永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(121)

2008年07月30日 | Weblog
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【澪標(みおつくし】の巻  その(14)

 御帳台の東面に添い臥していらっしゃるのは、斎宮でしょうか。御几帳が無造作に引きやられた隙間から、御目をとおしてご覧になりますと、頬杖をついていかにも悲しそうにしておいでです。

源氏は、
「僅かなれど、いとうつくしげならむと見ゆ。御髪のかかりたる程、頭つきけはひ、あてに気高きものから、ひぢぢかに愛敬づき給へるけはひしるく見え給へば、心もとなくゆかしきにも、さばかり宣ふものを、と思し返す。」
――わづかしか見えませんが、たいそうお美しい。お髪のかかりようや、おつむの形、ご様子など上品にけだかいものの、人なつかしく愛敬のあおりになるご様子が、まざまざと感じられますので、心惹かれもっと近づきたく思われますが、あれほど御息所がご心配なさったのであるからと、お思い返しになるのでした。――

いかにも苦しそうなご様子の御息所へ、源氏は

「故院の御子たちあまたものし給へど、親しく睦び思ほすも、をさをさなきを、……すこしおとなしき程になりぬる齢ながら、あつかふ人もなければ、さうざうしきを。など聞えて、帰り給ひぬ。」
――故桐壺院の御子が大勢いらっしゃいましたが、私を親しく睦みあわれる方が、ほとんどおられませんのに、(御父の故桐壺院が、斎宮を御子たちと同様な待遇をなさったのですから、私もそのように御妹ととして、お力になりましょう)私もやや人の親らしい歳になりましたのに、育てるはずの子を持たず、淋しく思っているところですから。などと申し上げてお帰りになりました。――

 その後もお見舞いをつくされましたが、七、八日の後、御息所は、
「亡せ給ひにけり」
――お亡くなりになってしまわれました――

◆写真:大殿油(おおとなぶら・おおとのあぶら)室内灯  風俗博物館


源氏物語を読んできて(信仰と生活・宿世の思想)

2008年07月30日 | Weblog
信仰と生活

宿世の思想

 この時代の骨格をなしているのが宿世(すくせ)の思想である。仏教の三世思想、つまり、人は前世、現世、来世とめぐりめぐって生き続けるという輪廻の思想を根底とするもので、因縁の因果の理である。
 
 現世において、たとえば中宮、皇后になるとか、内親王に生まれるというのは、前世の功徳のおかげであり、めでたき宿世の人ということになる。
 源氏が親王としてではなく、臣下に宣下されたのも、臣下のままで終わらない宿世をも、高麗の相人が占っている。
 
 宿曜(すくよう)は、星の運行によって人の運命を占うのであるが、「源氏の御子の一人が帝に、姫君は妃に、もう一人は太政大臣に」と、物語の展開は宿世の占いによって暗示されている。この、もう一人の太政大臣は源氏の子夕霧である。

 当時の信仰生活、ものの考え方を、源氏物語からうかがい知ることができる。

◆参考:源氏物語手鏡