄みまさり、……この娘の有様、問はず語りに聞ゆ。……」
――夜が更けていくにつれて、浜風が涼しく、月も山の端に入る頃になって、いよいよ光が冴えてまいりました。(入道は来し方行く末を端から話し始めて)、とくに娘のことを問わず語りにはなしますのを、源氏は、これも親心だとしみじみとお聞きにもなるのでした。
入道の話は、このようです。
誠に申し上げにくいことではございますが、あなた様がこのような思いがけない片田舎に移ってこられたのは、もしや年来この老法師がお祈りしています神仏が、不憫に思われて、そのために、しばらくあなた様をお悩まし申すのではないかと存じます。それと申しますのも、住吉の神に願をかけましてから、十八年になります。娘がほんの幼児でありました頃から、思う子細がありまして、毎年、春秋必ずお参りさせて参りました。
私は昼夜六時の勤めに、自分の来世での極楽往生はさておき、ただただ娘の出世の願いを叶えてくださいと祈っております。
願いとも愚痴とも言えない話が続きます。
私は、前世からの因縁で運が開けぬまま、このような山がつの身になっておりますが、親は大臣の位を保たれました。子孫がつぎつぎに落ち目になりますのを辛く思っておりました時、この娘が生まれて、頼もしいものがありました。何とかして都の尊い御方に差し上げたいと願うあまり、この地方の国守などの恨み(娘の求婚を拒む)を受けましが、なんの苦しいとは思いません。娘には、私の存命中はなんとしても育てましょう、もしこのまま身の定まらぬ娘を残して死ぬようなことがあったならば、海に身を投げて死ねと申しつけてございます。
◆昼夜六時の勤め=一昼夜六回の勤行。すなわち、朝、日中、日没、初夜(そや)、中夜、後夜の仏前の勤行
ではまた。