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【明石】の巻 その(10)
またの日に、
「宣旨書きは、見知らずなむ」
――代筆のお手紙は戴いたことがありません――とて、
源氏は、わたしは鬱々と物思いに沈んでおります、まだ、お逢いしたことがありませんので、恋しいとは言えませんが、と書きやります。
明石の上(ここからは入道の娘を明石の上という)からのお返事は
「思ふらむ心のほどややよいかにまだ見ぬ人の聞きかなやまむ」
――私をご覧になったことのないあなた様が、噂だけでお悩みになる筈はないでしょうから、お心の程は怪しいものです――
手蹟や書き具合は、都の高貴なお方にも劣らぬ様子で上品です。
源氏は、余りせっかちにお便りをしますのも、気が引けますので、二、三日間隔を置いて、もののあわれな風情を感じていそうな折りを見計らって文をいたしますと、明石の上はいつもそれにふさわしいお返事を返してきます。
源氏は
「心深う思ひあがりたる気色も見ではやまじ、と思すものから、……人進み参らばさる方にても紛らはしてむ、と思せど、」
――明石の上の気位の高い様子を、いつかは見てやりたいと思うものの、(良清が年来執心していた様子だったらしいのを、目の前で落胆させても気の毒だし)先方(明石の上)から、進んで来るようなら、応じる形にして何とかしよう、などとあれこれ思いますが――
「女はた、なかなかやむごとなき際の人よりもいたう思ひあがりて、妬げにもてなし聞えたれば、心比べにてぞ過ぎける。」
――女はまた、身分の高い人より一層気位高く、源氏をじらすようなお扱いをされますので、根比べの有様で時が過ぎていきます。――
源氏は、都の紫の上と、こんなに隔たったまま過ぎるとは思ってもいなかった、と心細く、いっそこちらに呼び寄せようかと思われますが、謹慎の身が、今になってそんな体裁のわるいこともできない。いつまでもここに居ることもないだろう。都に帰る日も来るだろうから、見苦しいことも出来ないと、心をお鎮めになるのでした。
◆見てやりたい=契りをもちたい。
ではまた。
【明石】の巻 その(10)
またの日に、
「宣旨書きは、見知らずなむ」
――代筆のお手紙は戴いたことがありません――とて、
源氏は、わたしは鬱々と物思いに沈んでおります、まだ、お逢いしたことがありませんので、恋しいとは言えませんが、と書きやります。
明石の上(ここからは入道の娘を明石の上という)からのお返事は
「思ふらむ心のほどややよいかにまだ見ぬ人の聞きかなやまむ」
――私をご覧になったことのないあなた様が、噂だけでお悩みになる筈はないでしょうから、お心の程は怪しいものです――
手蹟や書き具合は、都の高貴なお方にも劣らぬ様子で上品です。
源氏は、余りせっかちにお便りをしますのも、気が引けますので、二、三日間隔を置いて、もののあわれな風情を感じていそうな折りを見計らって文をいたしますと、明石の上はいつもそれにふさわしいお返事を返してきます。
源氏は
「心深う思ひあがりたる気色も見ではやまじ、と思すものから、……人進み参らばさる方にても紛らはしてむ、と思せど、」
――明石の上の気位の高い様子を、いつかは見てやりたいと思うものの、(良清が年来執心していた様子だったらしいのを、目の前で落胆させても気の毒だし)先方(明石の上)から、進んで来るようなら、応じる形にして何とかしよう、などとあれこれ思いますが――
「女はた、なかなかやむごとなき際の人よりもいたう思ひあがりて、妬げにもてなし聞えたれば、心比べにてぞ過ぎける。」
――女はまた、身分の高い人より一層気位高く、源氏をじらすようなお扱いをされますので、根比べの有様で時が過ぎていきます。――
源氏は、都の紫の上と、こんなに隔たったまま過ぎるとは思ってもいなかった、と心細く、いっそこちらに呼び寄せようかと思われますが、謹慎の身が、今になってそんな体裁のわるいこともできない。いつまでもここに居ることもないだろう。都に帰る日も来るだろうから、見苦しいことも出来ないと、心をお鎮めになるのでした。
◆見てやりたい=契りをもちたい。
ではまた。