アフガン・イラク・北朝鮮と日本

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野党の本気度が問われている

2021年03月31日 13時45分00秒 | 戦争・改憲よりも平和・人権

「遺産食いつぶした」 照屋氏が福島氏を面罵 社民

先日、古くからのブログ読者でもある友人が、大阪出張の帰りに私を訪ねて来ました。その友人とは新世界で酒を飲み、久しぶりに旧交を温め合いました。

その友人は、地元の名古屋で、社民党に入り活動をしながら、同時に立憲パートナーズとしても活躍されている方です。立憲パートナーズというのは、立憲民主党の協力党員の事です。社民党のような正式な党員ではないが、ある程度の党費を払い、後援会員的な役割を果たしている。そういう党員の事です。正式な党員ではないので、他党の党員でも協力党員にはなれます。

その方から野党共闘の舞台裏についても色々聞く事が出来ました。しかし、その話の内容は、共闘の行く末に暗雲を投げかけるものでした。

その方は、まず社民党が昨年11月14日の全国大会で、分党を決議した時の経緯について話されました。社民党はこの大会で、立憲民主党に合流するメンバーと、党に残留するメンバーで、党を分かつ事を正式に決めました。事実上の党分裂ですが、あくまでも「円満離婚」の形にする為に、このような手続きを踏んだのです。

ところが実際は「円満離婚」とは程遠いものでした。それは沖縄2区選出の照屋寛徳衆院議員が、福島瑞穂・党首に対して「この20年で党の遺産を食いつぶした」と、大会で痛烈に批判した事からもしのばれます。(上記動画参照)

しかし、そうして福島党首を痛烈に批判したはずの照屋議員は、なぜか引き続き社民党に残留する道を選びました。普通に考えれば、党大会で面と向かって党首を罵倒したのですから、てっきり立憲に合流するものと思われていたのに。

でも、その友人が言うには、照屋氏の残留は沖縄の選挙区事情によるものだそうです。沖縄ではまだまだ社民党の力が強く、照屋氏の後援会長も照屋氏の残留を強く望んだので、照屋氏は立憲に合流したくても出来なかったのだそうです。

友人に言わせれば、照屋氏の例なぞ、まだ可愛いものだそうです。友人が活動する社民党の愛知県連では、もっと驚くべき事が起こっていました。

その話によると、社民党愛知県連の代表を務めていた山 登志浩(やまとしひろ)という方が、県連の了承も得ず、勝手に県連代表の職を辞任し、同時に愛知県江南市の市議会議員も辞めて、それまで縁もゆかりもなかった富山1区の衆院選挙区予定候補に鞍替えしてしまったのです。

社民党は、中央組織も各都道府県連合の連合体にしか過ぎず、実際に候補者を選ぶのは地方の県連組織なので、このような事がまかり通ってしまうのです。これにはさすがに愛知県連も頭に来て、山代表を除名してしまったそうです。

なぜ、山代表が勝手に愛知県連の職を辞し、それまで縁もゆかりも無かった富山の衆院選挙区候補に鞍替えしたのか?その理由は今もはっきり分かりません。

富山は愛知に比べ、まだ社民党の力が強いからか?それとも、富山1区は県都の富山市が票田で、同市では政務活動費の不正流用疑惑で市議が大量辞職した事件もあったので、その政治的混乱の隙を突いて立候補に及んだのかも知れません。いずれにしても、憶測の域を出ません。

思えば、社民党が分党に至る経過も、よく分からないものでした。①社民党のままでは当選はおぼつかないので、立憲に合流する事は認める。②その一方で、党に残留して引き続き活動したい党員も少なくないのて、党自体は解散しない。③その上、立憲合流組と党残留組を繋ぐ社民フォーラム(社会民主主義フォーラム)という組織を立ち上げ、立憲合流組もその組織に属しながら立憲民主党の党員として行動する。こんな事まで昨年11月の党全国大会で決議してしまったのです。

そんな社民フォーラムなぞという分派組織を作るぐらいなら、社民党の中で頑張って活動すれば良いのに。また、社民党から立憲に移る以上は、分派組織を立ち上げたりせずに、あくまで立憲民主党の党員として活動すべきでしょう。分派なんて党内の派閥争いにしか過ぎず、有権者や支持者にとっては「はた迷惑」以外の何物でもないのですから。

外野の私なぞは、そう思うのですが。第一、そんな分派組織の存在を立憲民主党が認めるはずがない。「立憲に宗旨替えする以上は、立憲に忠誠を仕え。それが嫌なら社民党に留まれ」と。それが常識的な考え方だと思うのですが。

ところが、立憲はそんな分派活動すら黙認するようなのです。なぜなら、立憲民主党は、議員数こそ野党第一党ですが、まだ出来て間もない党なので、地方組織は無いに等しいからです。それなら、まだ小さいとは言え地方に党組織もある社民党の党員が加入してくれた方が、地方組織をそのまま引き継げるから良いのだそうです。

この立憲の裏事情は、社民党との関係だけに止まりません。右派の国民民主党や希望の党との関係でも、似たような事が起こっています。その典型的な例が松原仁・衆院議員の合流劇です。

松原仁議員と言えば、民主党・民進党時代から、憲法改正に積極的で、保守色の強い政治主張を掲げて来た人でした。今でこそ格差是正にも言及するようになりましたが、昔は拉致問題だけしか言わないような人でした。そんな、立憲よりもむしろ自民党や維新の会にいた方がお似合いの政治家が、なぜ希望の党から立憲民主党に移籍したのか?おそらく、他の国民民主党や希望の党の議員とは違い、労働組合に強い基盤を持たない為に、寄らば大樹の陰と、立憲にすり寄って来たのでしょう。

国民民主党を支持する労働組合も、実際は大企業正社員が中心の御用組合が大半です。原発推進の東京電力の組合を筆頭に。私の勤める大手スーパー物流センターにも、スーパー従業員の組合がありますが、春闘も会社言いなりの一発回答で終わりでした。その組合が加盟する上部団体(UIゼンセン)も、パートが低賃金に怒って労働組合を立ち上げたら、労働者よりも先回りして、会社に御用組合結成をけしかけるような所です。

そんな御用組合が大半なので、とても労働者の代表とは思えない国民民主党ですが、組合費はしこたま貯め込んでいます。だから立憲は国民にも頭が上がらないのです。

そう考えると、これらの議員達は、社民主義だの立憲主義だの、右だの左だの言った所で、思想信条や主義主張は二の次、三の次で、所詮は自分達の保身しか考えていないじゃないかと、思わざるを得ません。

これでは自民党、公明党や維新の会とも何ら変わらない。こんな体たらくで、自民・公明や維新の不祥事を追及できる訳がない。だから、幾ら自民党がデタラメな政治をしても、「野党も似たり寄ったりじゃないか」という事で、最後には数に勝る与党が選挙に勝ってしまうのです。

私は、それで良いとは絶対に思いません。たとえ不甲斐ない野党であっても、こんなデタラメし放題の与党や維新と比べたら、まだ数倍もマシです。野党共闘にも是非頑張ってもらいたいと思っています。でも、こんな体たらくでは、野党はいつまで経ってもアベ政治やスガ政治に終止符を打つ事は出来ないでしょう。

野党に今求められているのは、政権担当能力でもなければ、組織力でもありません。本当に親身になって庶民に寄り添い、庶民の命と暮らしを守ってくれるのか?その気構えを示せるかどうか?今年中に予定されている総選挙で、与党を過半数割れに追い込む事が出来るかどうかも、ひとえにその一点にかかっています。

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ネトウヨによる印象操作の好事例

2018年02月04日 10時04分17秒 | 戦争・改憲よりも平和・人権

 私は先日、ブログで安倍を「赤報隊くずれ」と皮肉り、ツイッターでも「恐らく赤報隊の一味かシンパだろう」とリツイートした。
 「赤報隊」というのは、1987年に朝日新聞阪神支局を襲撃し記者2人を死傷させた右翼テロ集団だ。時効成立後の今も犯人は捕まっていない。先週のNHK番組でこの赤報隊の事が取り上げられ、それを観た私が安倍をそのように皮肉ったのだ。

 勿論、私も安倍を赤報隊の構成員だとは思っていない。でも、赤報隊の掲げる「憂国」等の右翼思想を安倍も信奉し、下記のようなテロまがいの行為を、権力をかさに来て実際に行っている。その中でも、とりわけ最後に挙げた「人権・民主主義否定」発言に至っては、もはやテロ行為そのものじゃないか。だから「赤報隊の一味かシンパだろう」と皮肉ってやったのだ。「一味」はともかくとしても、少なくとも「シンパ=支持者、賛同者」という表現については、「当たらずとも遠からず」という意味では、決して間違ってはいないだろう。

・国会での野党の質問制限、メディアへの介入・懐柔・恫喝➔言論封殺テロ
・森友・加計・スパコン・リニアの疑惑隠し、国有財産叩き売り、政治と税金の私物化、証人喚問拒否、証拠隠滅の功労者を国税庁長官に抜擢➔国民に対するテロ
・トランプの尻馬に乗り、北朝鮮断交を他国にも呼びかけ、平昌オリンピックの融和ムードに水を差す➔戦争扇動テロ
・「働き方改革」と称して無制限残業の合法化を画策➔労働者に対するテロ
・生活保護水準の切り下げ➔弱者に対するテロ
・辺野古新基地建設強行➔沖縄県民に対するテロ
右翼の集会で安倍政権の閣僚が「国民主権・基本的人権・平和主義も否定しなければ真の改憲にはならない」「尖閣問題を軍事利用」と発言し、そこに安倍も同席し発言を肯定➔憲法蹂躙、領土紛争を外国敵視や与党の宣伝に政治利用、麻生の「ナチスの手口に学べ」発言にも匹敵するクーデター扇動

 そうしたら、ツイッターでちょっとした騒ぎになったw。その一連のツイート(つぶやき)を時系列でここに引用する。このブログの左にあるツイッターのアイコン(青い鳥のマーク)をクリックして、私のツイッターのページに飛び、左上の通知のアイコン(鐘のマーク)をクリックすれば、その一連のツイートがそのまま観れる。興味のある方はそちらも観て欲しい。

 まず、下記のジョンレモンさんのツイートに、私が続けてリツイート(RT=返信)した。

ジョンレモン @horiris 2月1日 質疑中、山本太郎議員の後ろから、鋭い形相で、野次ったり、ガン飛ばす自民党女性議員。 議員としての品格は何処へ行ったのやら…ヤンキー顔負けだ、こわ〜。

RT プレカリアート @afghan_iraq_nk1 2月1日 その自民党女性議員も多分、赤報隊の一味かシンパでしょう。本来自由であるべき言論を自分が気にくわないという理由だけで反日とレッテル貼りし敵視する。赤報隊のテロリストと一体どこが違うのか

 その上記の私のリツイートに対し、hidetanakaという輩が、私のリツイートの言葉尻だけを捉えて、「根も葉もない憶測はお里が知れる」と難癖を付けて来た。そして、その難癖リツイートがあちこちに拡散される騒ぎになった。リツイートのきっかけになった、山本太郎議員の質問や、それにガン飛ばした自民党議員のヤジに関する最初のジョンレモンさんのツイートもそっちのけに、私のリツイートの一部だけを切り取り、「お里が知れる」と罵倒して来たのだ。そして、その罵倒のツイートだけがあちこちに広められていった。

 これを何も知らない人がみたら、まるで私だけが寄ってたかって叩かれているようにしか見えないだろう。一連の議論の流れも無視し、一部の言葉尻だけに反応し、勝ち誇ったように、そればかりを叩く。これが、ネットでよく見られる「炎上」現象の正体だ。これが奴らの典型的な印象操作の手口だ。

RT hidetanaka @hidetanaka41 2月2日 根も葉もない、憶測はお里が知れますよ

RT ロッシュ@神々の棺 @divinelimb 9時間9時間前 「赤報隊の一味だろう」というレッテル貼り。もはや芸術の域ですね _ノ乙(、ン、)_ ("多分、"と前置きしてるから云々とかいう言い訳は以下略)

 そこで下記のように言ってやった。「憶測に基づくレッテル貼りこそ、お前たちが散々、他者に対してやってきた事じゃないか」「お里が知れるという言葉も、そっくりそのまま、お前たちにお返しする」と。

RT プレカリアート @afghan_iraq_nk1 2 時間2 時間前 皮肉で言った事も分からず、ネトウヨが私の言葉尻だけ捉え、嫌がらせの「いいね」やRTを一杯付けて印象操作に勝った気でいるw。だったらこいつらのヘイトデモで掲げた「朝日社員は皆殺し」等のプラカードは一体何なんだ。もはや単なる印象操作では済まない。立派なテロ扇動、殺人教唆じゃないか 

(注)ネトウヨ=ネット上で韓国・中国や左翼の悪口だけを言いふらし、安倍のやる事には何でも賛同するネット右翼。ヘイトデモ=そのネトウヨが中心になって主宰する、韓国・中国への憎悪を煽ったり外国人排斥を主張したりするデモ。

 

 そもそも、そんなに赤報隊や赤報隊が奉じる右翼思想が正しいと思っているなら、別に隠したりせずに、安倍もこのネトウヨのヘイトデモのように、もっと公然と「私も赤報隊のファンだ」「私も右翼だ」と言えば良いのだ。憲法改正についても、「自衛隊を追認するだけで、戦争放棄や平和主義の条文を削除したりはしない」なんて言って誤魔化したりせずに、仲間内の集会でポロッと漏らした「国民主権・基本的人権・平和主義も否定しなければ真の改憲にはならない」という本音を、もっと前面に掲げて正々堂々と議論すべきじゃないか。自分たちがそれを正論だと思っているなら。正論だと思っているからこそ、仲間内の集会でポロッと本音が出たのだろう。

 ところが、そのような真正面からの議論を避けて、仲間内の集会や雑誌でだけ、コソコソと床屋談議にふけって自己満足。自己満足で済んでいるうちはまだ良い。問題は、こんな奴らが政権中枢に居座り、国民にも自分たちの考えを強要しようとしている所にある。秘密保護法や戦争法、共謀罪や放送法第4条の規定まで動員して。

 そして、フジテレビ「やしきたかじんのそこまで言って委員会」や東京MXテレビ「ニュース女子」の「沖縄の基地反対運動には中国から日当2万円の動員費が出ている」といったネトウヨ番組のデマは放置しながら、NHKクローズアップ現代やTBSのサンデーモーニングにだけ、政治的中立を口実に、放送電波停止やコメンテーター排除の脅しまでかけて、番組を骨抜きにしつつある。最近テレビが相撲協会の内紛劇などの三面記事報道にばかり時間を費やすようになったのも、政治批判が次第にやり辛くなっているからだ。

 真正面からの議論を避けて、裏でコソコソ圧力をかける。まるでヤクザによる民事介入暴力の手口と同じだ。森友・加計疑惑の証人喚問にしてもそうだ。本当に安倍夫妻が森友・加計の案件で、財務省や文部省に不当に圧力をかけたりしていないという自負があるなら、なおさら証人喚問でそれを証明する義務がある。

 ところが、片方の当事者である籠池氏にだけ証人喚問を強いながら、もう片方の当事者である安倍夫妻はずっと証人喚問を拒否し続け、フェイスブックで言い訳したり、「ご指摘は当たらない」との紋切り答弁で逃げ回ったりしている。そして、野党からの臨時国会開催要求も無視し、昨年の突然の解散劇で疑惑追及そのものもウヤムヤにしてしまった。挙句に、選挙で勝てば官軍とばかりに、今や国会での野党の質問時間まで制限しようとしている。正に言論テロそのものじゃないか。

 安倍夫妻の証人喚問拒否も、突然の解散劇も、野党の質問時間制限も、メディアに対する不当で不公正な圧力も、産経・読売など御用メディアや、前述の「やしきたかじん〜」等のネトウヨ番組、ネトウヨなど「安倍親衛隊」を使っての今回のような印象操作も、全ては、自分達にやましい所があるから、それを隠そうと躍起になっているだけなのだ。「安倍親衛隊」のネットでの「反日」のレッテル貼りの方が、私の「赤報隊くずれ、赤報隊の一味」発言よりも数倍も悪質ではないか。実際にそれでテロ事件も誘発しているのだから。

 しかし、いくら御用マスコミを動員して、たとえ印象操作で選挙や論戦で勝つ事ができたとしても、それは砂上の楼閣でしかない。砂上の楼閣はいつか必ず崩れる。しょせんフェイク(嘘、デマ)はフェイクでしかない。フェイクで真実に打ち勝つ事はできない。

(追記)

 ネトウヨの中には、私の「安倍は赤報隊一味」のツイートだけでなく、山本太郎への当てこすりRT(リツイート)を、山本太郎の動画も観ていない私に一方的に送り付け、その当てこすりRTを拡散(回覧)する輩まで出て来た。当てこすりRTのRT(回覧)数や「いいね!」(賛同)数が日を追うごとに増加するのを私に見せつけ、私を怖がらせてやろう…おそらく、そんな事だろう。もう、そこまで来たら、もはやRTの内容とは無関係に、単に衆を頼んで「俺様の方が多数派なんだ」と、物量作戦で圧倒して私を黙らせようとしているだけじゃないかw。しかし、くだんの山本太郎の動画も観ていない私に、こんな意味不明の「押し売り」RTを送り付けられても、迷惑なだけなのに。そこで、こちらについても、早速お返ししてやった。

RT プレカリアート @afghan_iraq_nk1 2月5日 山本太郎の動画を観てどう思おうが個人の自由。個人の自由だから違う意見も当然ある。違う意見同士で議論するなら対話にもなるが、俺様の方が強いんだ多数派なんだと誇示されるだけでは、パワハラ親父を相手にしているのと同じで全然対話にならない。ネトウヨはそんな事でしか存在感を示せないのかw

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赤報隊くずれのバカに改憲の指図なぞされる筋合いは無い!

2018年02月01日 22時50分40秒 | 戦争・改憲よりも平和・人権

 

 安倍政権によるメディア介入の影響で、今やすっかり政府広報と化してしまったNHKですが、中にはまだこんな気骨のある番組が作れるスタッフもいたようです。先週の土曜・日曜日夜の二夜連続で放送された赤報隊事件の実録ドラマと取材番組を私も観ました。赤報隊事件そのものは31年前に起こった朝日新聞への右翼テロ襲撃事件ですが、それは決して過去の話ではありません。今や、赤報隊の思想を信奉する連中が、官邸などの政権中枢に居座り、自分の思い通りに憲法を改悪して、日本を戦前のような独裁国家に戻そうと画策しているのですから。

 この番組の感想についても、本来は自分の文章でブログ記事に仕上げなければならないのですが、いかんせん時間がありません。今週末からはダブルワークも始まります。記事の完成を待っていたらいつになるか分かりませんので、今回もツイート(ツイッターのつぶやき)をそのまま転載させてもらいます。無署名で文末に日付を入れたツイートが私のものです。そして、頭に「RT~@~日付」とあるのが、他の方のツイートを私がリツイート(引用)したものです。ツイートだけでは何の事か分かりにくいと思うので、所々に注釈も入れました。

(以下転載)

NHK久々のヒット。赤報隊による朝日新聞阪神支局テロ事件の特集番組。昨夜の草なぎ剛の好演に続き、今夜は元首相への脅迫捜査を地元県警が握り潰した形跡についても。次々とテロにかけ犯行声明も多く残された事件の犯人が何故か今も捕まらず、逆にヘイトスピーチがアベ政治の下でますます拡散(1月28日)注:ヘイトスピーチ=特定の民族や人種などに対する憎悪に基づく差別扇動。(例)「ゴキブリ朝鮮人を日本から叩き出せ!」

注:以下、NHKスペシャル「未解決事件File.06 赤報隊事件」番組HP
第1夜(1月28日放送)、第2夜(1月29日放送)ページより抜粋。

日本中に大きな衝撃を与え、今なお生々しい記憶を残す「未解決事件」を徹底検証し、未来へのカギを探るシリーズ第6弾。31年前、日本を震撼させた“言論へのテロ事件”「赤報隊事件(朝日新聞襲撃事件)」に迫る。1987年5月3日、朝日新聞阪神支局に突如、目出し帽の男が進入し散弾銃を発砲。記者2名が死傷し、その後、全国各地の朝日新聞関連施設を襲撃、爆破未遂、そして中曽根・竹下元首相への脅迫や、リクルート元会長宅への銃撃など事件は全国に拡大。のべ124万人の捜査員が投入されたが、15年前、全ての事件が未解決のまま時効を迎えた。犯人は何者で、なぜ事件は未解決に終わったのか。1夜目は、NHKが入手した極秘資料や関係者の証言をもとに、「実録ドラマ」で知られざる事件の闇に迫る。
https://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20180127

目出し帽の男は一体何者なのか?全国にまたがる“テロ事件”は単独犯の仕業なのか、複数犯の手によるものなのか?そして、犯人の真のねらいは何だったのか?2夜目は多くの謎を残して闇に消えた「赤報隊」と事件の真相に、独自取材で切り込むドキュメンタリー。真相解明のカギを握るとされた一連の「犯行声明文」をめぐる新たな事実や、NHKに接触してきた「犯人を知る」というナゾの人物、そして警察が追跡していた知られざる“真犯人の影”など、31年目にして得られた新事実をもとに、日本を震撼させた赤報隊事件の深層に分け入っていく。
https://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20180128

RT akabishi2 @akabishi2 1月28日 しかし、中山嶺雄こと長谷川潤氏、まさかテレビカメラに向かって「処刑は当然」まで言い放つとはな。。。こんなのが府立中学校の元教員だっていうんだから恐ろしい。マスキクン人脈、マジでヤバ過ぎと再認識。朝生が、つくる会を取り上げた時、出演してたのを覚えてる人もいるかもね。

RT 樋田毅 @QGaBnFl60ImNhyy 1月25日 草彅剛さんが私の役を演じるNHK「未解決事件」ドラマ編が27日午後7時半から放送されます。私は草彅さんと会ったのですが、好青年でした。「私の役を引き受けてくれた勇気に感謝します」と伝えると、「市民の義務として頑張ります」と言ってくれました。その後の彼のメディア向け発言も素晴らしい。

RT 樋田毅 @QGaBnFl60ImNhyy 1月28日 昨夜の草彅さんの演技力に感服です。私の心が草彅さんに乗り移ったかのように思いました。私が最も伝えたかった「赤報隊の銃口は自由な市民一人一人に向けられたものだ」を、草彅さんが全存在をかけた言葉として発してくれました。私の書く本も、草彅さんのドラマの延長線上にあります。

RT ARICヘイトウォッチチーム @AricHateWatch 1月28日 新宿でヘイトウォッチしてきました。明らかに違法なデモでしたが、差別主義者は警察にガードされながら中心部を堂々と通過しました。

 RT 早川タダノリ @hayakawa2600 1月27日 NHKの赤報隊番組で話題になっているようなので、統一協会系のエアガン輸入の件、国会議事録を。幸世物産=現・ハッピーワールド「当時、幸世物産という会社が韓国から空気散弾銃を大量に輸入していたということが問題になりまして、鋭和B3という空気散弾銃ですね……」

RT mold @lautream 1月27日 赤報隊支持者の皆さん。

 

注:上記の画像はmoldさんのツイートからお借りしました。

しかし、何故またよりによって赤報隊の名を選んだのか?明治維新で新政府軍の先鋒隊として体良く利用され、年貢半減を触れ回った挙句に偽官軍として処刑された相楽総三の赤報隊の名を。権力の犬や反共テロリストとして散々利用された末に使い捨てられる運命にある今の在特やISを暗示する様な名を(1月29日)

副大臣「何人死んだ」/米軍事故 志位質問に暴言ヤジ 原発事故で「死の街」と民主党政権閣僚が失言しただけで大騒ぎした癖に、この暴言には沈黙か?「北朝鮮拉致で何人死んだ」と言ったら即座に反日呼ばわりする癖に、被害者が沖縄県民なら何とも思わないのか?(1月31日)

右翼は赤報隊のテロを義挙と言う。特攻隊と同様に、国を思って決起したからだと。だったら伊藤博文を暗殺した安重根も同じじゃないか。本当の義挙と言うのは、自分を犠牲にしても民を守った大塩平八郎みたいな人の事を言うのだ。赤報隊のやった事はただの言論弾圧。こいつらは民衆の敵でしかない(同上)

RT 大神@肉球新党 @T_oogami 1月27日 赤報隊の朝日新聞阪神支局襲撃について「国を思う優しさから実行したんだから良いんだよ」と言う右翼に対し、草彅剛演じる樋田記者が犠牲となった小尻記者とその遺族の写真を持ち出して「貴方はこの人達の前でも同じ事を言えますか!」と一喝した場面は最高に格好良かった。

RT 但馬問屋 @wanpakutenshi 1月28日  “赤報隊事件” 草彅剛さん演じる実演ドラマに続き、犯人を資料で丁寧に追ってゆく今夜の内容も良かった!NHKの良識派スタッフに感謝。 民主主義を脅かす言論テロは断じて許されない。 「朝日死ね」と言う議員、「朝日の読者も敵だ」と言う元NHK経営委員、今はさらに言論の自由の危機…

RT NHK大阪 公式認証済みアカウント @nhk_osaka_JOBK 1月23日 】 ▽未解決事件 File.06「 」 ◆第1夜 実録ドラマ 27日(土) 午後7:30・総合 出演: ◆第2夜 ドキュメンタリー 28日(日) 午後9:00・総合

RT 朝日新聞公式インスタグラム @asahi_insta 1月25日 NHKスペシャル「未解決事件」が27日に放送されます。1987年の朝日新聞阪神支局襲撃事件など一連の「赤報隊事件」の犯人を追う記者を、 さんが演じました。 インタビューはこちら ★無料会員登録していただければ全文ご覧頂けます。

RT 澤田愛子 @aiko33151709 1月27日 赤報隊事件ドラマ。特務取材班だった樋田記者を演じた草彅剛。彼がセリフで渾身の力を込めた部分がある。「考えの異なる者を銃で撃ち殺し、それが正義だと主張したのが赤報隊です。小尻記者に向けられた銃弾は自由な社会を求める私達一人一人に向けられたものだ」。まさに今の日本へのメッセージだ。

RT NHKドキュメンタリー認証済みアカウント @nhk_docudocu 1月24日 【27日夜】シリーズ に2夜連続で迫る。 31年前、朝日新聞の記者が殺害され中曽根・竹下元総理をも標的にした事件の真相とは?[総合]

RT 八幡愛 @aiainstein 1月29日 お世話になってる社長さんに食事に連れて行ってもらって「今の安倍政権が悪いと思えない、君は左なのか」といわれて私が思ってることを丁重にお話すると機嫌悪くなって「お前は汗水流して働いたことないくせに」と言われ「今は汗水流してる人達が報われない世の中です」って言い返したらキレて帰った。

国会には改憲議論の義務があると首相 改憲発議が出来るのは国会だけ。内閣は、寧ろ憲法や法律に沿って政治をしなければならない。でないと三権分立にならない。そんな事も分からないのか?憲法変えたいと言っているのは安倍の取り巻きだけ。そんな事に国民を巻き込むな(1月31日)

赤報隊はテロで言論の自由に牙をむいた。安倍も秘密保護法と戦争法と共謀罪と改憲で、国民の自由や人権や暮らしや平和そのものに牙をむこうとしている。その根底にあるのは自由や人権に対する逆恨み、下々の者が上の者に楯突くなという差別意識。秋葉原事件の加藤や相模原事件の植松と同じルサンチマン(同上)注:ルサンチマン=復讐心

首相の癖に憲法を全然守ろうとせず、働き方改革と称して労基法もねじ曲げ、労働者をブラック企業の餌食にしようと目論み、日本を外資に売り渡す事しか考えてない癖に、バカの一つ覚えみたいに国民を守るとほざきながら、自由や人権を敵視する赤報隊くずれに、偉そうに改憲を指図される筋合いなぞ無い!(同上)

改憲と言っても自衛隊の存在を憲法で追認するだけで戦争放棄の条文は残すから良いじゃないかと安倍は言う。では国旗・国歌法が制定されてどうなった?幾ら条文や付帯決議で歯止め条項を挿入しても何の歯止めにもならなかった。自分に都合よく法律を解釈し、都合の悪い部分はガン無視。それが奴等の手口(2月1日)

派遣労働法も最初は例外だった物がいつしか原則にすり替わっていた。働き方改革も過労死防止の名目がいつしか残業代ゼロに話がすり替わっているじゃないか。改憲もそれと同じだ。自衛隊追認と緊急事態対応の為に改憲した筈が、海外派兵と人権弾圧で国民に牙をむく。後で幾ら気が付いても手遅れだ(同上)

RT 小沢一郎(事務所)認証済みアカウント @ozawa_jimusho 1月30日 与党は、あれだけ質問時間をよこせと血眼になって、いざ増やしてみれば「総理はなんてすばらしいんでございましょう!」というような質問やって、挙句質問時間を余らせる。もう悪い冗談でしかない。結局野党の質問封殺だけが目的。総理は国会までも「私物化」するつもりだろうか。絶対許されないこと。

RT きむらとも @kimuratomo 7時間7時間前 総理大臣に楯突いて見捨てられたら長期にわたり拘禁される。その不当な人権侵害を総理大臣に質疑で問い質した議員には「総理大臣に対して、なんと無礼な」との雑言が浴びせられる。いつから日本の総理大臣は絶対不可侵王となったのか。いったい日本て、いつから絶対王政と拷問を許す中世に戻ったのか。

注:単なる補助金詐取疑惑で逃亡や証拠隠滅のおそれもない森友学園前理事長の籠池夫妻を、口封じの為だけに大阪拘置所の暖房もない独房に長期間閉じ込める。その人権侵害の是非を問いただした山本太郎・参院議員に対して、与党が浴びせた罵声が、籠池に対して浴びせた暴言と同じ「無礼者!」。いつから安倍晋三は戦前の天皇になったのか?江戸時代の殿様になったのか?しかも、枝葉の補助金詐取疑惑(国の責任は問われない)だけで、本筋の国有地たたき売り疑惑(国の責任も問われる)については黙殺する狡猾さ。
そんな奴らが画策する憲法改正の中身も、下記の動画を観れば一目瞭然。

RT 森達也(映画監督・作家) @MoriTatsuyaInfo 1月30日 もしもツイッターを始めていなければ、この動画の存在は知らなかった。「国民主権・基本的人権・平和主義は要らない」「尖閣軍事利用しよう」。アイコラやCGでもなければフェイクニュースや居酒屋の悪ふざけでもない。彼らは本気なのだ。メンバーの多くは閣僚か官邸側近たち。そしてトップは安倍晋三。

国民の権利没収改憲ムービー 憲法改正誓いの儀式 https://youtu.be/h9x2n5CKhn8 
注:本当はこの動画をもっと多くの人に観てもらいたいのですが、何度やってもブログに動画をうまく貼り付ける事が出来ないので、リンクだけ貼っておきます。

 「国民主権、基本的人権、平和主義、これをなくさなければ本当の自主憲法ではないんですよ」(創生日本・東京研修会での長勢甚遠・第一次安倍内閣法務大臣の発言)。まるで北朝鮮そのものの発想。こんな奴らに「北朝鮮から日本を守る」と言われても、「お前自身も北朝鮮と同じじゃないか」としか言いようがありません。「尖閣諸島の領土紛争を軍事利用」発言に至っては、開いた口が塞がりません。そうやって北朝鮮ミサイルも散々軍事利用、政治利用したのでしょう。それで国民にはJアラートで「核攻撃されたら身を伏せよ」とバカみたいな避難訓練まで強要して。「竹槍でB29を撃ち落とせ」「焼夷弾は手でつまみ出せ」と国民を追い詰めた戦時中と一体どこが違うのか!

 しかも、この連中、国民には散々「家族を大切に」「道徳を守れ」「国や郷土を愛せよ」と偉そうに説教を垂れながら、自分たちのやっている事は一体何なのか?森友・加計、リニア談合疑惑で国有財産たたき売り、お友達厚遇、税金私物化。原発乱立とカジノ・リニア・オリンピック施設の乱開発で国土を破壊しまくり。TPPで国内農業も破壊しまくり。「沖縄・普天間米軍基地の危険を無くす」と言いながら、辺野古を始め沖縄県全域に危険を拡散。「自衛隊員の無事を祈る」と言いながら、トランプの言いなりに米国の下請け海外派兵。「過労死やブラック企業を無くす」「正社員と非正規の格差を無くす」と言いながら、実際にやっている事は無制限残業の合法化、正社員の非正規化。言っている事とやっている事が全て逆。まるで詐欺そのもの。

 それでも、まだあなたは「北朝鮮から日本を守る為に安倍政権を支持する」「北朝鮮から日本を守る為に憲法改正が必要だ」と思いますか?こいつらのしたい放題を指をくわえて黙って見ているだけですか?

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そんなに安倍が怖いのか?

2017年05月10日 18時06分38秒 | 戦争・改憲よりも平和・人権

  

5月4日付朝刊各紙の憲法行事関連記事。左から順に朝日22面左上約4分の1ページ「護憲派 憲法壊すなの波を 改憲派 首相発言に意強く」、産経20面右上約6分の1ページ「憲法テーマ 活発議論」、読売18面右上約6分の1ページ「改憲・護憲 各地で集会」(毎日は別途後述)。

 前回ブログに書いた5月3日の「憲法壊すな!おおさか総がかり集会」を、他のブログやマスコミはどう取り上げているか、もし取り上げているブログが他にあるなら、トラックバックを送ってあげようと、この間ネットであちこち探し回っていましたが、なかなか、それらしき記事に行き当たる事ができませんでした。昨年も5月3日に同じ大阪の扇町公園で同じような集会が持たれた時は、マスコミも割と積極的に取り上げてくれたのと比べると、まるで雲泥の差です。

 その原因としては、昨年はその後に参院選挙もあり、その後も森友学園の疑惑や米国トランプ政権の誕生、北朝鮮ミサイル騒動やフランスや韓国の大統領選挙と立て続けに色々な事があり、今も「2020年オリンピック開催までに憲法改正実現」「米韓防護」等の安倍首相の発言に耳目があつまったので、憲法記念日の取り組み・集会の情報がその影に隠れてしまった影響はあると思います。

 しかし、私はそれだけではないと思います。仮にも国民主権の民主主義をうたう以上は、総理や政府高官のあれこれの発言や政局がらみの記事よりも、集会・デモやストライキなどの国民の運動こそ、もっと取り上げなければならないはずです。主権者は総理や政府高官、国会議員なんかではなく国民自身なのだから。総理以下は、あくまで国民の代表、代弁者でしかないのですから。

 こんな事を書くと、「集会やデモなんて参加するのは国民の一部であって、必ずしも国民多数派の声を代弁しているとは限らない」という意見が返ってきたりします。しかし、「何も言わなければ、それは意見でも何でもない、ただの愚痴でしかない」。改憲であろうと護憲であろうと、意見があればそれを何らかの形で公に表明するのが筋です。何も言わないのは怠け者の言い訳です。何も言わない権利も勿論ありますが、その事で何か言った者の声を押さえつける権利まで「怠け者」にあるとは私は思いません。

 以上、少し横道にそれてしまいましたが、その国民の声の代弁者に過ぎない総理や高官の動きばかりを取り上げ、国民の運動についてほとんど触れない事は、マスコミが権力の動向ばかり気にして国民生活をないがしろにしているという事の、典型的な現れだと私は思います。なぜ国民はそれに怒らないのか?そんなに安倍が怖いのか?

 そういう意味では、別途後述する毎日新聞の記事以外は、どの商業全国紙の記事も、私に言わせれば「カス」です。憲法改正なんて、国民の生活・安全や場合によっては直接命に関わる重大問題であるにも関わらず、どの新聞も三面記事のベタ扱い。それは、事あるごとに北朝鮮や中国の脅威を言い立て、改憲をあおる産経新聞も同じです。むしろ、産経なんて一番スペースも小さく、宝くじの当選番号告示と同じ位のスペースしか割いていません。その辺にも、ひたすら権力に媚を売り国民のことなぞ眼中にない産経新聞の不誠実な姿勢が現れています。

 それらの記事の内容も、朝日は両論併記で、1万8千人も集まった総がかり集会と280人しか集まらなかった改憲派の大阪集会を同列に扱っています。これでは、一見「中立」を装っているようで、実際は改憲派に下駄をはかせ肩入れしていると見られても仕方ないと思います。産経はもっと酷くて、改憲派の集会しか取り上げていません。護憲派は存在自体も紙面から抹殺です。これでよく「正論」「不偏不党」だとか「左に偏りすぎた世論を真ん中に是正する」とか言えるなと思います。安倍ヨイショそのもの、昔の大本営発表や今の北朝鮮・中国メディアのやり口そのものじゃないですか。読売もその点は同じです。一見、両論併記の形をとりながら、記事のタイトルも分量も改憲派に比重を置いている事は明らかです。「改憲・護憲 各地で集会」と、まだ憲法改正されていないにも関わらず、わざわざ「改憲」を先に持ってきている点ひとつとっても、世論誘導が見え見えです。

 その中で唯一評価できるのが、毎日新聞の下記の記事です。前述の朝日以下と同じ社会面の扱いながら、それらとは違い全段ぶち抜きで、「改憲 五輪口実許さぬ」「国民ないがしろ」と、言うべき事をはっきり書いてくれています。元々、オリンピックなんて憲法改正とは何の関係もないはずです。むしろ、「民族や性別、政治信条の違いで選手やサポーターを差別してはいけない」と言うのが、スポーツマンシップ本来の趣旨だったはずです。それを、「テロ対策」だ何だとこじつけて、憲法改正をテロと強引に結びつけて。「テロ対策」さえ口にすれば、監視強化も自由抑圧も何でも出来ると思ったら大間違いです。その中で、この毎日の記事は、昨今の情勢の下では、軍需産業の三菱などの大企業もスポンサーとして抱える商業紙としては、精一杯努力して書いた優れた記事だと思います。ジャーナリストとしての誇りと意地がそうさせたのでしょう。

首相、9条発言 改憲、五輪口実許さぬ(毎日新聞2017年5月4日 大阪朝刊)

 憲法施行から70年の3日、改憲を目指す安倍晋三首相は改憲派集会に寄せたビデオメッセージで自身の思いを明かした。2020年の施行を目指し、戦争放棄をうたった9条に自衛隊の存在を明記するよう言及した内容に、各地では反発や賛同の声が交錯した。

護憲派「国民ないがしろ」

 この日は各地で護憲を掲げる団体や、改憲を求める団体が集会やイベントを開いた。護憲派の集会では「早急すぎる」「東京五輪を口実にするのは許されない」などの批判が相次いだ。

 改憲派の集会では、「意気込みが伝わった」「これで自衛隊がきちんと位置付けられる」などと歓迎する声が広がった。

 大阪市北区の扇町公園であった護憲派の集会には、主催者発表で約1万8000人が参加した。「憲法こわすな!」などのポスターが掲げられ、民進や共産など野党の国会議員もマイクを握った。

 社民党の福島瑞穂参院議員は、安倍首相の改憲を巡る発言について「冗談ではない。アメリカと共に世界で戦争をするための憲法改正をどんなことがあっても止めていこう」と声を張り上げた。

 集会に参加した和歌山県白浜町の大谷真智子さん(65)は、自衛隊の存在を9条に明記したいとの意向について「9条を変えるということで腹の底から怒りを感じる」と憤り、「目標年次まで決めるのは国民をないがしろにしている。憲法をどうするかは国民が決めることで、首相が決めることではない」と語気を強めた。

 大阪市の団体職員、山田みのりさん(40)も「早急すぎる。安倍1強体制のおごりだ」と指摘した。

 京都市内の集会に参加した弁護士の宮本高平さん(33)は「施行時期を東京五輪と同じ20年にしたのは五輪の政治利用で許されない」と反発。「自衛隊が災害援助などで国民から評価されているのは分かるが、9条で明文化させれば防衛費の増大につながる」と危ぶんだ。

 広島市の集会に参加した大崎武男さん(73)は「国民の議論は熟していない。北朝鮮情勢で危機感があおられ、正しい認識ができない状況でこのまま突き進んではいけない」と反対した。

 石川県津幡町の主婦、水野スウさん(70)は自宅で毎週、憲法や民主主義について自由に語り合うカフェを開いており、この日も8人が集まった。安倍首相のメッセージについて水野さんは「20年の東京五輪を口実に、国民に『一つにまとまる時だ』との印象を与えるもので、戦時中の全体主義国家をほうふつとさせる。ナチス政権下でのベルリン五輪への機運の高まりに似ていて、ぞっとした」と語った。

改憲派「意気込み感じる」

 改憲を唱える「美しい日本の憲法をつくる大阪府民の会」などが大阪市内で開いた第18回憲法シンポジウムの冒頭あいさつで、日本会議大阪の千家敬麿議長は「これで不明確だった憲法改正の時期が明確になった。安倍総理の決断に意を強くして、さらなる憲法改正運動にまい進したい」と言葉に力を込めた。

 兵庫県三田市の自営業、小笠原理恵さん(52)は「時期を明言したことで、本気で改正を目指しているのだと政権の意気込みが伝わった」と喜んだ。

 大阪市北区の主婦、森脇友子さん(54)は「合憲性があいまいなまま自衛隊が存在しているのは異常な状態だ。これで自衛隊の存在がきちんと憲法上で位置づけられることになる」と評価した。

 広島市内で開かれた護憲派の憲法集会でも批判の声が多い中、賛同する声があった。山口県周南市の高校2年生、三木俊弥さん(17)は「改正は早ければ早い方がいい。国が国民を守るため、国防はしっかりしないといけない」と主張した。

 元陸上自衛隊北部方面総監の志方俊之帝京大名誉教授(81)は「長年議論しても合憲かどうか意見が分かれてきた自衛隊の存在が憲法に明記されることは重要だ。憲法になかったために、現場の自衛官は日陰者のような扱いを受けてきた。これで安心して任務に励めるだろう」と歓迎した。

 戦争放棄や戦力不保持を規定した1、2項との兼ね合いについては「自衛のための存在とはっきりと書くべきだ」と述べた。【遠藤浩二、加藤佑輔、石川将来】

首相メッセージ、集会に1150人参加

 東京都内でも改憲派・護憲派がそれぞれ集会を開いた。安倍首相のビデオメッセージが流されたのは、保守系の任意団体・日本会議が主導する「美しい日本の憲法をつくる国民の会」などが東京都千代田区の砂防会館別館で開催した集会で、1150人(主催者発表)が参加。同会共同代表でジャーナリストの桜井よしこ氏は「心を合わせて憲法改正を進めていこう」と訴えた。

 東京都江東区の東京臨海広域防災公園では、約30の市民団体でつくる実行委員会が護憲集会を開き、民進、共産、社民の各党トップを含め、約5万5000人(主催者発表)が参加。作家の落合恵子さんは「私たちの憤りは憲法を破壊しようとするあの人たちに向かっている」と力を込めた。【後藤豪、高木香奈】

https://mainichi.jp/articles/20170504/ddn/041/040/019000c

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安倍の歴史偽造を許すな!

2015年10月24日 21時26分58秒 | 戦争・改憲よりも平和・人権
 「歴史偽造」と言っても、別に「南京大虐殺は無かった」「従軍慰安婦なぞいなかった」という歴史修正主義の戯言ではない。現代日本における公然たる「歴史偽造」に抗議する取り組みだ。

 国会の議事録を勝手に書き換えるな!
 実際は聴取不能でどんな法案をいつ採決したかも分からないのに、勝手に付帯決議までデッチ上げて「可決」した事にするなんて、インチキにも程がある(怒)。
 しかも、委員会メンバーでもない与党議員が議場に乱入しての強行採決劇だったのに、まるで野党が議事を妨害したかのように言いふらすとは(呆)。
 おまけに、強行採決するまでは大幅に会期延長しておきながら、戦争法を「可決」した途端に内閣改造しても臨時国会も開かないとは(哀)。
 勝手気ままも大概にしろ!
 「立憲主義」と言えば難しく聞こえるが、簡単に言えば「みんなで決めたルールを守れ」「多数決の横暴でなく、もっと民主的に話し合え」という事だ。
 こんな当たり前の事がなぜ守れないのか?こんな事で本当に日本が「民主国家」「法治国家」であると言えるのか?

…という事で、最近は転載続きで申し訳ありませんが、以下のネット署名に先ほどサインしました。皆さんも是非ご賛同、ご署名をお願い致します。
 強行採決された悪法も必ず廃案で元に戻す「国民連合政府」を野党共闘で実現すると共に、採決そのものの不当性も粘り強く訴えていかなければならないと思っています。こんな不法、デタラメがまかり通るなら、もはやどんな不法やデタラメでもまかり通る事になってしまいます。


「公表された議事録作成の経緯の検証と当該議事録の撤回を求める申し入れ」への賛同署名のお願い

*署名の仕方を再掲します。:次のフォームの所定欄に記入の上、送信して下さい。
    http://goo.gl/forms/B44OgjR2f2
──────────────────────────────────────
「安保関連法案の採決不存在の確認と法案審議の再開を求める申し入れ」を行った私たちは、近日中に以下のような「公表された議事録作成の経緯の検証と当該議事録の撤回を求める申し入れ」を行う予定です。
─────────────────────────────────────
2015年10月○日
参議院議長  山崎正昭様
参議院「我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会」委員長 鴻池祥肇様
参議院事務総長 中村 剛様

 公表された議事録作成の経緯の検証と当該議事録の撤回を求める申し入れ

 前略 10月11日に参議院のホームページに公表された、9月17日開催の「我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会」の議事録において、速記録にはなかった「右両案の質疑を終局した後、いずれも可決すべきものと決定した。なお、両案について附帯決議を行った。」という追記がなされ、〔参照〕として横浜地方公聴会速記録が掲載されました。報道によれば、こうした追記は鴻池委員長の判断でなされたとのことです。
 これについて、4つの野党会派は14日、中村剛参議院事務総長に対し、こうした議事録が作成された経緯の検証と撤回を求める申し入れを行いました。

 去る9月25日に3万2千余の賛同署名を添えて、山崎参議院議長と鴻池特別委委員長宛に「安保関連法案の採決不存在と法案審議の続行を求める申し入れ」を行った私たちは、そもそも存在しない安保関連法案の「採決」「可決」を後付けの議事録で存在したかのように取り繕う姑息なやり方に強く抗議します。
 9月17日の委員会室は速記録で「議場騒然」「聴取不能」と記載されたような状況であり、テレビで実況中継を視聴した国民の圧倒的多数は「あれで採決、可決などあり得ない」と受け止めています。今回の議事録に追加された「議事経過」には、次のような重大な偽り、あるいは採決の存在を議事録への追記で証明しようとする試みの道理のなさが露呈しています。

(1)5つの案件が採決されたと言われたにもかかわらず、委員長が1件ごとに、参議院規則第49条、第136、第137条に基づいて表決に付すと宣告した旨の記載、ならびに、委員長が起立者の多少を認定して表決の可否の結果を宣告した旨の記載が一切ありません。これでは「採決」「可決」は存在しないとする私たちの指摘を何ら反証したことになりません。
(2)公表された議事録で追加された「議事経過」の中に、「両案について附帯決議を行った」との記載があります。しかし、この案件については、上記と同様、参議院規則に基づいた表決の宣告も表決の結果の宣告も記されておらず、正規の議事録とはみなせません。
  さらに、本附帯決議については、慣例となっている全委員への案文の事前配布はなく、特別委で決議案文が提案されたことを認知した委員がどれほどいたのかさえ疑わしいのが実態とされています。鴻池委員長の一存で、このような附帯決議が決せられたと議事録に書き加えるのは民主的議会運営の常識を蹂躙する暴挙以外の何物でもありません。
(3)末尾に〔参照〕として、横浜地方公聴会速記録が掲載されましたが、この速記録の内容が「採決」なるものに先立って特別委に報告された事実はありません。事実に反して、後付けで、〔参照〕などという標題を付けて地方公聴会の報告を鴻池委員長の独断で会議録に追加するのも暴挙というほかありません。
(4)公表された「議事経過」の追記は鴻池委員長の判断と指示でなされたと報道されていますが、委員長といえども、事実を無視し、参議院規則に反する議事進行を議事録に書き込むことを指示する権限はありません。

 以上から、私たちは貴職に対し、次のことを申し入れます。
1.今回、公表された議事録の追記が作成された経緯(誰の、いかなる指示・判断で作成されたものか)を厳密に検証し、その結果を公表すること。
2.事実に背き、参議院規則にも反する議事進行を正当化しようとするまやかしの議事録を撤回すること。
3.安保関連法案の採決・可決の不存在を直ちに認め、法案の取り扱いを至急、協議するよう、各党会派に諮ること。私たちは法案の段階に立ち返って言えば、違憲の法案を廃案とするよう、求めます。

                              以上

申し入れ者(2015年10月17日現在)
 池住義憲(元立教大学大学院特任教授)
 浦田賢治(早稲田大学名誉教授)
 小野塚知二(東京大学・経済学研究科・教授)
 澤藤統一郎(弁護士) 
 清水雅彦(日本体育大学教授)    
 醍醐 聰(東京大学名誉教授)
 藤田高景(村山首相談話を継承し発展させる会・理事長)
 森 英樹(名古屋大学名誉教授)
生方 卓(明治大学教授・社会思想史)
(この申し入れ書のPDF版ダウンロードは
 http://netsy.cocolog-nifty.com/Tekkai.pdf からできます。)
──────────────────────────────────────
以下はこの申入書への賛同のお願いと署名の要領です。

                       2015年10月17日
「公表された議事録作成の経緯の検証と当該議事録の撤回を求める申し入れ」への賛同署名のお願い

 10月11日に参議院のホームページに、9月17日に開催された安保特別委委員会の議事録が公表され、安保関連法案等をいずれも可決すべきものと決定した、との文言が速記録に追加されました。また、〔参照〕として、横浜地方公聴会速記録が追加されました。

  私たちは去る9月25日に3万2千余の賛同署名を添えて、山崎参議院議長と鴻池特別委委員長宛に「安保関連法案の採決不存在と法案審議の続行を求める申し入れ」を提出しましたが、そもそも存在しない安保関連法案の「採決」「可決」を後付けの議事録で存在したかのように偽るのは到底許されません。
 
  私たちは、このような姑息なやり方に強く抗議するとともに、山崎正昭・参議院議長、鴻池祥肇・参議院「我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員 会」委員長ならびに中村剛・参議院事務総長宛に連名で、別紙のような「公表された議事録作成の経緯の検証と当該議事録の撤回を求める申し入れ」を提出することにしました。
 
 つきましては、多くの国民の皆様に賛同の署名を呼びかけ、寄せられた署名簿をこの申し入れ書に添えることにしました。

 具体的には、次のような方法で署名を呼びかけます。多くの皆様の賛同をお願いいたします。

1. ネット署名:次の署名フォームの所定欄に記入の上、送信して下さい。
   http://goo.gl/forms/B44OgjR2f2
 
 また賛同者のご住所とメッセージを次の専用サイト(google spreadsheets)に公開します。
   https://bit.ly/1X82GIB

2. 第一次集約日 :10月27日(火)22時とします。

  申し入れ者(賛同署名呼びかけ人)
   池住義憲(元立教大学大学院特任教授)
   浦田賢治(早稲田大学名誉教授)
   小野塚知二(東京大学・経済学研究科・教授)
   澤藤統一郎(弁護士) 
   清水雅彦(日本体育大学教授)    
   醍醐 聰(東京大学名誉教授)
   藤田高景(村山首相談話を継承し発展させる会・理事長)
   森 英樹(名古屋大学名誉教授)
生方 卓(明治大学教授・社会思想史)
連絡先
E・メール saiketunai-1@yahoo.co.jp
   電話:080-7814-9650  
──────────────────────────────────────
下記サイトもご参照ください。
野党共同で参議院事務総長に抗議と経過の検証を要請~特別委議事録の「追加」に関して~: 醍醐聰のブログ
 http://sdaigo.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/post-26b4.html

存在しない「採決」を後付けの議事録で「存在」したことにしようとする参院与党: 醍醐聰のブログ
http://sdaigo.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/post-7d25.html
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安倍戦後70年談話とセクハラ親父の言い訳

2015年08月19日 11時17分00秒 | 戦争・改憲よりも平和・人権
 またまたブログ更新が少し滞ってしまいました。実は親父が総胆管結石の手術でしばらく入院する事になり、それでバタバタして更新できませんでした。幸い親父の方は経過も順調で、このまま行けば一週間ぐらいで退院できるようです。
 その間に、安倍首相が戦後70年談話を発表しました。安倍本人は「従来の村山談話を引き継いだ」と言っているようですが、とんでもありません。村山元首相の戦後50年談話とは似ても似つかぬ代物になってしまいました。

 村山談話と安倍談話について、それぞれ両者の全文を参考資料として別のページに掲示しましたが、見比べるとその違いは一目瞭然です。
 村山談話の方は、基本的に「私は」「我が国は」という出だしで始まっています。主語と述語が明確で、「誰が何をしたのか」「それに対してどう思っているのか」がハッキリしている、非常に分かりやすい文章になっています。また、戦後談話としての性格上、過去の戦争に対する総括が主要テーマとなりますが、そこでも「わが国は、過去に国策を誤り戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によってアジア諸国の人々に多大の損害と苦痛を与えた」、その反省として「独善的なナショナリズムを排し、責任ある国際社会の一員として国際協調を促進し、それを通じて、平和の理念と民主主義とを押し広めていかなければならない」と、非常に論旨が明確な文章になっています。
 それに対して、安倍談話の方はどうかと言えば、その点が非常に曖昧です。まず、自分が発表した談話でありながら、「私は(どう考える、どうする)」という出だしには全然なっていません。どちらかと言うと、「私たちは」という、第三者的で他人事のような表現になっています。そして、一応は「戦争で周辺諸国に迷惑をかけた」という表現になっていますが、そこでも「欧米諸国が経済のブロック化を進めたので日本は大きな打撃を受けた」と、暗に戦争責任を他者に転嫁する姿勢が顔をのぞかせています。他にも、帝国主義戦争でしかない日露戦争をあたかも自衛戦争であるかのように描き出して、過去の日本の行為を正当化したり、「戦争には何ら関わりのない子孫に謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」と、まるで居直っているとしか思えない箇所が随所に見られます。

 しかし、事実はどうでしょうか。
 確かに、アジア諸国の中では、日本と東南アジアのタイだけが欧米諸国の植民地にはなりませんでした。それは、明治維新などの日本自身の努力だけでなく、日本に進出してきた外国勢力が互いに張り合った為に、かろうじて独立を保てたからでもあるのですが。その中で日本は、単にタイのように独立を維持しただけでなく、軍事大国として他の欧米諸国と同じように、アジアを侵略していくようになります。国内では富国強兵政策の下で、「女工哀史」や「蟹工船」などの小説に見られるように、農民や労働者を奴隷のようにこき使い、その犠牲の上に立って。
 それに対して、アジア諸国も、やがて欧米諸国や日本の侵略に対抗する知恵を身に付けるようになります。最初は、「太平天国の乱」「セポイの乱」「東学党の乱」のような土人の反乱に止まっていたのが、やがて孫文やガンジー、スカルノやホーチミンなどの指導者によって、西欧から学んだ人権や民主主義の思想も取り込んで、民族自決権や民族主義を掲げて植民地からの独立を要求するようになってきます。それが安倍談話の中にある「第一次大戦後の脱植民地化や戦争違法化の動き」となって現れたのです。
 このアジア諸民族の覚醒(かくせい)や「脱植民地化や戦争違法化の動き」に気付かず、日本が相も変わらずアジア諸国を「遅れた植民地」としか見なせず、国内においても国民の自由と人権を抑圧してきた所に、日本がその後、孤立を深め戦争に至った真の原因があるのです。国民の自由や権利を抑圧し、貧しい生活のまま抑えつけた為に、国内の消費市場が拡大せず、自国の製品を売る為には新たな植民地を手に入れる他ありませんでした。その為に、満州事変などを引き起こし、次第に欧米諸国とも対立し、経済封鎖で追いつめられていったのです。何の事は無い。「欧米諸国による経済のブロック化」も、元をただせば「自業自得」の結果にしか過ぎなかったのです。

 その「自業自得」を他者に責任転嫁し、被害国だけでなく自国の国民をも戦争にまきこんでおきながら、敗戦の責任も取らずに、今度は国民に責任をなすりつけ、「私たちは心に留めなければなりません」「私たちは思いを致さなければなりません」とは、一体何たる言い草かと思いますね。そりゃあ、国民にも戦争責任は大いにありますよ。いかに自由や人権を抑圧されていたとは言え、努力すれば真実を知る事もある程度できたのに、政府やマスコミの言いなりになって、アジア侵略に加担した責任は当時の国民にも勿論あります。だからこそ、戦後、少なくない国民が、原水禁運動や安保条約改定反対、沖縄返還運動やベトナム反戦運動に立ち上がり、自民党による憲法改悪の企てを阻止してきたのでしょう。
 それに対して、安倍はどういう態度を取っているか。今も、「平和を守る為」とか「中国や韓国、北朝鮮による領土侵犯から国を守る」とか言いながら、中国や北朝鮮とは何の関係もない地球の裏側まで、米国の言いなりになって派兵する「戦争法案」を強行採決し、国民の自由と人権を抑圧する「憲法改正」を目論んでいるではないですか。「ホルムズ海峡を守る為」とか言いながら、親日国のイランまで敵に回そうとしているじゃないですか。「満州は日本の生命線」とか言って、国民を侵略戦争に駆り立てていった昔と一体どこが違うのか。「私たちは心に留めなければなりません」「私たちは思いを致さなければなりません」とは、私たちに言うより前に、まず己自身が今までの過去を悔い改めて率先垂範すべき言葉ではないか。

 だから、今回の安倍談話に対しては、欧米のメディアも辛辣(しんらつ)な評価しかしていないでしょう。いわく、「侵略行為や植民地化に対するお詫び」には一応言及したが、自分の言葉としては決して語らず、過去の内閣談話を踏襲する形で、「もうこれで良いでしょう」と、渋々反省してみせただけだ。そのくせ、「日露戦争ではアジアに希望を与えた」と、白を黒と言いくるめるような事を言っている。おまけに、「戦争には何ら関わりのない子孫に謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません=もう謝罪はこれっ切りにしましょう」と、居直りとしか取れないような事まで言って・・・と言うように。ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)やニューヨーク・タイムズ(NYT)、ロイターやBBC、AFPも、おしなべてそういう評価しかしていないではないですか。
 中国や韓国から何度も謝罪を迫られるのも、いくら形だけ謝罪しても、言った尻からそれをぶち壊すような事を今まで政治家が言い、それが何度も繰り返されて来たからです。その為に、戦争反対の国民や海外で人道復興支援に尽力しているNGO関係者まで「安倍の手先」みたいに思われて、後藤さんみたいにIS(イスラム国)に殺害される人間まで出てくるようになってしまったのです。確かに、今の中国も、チベットやウイグルなどの少数民族を抑圧したり、国内で言論の自由を抑圧したりしていますが、だからと言って、それが過去に日本がやった事の言い訳には全然なりません。それは、「他人が泥棒やっているから自分もやって良い」という理屈が通らないのと同じです。
 なお、WSJやNYTの報道とは対照的に、米国政府はどちらかと言うと今回の安倍談話を歓迎しているようですが、これも安倍が談話の中で「戦争法案」推進の姿勢を明らかにしたからであって、別に安倍の復古姿勢まで評価した訳ではありません。安倍がいい気になって余り突出し過ぎると、米国も次第に警戒感を示すようになるでしょう。(参考記事

 そういう意味では、今回の安倍談話も、セクハラ親父やパワハラ親父の弁解とさほど変わりません。散々、部下にセクハラを働いたり暴力を振るってきたブラック企業の上司が、ついに立ち上がった部下に取り囲まれて、渋々反省の弁を述べたものの、その中でも「薄着で挑発した部下が悪い」「仕事が出来ない部下が悪い」と、責任を部下になすりつけている。そんな構図しか思い浮かびません。もし、百歩譲って部下が薄着だったり仕事が出来なかったりしても、それは部下が全て悪いのではなく、エアコンも入れずに仕事もろくすっぽ教えなかった上司にも責任があるのに、その事を棚に上げ、セクハラや暴力行為を正当化できるはずもないのに。
 今回の安倍談話で、内閣支持率が37%から43%にまで回復したそうですが、こんな他人事のような談話で世界に恥を晒しながら、なぜそんな話になるのか不思議です。しかし、これも、今まで上司のセクハラやパワハラを容認してきた社員が、自分達もサービス残業や過重労働を強いられながら会社には何も言えず、部下から抗議されると、「お前が無能だから営業ノルマが達成できないのだ」と、逆ギレ、八つ当たりするしか能がない、「ウチの職場の誰かさん」の図を想像すると何となく理解できますw。その社員(安倍支持者)がまずすべき事は、上司(安倍)と一緒になって被害者(中国や韓国)に八つ当たりするのではなく、上司のセクハラやパワハラを諌め、誰もが気持ちよく働く事の出来る職場(世界)を作る事なのに・・・という事で、この問題でもまた「社畜の奴隷根性」克服の課題に行きついてしまいました。昨今の「右傾化、保守化」ブームも、その正体は、ひたすら時流に便乗し、ただ強い者や権力に媚びるだけの「社畜の奴隷根性」でしょう。

 いずれにせよ、散々、鳴り物入りで報道された今回の安倍談話でしたが、こんな上辺だけの取って付けたような談話なら、何も出さない方がまだマシでした。これが安倍個人の恥だけに止まるならまだ良いでしょう。しかし、安倍個人のせいで、日本の国や国民まで世界から誤解されるようになったのでは、もう堪った物ではありません。
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参考資料:安倍談話と村山談話の全文

2015年08月19日 10時41分58秒 | 戦争・改憲よりも平和・人権
平成27年8月14日
内閣総理大臣談話 [閣議決定]

 終戦七十年を迎えるにあたり、先の大戦への道のり、戦後の歩み、二十世紀という時代を、私たちは、心静かに振り返り、その歴史の教訓の中から、未来への知恵を学ばなければならないと考えます。

 百年以上前の世界には、西洋諸国を中心とした国々の広大な植民地が、広がっていました。圧倒的な技術優位を背景に、植民地支配の波は、十九世紀、アジアにも押し寄せました。その危機感が、日本にとって、近代化の原動力となったことは、間違いありません。アジアで最初に立憲政治を打ち立て、独立を守り抜きました。日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました。

 世界を巻き込んだ第一次世界大戦を経て、民族自決の動きが広がり、それまでの植民地化にブレーキがかかりました。この戦争は、一千万人もの戦死者を出す、悲惨な戦争でありました。人々は「平和」を強く願い、国際連盟を創設し、不戦条約を生み出しました。戦争自体を違法化する、新たな国際社会の潮流が生まれました。

 当初は、日本も足並みを揃えました。しかし、世界恐慌が発生し、欧米諸国が、植民地経済を巻き込んだ、経済のブロック化を進めると、日本経済は大きな打撃を受けました。その中で日本は、孤立感を深め、外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった。こうして、日本は、世界の大勢を見失っていきました。

 満州事変、そして国際連盟からの脱退。日本は、次第に、国際社会が壮絶な犠牲の上に築こうとした「新しい国際秩序」への「挑戦者」となっていった。進むべき針路を誤り、戦争への道を進んで行きました。

 そして七十年前。日本は、敗戦しました。

 戦後七十年にあたり、国内外に斃れたすべての人々の命の前に、深く頭を垂れ、痛惜の念を表すとともに、永劫の、哀悼の誠を捧げます。

 先の大戦では、三百万余の同胞の命が失われました。祖国の行く末を案じ、家族の幸せを願いながら、戦陣に散った方々。終戦後、酷寒の、あるいは灼熱の、遠い異郷の地にあって、飢えや病に苦しみ、亡くなられた方々。広島や長崎での原爆投下、東京をはじめ各都市での爆撃、沖縄における地上戦などによって、たくさんの市井の人々が、無残にも犠牲となりました。

 戦火を交えた国々でも、将来ある若者たちの命が、数知れず失われました。中国、東南アジア、太平洋の島々など、戦場となった地域では、戦闘のみならず、食糧難などにより、多くの無辜の民が苦しみ、犠牲となりました。戦場の陰には、深く名誉と尊厳を傷つけられた女性たちがいたことも、忘れてはなりません。

 何の罪もない人々に、計り知れない損害と苦痛を、我が国が与えた事実。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。一人ひとりに、それぞれの人生があり、夢があり、愛する家族があった。この当然の事実をかみしめる時、今なお、言葉を失い、ただただ、断腸の念を禁じ得ません。

 これほどまでの尊い犠牲の上に、現在の平和がある。これが、戦後日本の原点であります。

 二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。

 事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない。植民地支配から永遠に訣別し、すべての民族の自決の権利が尊重される世界にしなければならない。

 先の大戦への深い悔悟の念と共に、我が国は、そう誓いました。自由で民主的な国を創り上げ、法の支配を重んじ、ひたすら不戦の誓いを堅持してまいりました。七十年間に及ぶ平和国家としての歩みに、私たちは、静かな誇りを抱きながら、この不動の方針を、これからも貫いてまいります。

 我が国は、先の大戦における行いについて、繰り返し、痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明してきました。その思いを実際の行動で示すため、インドネシア、フィリピンはじめ東南アジアの国々、台湾、韓国、中国など、隣人であるアジアの人々が歩んできた苦難の歴史を胸に刻み、戦後一貫して、その平和と繁栄のために力を尽くしてきました。

 こうした歴代内閣の立場は、今後も、揺るぎないものであります。

 ただ、私たちがいかなる努力を尽くそうとも、家族を失った方々の悲しみ、戦禍によって塗炭の苦しみを味わった人々の辛い記憶は、これからも、決して癒えることはないでしょう。

 ですから、私たちは、心に留めなければなりません。

 戦後、六百万人を超える引揚者が、アジア太平洋の各地から無事帰還でき、日本再建の原動力となった事実を。中国に置き去りにされた三千人近い日本人の子どもたちが、無事成長し、再び祖国の土を踏むことができた事実を。米国や英国、オランダ、豪州などの元捕虜の皆さんが、長年にわたり、日本を訪れ、互いの戦死者のために慰霊を続けてくれている事実を。

 戦争の苦痛を嘗め尽くした中国人の皆さんや、日本軍によって耐え難い苦痛を受けた元捕虜の皆さんが、それほど寛容であるためには、どれほどの心の葛藤があり、いかほどの努力が必要であったか。

 そのことに、私たちは、思いを致さなければなりません。

 寛容の心によって、日本は、戦後、国際社会に復帰することができました。戦後七十年のこの機にあたり、我が国は、和解のために力を尽くしてくださった、すべての国々、すべての方々に、心からの感謝の気持ちを表したいと思います。

 日本では、戦後生まれの世代が、今や、人口の八割を超えています。あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません。しかし、それでもなお、私たち日本人は、世代を超えて、過去の歴史に真正面から向き合わなければなりません。謙虚な気持ちで、過去を受け継ぎ、未来へと引き渡す責任があります。

 私たちの親、そのまた親の世代が、戦後の焼け野原、貧しさのどん底の中で、命をつなぐことができた。そして、現在の私たちの世代、さらに次の世代へと、未来をつないでいくことができる。それは、先人たちのたゆまぬ努力と共に、敵として熾烈に戦った、米国、豪州、欧州諸国をはじめ、本当にたくさんの国々から、恩讐を越えて、善意と支援の手が差しのべられたおかげであります。

 そのことを、私たちは、未来へと語り継いでいかなければならない。歴史の教訓を深く胸に刻み、より良い未来を切り拓いていく、アジア、そして世界の平和と繁栄に力を尽くす。その大きな責任があります。

 私たちは、自らの行き詰まりを力によって打開しようとした過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる紛争も、法の支配を尊重し、力の行使ではなく、平和的・外交的に解決すべきである。この原則を、これからも堅く守り、世界の国々にも働きかけてまいります。唯一の戦争被爆国として、核兵器の不拡散と究極の廃絶を目指し、国際社会でその責任を果たしてまいります。

 私たちは、二十世紀において、戦時下、多くの女性たちの尊厳や名誉が深く傷つけられた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、そうした女性たちの心に、常に寄り添う国でありたい。二十一世紀こそ、女性の人権が傷つけられることのない世紀とするため、世界をリードしてまいります。

 私たちは、経済のブロック化が紛争の芽を育てた過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、いかなる国の恣意にも左右されない、自由で、公正で、開かれた国際経済システムを発展させ、途上国支援を強化し、世界の更なる繁栄を牽引してまいります。繁栄こそ、平和の礎です。暴力の温床ともなる貧困に立ち向かい、世界のあらゆる人々に、医療と教育、自立の機会を提供するため、一層、力を尽くしてまいります。

 私たちは、国際秩序への挑戦者となってしまった過去を、この胸に刻み続けます。だからこそ、我が国は、自由、民主主義、人権といった基本的価値を揺るぎないものとして堅持し、その価値を共有する国々と手を携えて、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄にこれまで以上に貢献してまいります。

 終戦八十年、九十年、さらには百年に向けて、そのような日本を、国民の皆様と共に創り上げていく。その決意であります。

平成二十七年八月十四日
内閣総理大臣  安倍 晋三

http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/discource/20150814danwa.html

「戦後50周年の終戦記念日にあたって」(いわゆる村山談話)
平成7年8月15日

 先の大戦が終わりを告げてから、50年の歳月が流れました。今、あらためて、あの戦争によって犠牲となられた内外の多くの人々に思いを馳せるとき、万感胸に迫るものがあります。
 敗戦後、日本は、あの焼け野原から、幾多の困難を乗りこえて、今日の平和と繁栄を築いてまいりました。このことは私たちの誇りであり、そのために注がれた国民の皆様1人1人の英知とたゆみない努力に、私は心から敬意の念を表わすものであります。ここに至るまで、米国をはじめ、世界の国々から寄せられた支援と協力に対し、あらためて深甚な謝意を表明いたします。また、アジア太平洋近隣諸国、米国、さらには欧州諸国との間に今日のような友好関係を築き上げるに至ったことを、心から喜びたいと思います。
 平和で豊かな日本となった今日、私たちはややもすればこの平和の尊さ、有難さを忘れがちになります。私たちは過去のあやまちを2度と繰り返すことのないよう、戦争の悲惨さを若い世代に語り伝えていかなければなりません。とくに近隣諸国の人々と手を携えて、アジア太平洋地域ひいては世界の平和を確かなものとしていくためには、なによりも、これらの諸国との間に深い理解と信頼にもとづいた関係を培っていくことが不可欠と考えます。政府は、この考えにもとづき、特に近現代における日本と近隣アジア諸国との関係にかかわる歴史研究を支援し、各国との交流の飛躍的な拡大をはかるために、この2つを柱とした平和友好交流事業を展開しております。また、現在取り組んでいる戦後処理問題についても、わが国とこれらの国々との信頼関係を一層強化するため、私は、ひき続き誠実に対応してまいります。
 いま、戦後50周年の節目に当たり、われわれが銘記すべきことは、来し方を訪ねて歴史の教訓に学び、未来を望んで、人類社会の平和と繁栄への道を誤らないことであります。
 わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。
 敗戦の日から50周年を迎えた今日、わが国は、深い反省に立ち、独善的なナショナリズムを排し、責任ある国際社会の一員として国際協調を促進し、それを通じて、平和の理念と民主主義とを押し広めていかなければなりません。同時に、わが国は、唯一の被爆国としての体験を踏まえて、核兵器の究極の廃絶を目指し、核不拡散体制の強化など、国際的な軍縮を積極的に推進していくことが肝要であります。これこそ、過去に対するつぐないとなり、犠牲となられた方々の御霊を鎮めるゆえんとなると、私は信じております。
 「杖るは信に如くは莫し」と申します。この記念すべき時に当たり、信義を施政の根幹とすることを内外に表明し、私の誓いの言葉といたします。

http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/danwa/07/dmu_0815.html
(注)「杖るは信に如くは莫し」=「よるは しんに しくは なし」と読む。 中国の成語で、「頼りとするものとしては、 信義に勝るものはない。」という意味になる。
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Je Suis Watami(私はワタミ)

2015年01月18日 09時27分58秒 | 戦争・改憲よりも平和・人権


 今回の記事のテーマはフランスの同時多発テロ事件です。フランスの週刊紙「シャルリー・エブド」本社がイスラム教徒の過激派テロリストに襲われ、更に容疑者グループが逃走中に襲ったスーパーや印刷工場でも多くの犠牲者が出ました。この一連の事件で17名もの人命が失われました。まずは犠牲になられた方々のご冥福をお祈り申し上げます。
 このテロを機に、「表現の自由を守れ」との叫びがフランスでも世界でも一斉に沸き起こりました。当事国のフランスでは首都パリだけでも160万人、フランス全土では370万人もの人々が、街頭デモに加わり「Je Suis Charlie」(ジュスィ・シャルリー=私はシャルリー)と唱和する事で、「シャルリー・エブド」関係者への連帯や「表現の自由」を守る決意を表明しました。

 その一方で、復刊にこぎつけた同紙の最新号がまた物議を醸(かも)しだしました。イスラム教の預言者ムハンマドが泣きながら「Je Suis Charlie」の標語を掲げる絵を表紙に掲載したのです(右上写真)。恐らく「イスラム過激派が崇拝する預言者もテロを嘆き悲しんでいる」という事を言いたかったのでしょうが、実はイスラム教徒にとっては預言者を絵にする事自体がタブーなのです。イスラム教では偶像崇拝を禁止していますから。
 この最新号が出た後、少なくないイスラム教徒の方が、「Je Suis Charlie」と唱和するのを拒否し、それに代わって「Je Suis Ahmed」(ジュスィ・アハメド=私はアハメド)と唱和するようになりました。必ずしもシャルリーの主張に賛同していた訳ではないのに、テロ容疑者の逃走を阻止しようとして射殺されてしまったイスラム教徒の警官アハメド・メラベさんこそが真の殉教者だと。

 この一連の流れの中で、ブロガー(ブログ執筆者)として、果たしてどちらの立場に立って文章を書くべきなのか。この間ずっと頭を悩ませて来ました。「表現の自由」を優先すべきなのか?それとも、「世界には多くの民族や文化・宗教があり、それらを欧米やキリスト教徒の立場だけで決めつけるべきではない」のか?悩んだ末に、やはり物書きの端くれとして、「表現の自由」の方を優先すべきとの結論に至りました。

 いくら「文化の多様性」を尊重すべきだと言っても限度があります。そんな事を言いだせば、どんな人権侵害も文化や宗教の名で免罪されてしまいます。
 例えば、つい最近もイランでレイプ犯を殺してしまった女性が死刑にされてしまいました。普通なら正当防衛に当るケースです。仮に過剰防衛だったとしても、情状酌量の余地は十分にあるはずです。それがいきなり死刑では、余りにもこの女性が可哀想です。また、サウジアラビアでは女性は自動車運転すら許されません。自動車運転が発覚した段階で有罪となります。それに対する女性の抗議運動もサウジ国内で秘かに広がりつつあります。
 マララ・ユスフザイさんの場合もそうでしょう。パキスタンの16歳の少女マララさんも、れっきとしたイスラム教徒であるにも関わらず、「女性が教育を受ける権利」を主張しただけで、「イスラムの教えに背いた」と一方的に決めつけられ、イスラム過激派のタリバンに命まで狙われるようになりました。学校帰りのスクールバスの中で、いきなりタリバンのテロリストに銃撃され、一時は生死の境をさまよいましたが、その後奇跡的に回復を遂げ、ノーベル平和賞を受賞されるまでになりました。

 そもそも、中近東やアラブ諸国の人々が皆イスラム教徒ではありません。キリスト教徒やその他の宗派の人々も決して少なくない。エジプトの人口の1割はコプト教徒(キリスト教の一宗派)です。それに、イスラム教徒にしても、皆が皆、イスラム過激派の主張に賛同している訳ではありません。
 近年、イラク戦争やイスラエルのガザ虐殺などに反対する余り、「欧米・キリスト教由来の物は全て悪」、その裏返しで「アラブ・イスラム教由来の物は全て善」みたいな風潮も一部に見られますが、私はそれも間違っていると思います。「表現の自由」や「教育を受ける権利」は、何も欧米諸国だけの専売特許ではありません。本来なら、どの国、どの民族、どの宗教を信じる(あるいは信じない)人たちであろうとも、全員が手にする事の出来る自由であり権利であるはずです。

 ところが実際はそうではなかった。少なくとも第二次大戦前までは、これらの自由や権利が保障されていたのは欧米先進国の国民だけでした。その他の国民には、形だけしか与えられていなかったし(戦前の日本がそうです)、植民地の人々には全く与えられていませんでした。その最も残酷な姿が、かつて日本が朝鮮や台湾で行った同化政策や、南アフリカで行われたアパルトヘイト(人種隔離政策)でした。同化も隔離も、やっている事は一見正反対ですが、同化にしても母国語や文化を奪い無理やり日本人に仕立て上げようとしたのですから、人権蹂躙(じゅうりん)という点では全く同じです。その中から、日本は戦後の民主化によって、植民地の人々も民族独立を勝ち取る中で、ようやく自分たちも自由や権利を手にする事が出来る様になったのです。

 だったら、「欧米や日本など先進国の国民だけでなく我々の自由や人権も認めろ」と主張するのが筋なのに、イスラム過激派はそうは考えず、「欧米の主張する自由や権利なんてインチキだ、むしろ我々イスラムの伝統を損ねる物でしかない」と全否定するばかり。これではただの保守反動思想でしかない。
 そんな事を言いだせば、この日本においても、「今の天皇も日の丸・君が代強制の風潮を嘆いている」として、嘆き悲しむ天皇の姿を表紙に描く事すらできなくなってしまいます。右翼や保守派にとっては、今でも「天皇は神聖にして侵すべからず」なのですから。日本の伝統だと言われる天皇制も、本当はたかだか百数十年前に、当時の明治政府が、自由民権運動や社会主義運動を弾圧し、教育勅語などを国民に強制する中で、無理やりでっち上げたものでしかない。江戸時代の農民なんて、天皇の存在を知っていた人なぞほとんどいなかったのだから。そんなものまで「伝統」だの「歴史」だのと言って一方的に強制されたのでは堪らない。

 自由や権利(人権)は万人の物です。それを「今まで欧米の白人やキリスト教徒だけが独占してきた」と言うのであれば、それを全否定するのではなく、逆に「それ以外の人間にも平等に寄こせ」と主張するのが筋でしょう。そうであってこそ初めて、「イスラエルには認めた民族自決の権利をアラブやパレスチナの人々にも認めろ」「イスラエルはガザやヨルダン川西岸地域での住民虐殺を止めろ」と主張できるのではありませんか。この日本でも、「民主主義の原則に則り、沖縄県知事選や総選挙で示された辺野古移設反対の民意を尊重せよ」と言えるのではないでしょうか。

 これは我々にとっても他人事ではありません。とかく「言論の自由を守れ」と言えば、どこか遅れたアジアやアフリカの独裁国家の話だと思われがちですが、現実は決してそうではないでしょう。原発を批判しただけで「風評被害を煽るな」と言われる。「はだしのゲン」の漫画をこっそり図書館の倉庫にしまい込んで人の目に触れさせないようにする。「憲法なんて変えてしまえ」という政治家の発言は野放しにしながら、「9条を守れ」と謳った短歌すら「政治的」だと公民館に掲示させなくする。本来、公正中立であるべきNHKの経営陣に、安倍政権の息のかかった人物をどんどん送り込んでくる。その積み重ねが、秘密保護法や集団的自衛権の強行採決であり、「生涯ハケン」や「残業代ゼロ法案」に象徴されるような労働法制の改悪ではないですか。
 だから、この日本では「私はシャルリー」と言っているだけではダメなのです。「私はワタミ、私はユニクロ、私はすき家」の声をもっとどんどん上げて、食って行ける賃金や、まともに余暇を楽しめる生活を要求すべきです。それでこそ初めて、自由や人権が守られるのではありませんか。



JeSuisWatami 私は和民の社員。満足に休日も与えられず過労死させられた。JeSuisSukiya 俺はすき家のバイト。いつまで経っても帰してくれないのでバックれてやった。自由や人権は金持ちだけの物じゃない。 (私のツイッター投稿より)
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もはや赤旗を再講読するしかないかも

2014年06月20日 22時23分45秒 | 戦争・改憲よりも平和・人権
2014.06.17「6.17大集会 ー解釈て?憲法をこわすな!ー」: 銀座方面デモ①【14/16】


 6月14日東京・新宿や同じく17日日比谷・銀座の憲法改悪・集団的自衛権行使反対のデモをなぜ商業マスコミは黙殺したのでしょうか。14日のデモは参加人数こそ480名とまだ少なめだったものの、首都圏反原発連合などが主催団体に名を連ね、雨宮処凛や斎藤貴男などの著名人も多数参加したものでした。17日のデモに至っては、参加人数も5千人を超え、こちらも池田香代子や共産党の志位委員長も参加した大規模なものとなりました。しかも、この日は東京だけではなく、大阪その他の大都市でも同様のデモが行われていました。

・安倍暴走ノーうねり/憲法・雇用 原発・福祉/新宿で大注目(しんぶん赤旗)
 http://www.jcp.or.jp/akahata/aik14/2014-06-15/2014061501_02_1.html
・憲法破壊の暴挙 打ち破ろう/6・17大集会 5000人の熱気/戦争反対、閣議決定やめよ(同上)
 http://www.jcp.or.jp/akahata/aik14/2014-06-18/2014061801_01_1.html

 そういうデモや、地方議会での集団的自衛権・解釈改憲反対の意見書採択などの動きを一切報じず、「新3条件」や名ばかりの「限定的行使」などの政府・与党の言い分をそのまま垂れ流し、公明党がどこまで抵抗できるかといった政局報道にばかり終始しているのが、今の商業メディアの実態です。石原環境相の「金目」発言や、高村副総裁の「自衛隊は血を流せ」発言、塩村あやか都議に対するセクハラ発言についても、興味本位に取り上げるばかりで、それらが「憲法改悪の流れの中で出てきた人権侵害」発言だという一番本質的な事は一切報じず、後はもう明けても暮れてもワールドカップ一色の報道に。
 そりゃあワールドカップも大事かも知れませんが、所詮は「球蹴り」にしか過ぎないスポーツ報道と、自分もいつ何時戦争に巻き込まれて殺されるかも知れない憲法改悪・集団的自衛権行使に関する報道の、一体どちらが我々にとって、より切実な問題か。絶対に後者の方に決まっている。
 ところが、今や与党の総裁や幹事長と言えば、小選挙区制の下では、それまでとは比べ物にならないほどの独裁権を行使できる存在となってしまいました。なにしろ候補者公認や予算配分の権限を一手に握る事ができるようになったのですから。そんな与党に支配される政府が、大手マスコミの経営陣を手なずけて編集部や第一線の記者に有形無形の圧力を加え続けています。そこに、市民革命を経験した事のない日本人の「何でも上の言いなり奴隷根性」のメンタリティーが加わり、まるで北朝鮮みたいな息苦しい「村八分」社会が出来上がってしまっています。

 

 おかげで私も、上記「しんぶん赤旗」の14日新宿、17日日比谷・銀座のデモ報道を読むまでは、「金目」「血を流せ」などのあれこれの「パワハラ」発言やワールドカップ一色の報道にすっかり目を奪われ、ブログ更新する気力すら失いつつありました。有体に言うとウンザリ来ていました。
 これぞ正しく敵の思う壺です。この事にようやく気付き、改めてこの6月15日から20日前後にかけての新聞報道について、今日の公休日に図書館に出掛けて少し調べてみました。朝日・毎日・読売・産経・日経のそれぞれ6月18日付朝刊で、前日17日の前述のデモについて、どういう立場から、どこまで正確に詳しく報じたのか、あるいは報じなかったのか。

 

 調べた結果、朝日が一番マシでした。確かに第一面では他紙と同様に政局報道に終始し、その中でアリバイ的に17日のデモについても触れているだけでしたが、それでもデモの写真を載せているだけまだマシです(左上写真)。そして社会面では、まるで第一面での追究不足を補うかのように、割と写真も豊富に載せて比較的詳しく報道していました(右上写真)。最近は朝日もとみに御用新聞化していますが、やはりそれでもまだ読売・産経なぞと比べたらはるかにマシです。

   

 それに対して毎日は第三面にベタ記事のみ(左上写真)。読売・産経・日経に至ってはデモの事実すら完全に黙殺。
 ちなみに、それら新聞各社の第一面トップ見出しは、まず毎日が「集団的自衛権 会期中 与党合意困難 新3要件 公明に異論」という批判抜きの単なる政局報道。ただの「事実の棒読み」だけなら九官鳥でも出来ます。その横には米公文書館が公開した原爆被爆直後の長崎の写真も載せていましたが、幾らそんなもので「平和主義」を装っても、肝心の今の「平和の危機」に見て見ぬふりでは、ただの「アリバイ証明」や「ガス抜き」にしかならず。
 読売は「成人後見 首長の申請急増 認知症の高齢者 身寄りなく」と、まるで他人事のような記事。そんな三面記事レベルの話題をわざわざ第一面に持ってくる鈍感さもさる事ながら、その高齢者孤立の元となった格差社会を作り出したのは一体誰なのか。経済規制緩和に賛成した読売自身じゃなかったのか。
 産経も、これまた読売と同様に「重症心身障害者の受診支援 大阪市 急病時病院を仲介」という、市役所広報レベルの三面記事(右上写真)。それなら、タダで読める市役所広報誌のほうがまだマシ。ワールドカップでダメなら他の三面記事で一面トップを埋め合わせ。そこまでしてまで世間の関心を安倍政治のデタラメから逸らしたいのか。
 日経に至っては、もう取り上げる気にもならなかった。頭の中は株価とリストラの事ばかりか。どうせ戦争で大儲けする事しか考えていないのだろう。エコノミック・アニマルそのもの。
 これら右寄りの商業メディアは、二言目には中国や北朝鮮の言論統制を批判しますが、何の事はない。自分たちも同じ様な言論統制・言論封殺をやっているじゃないですか。上辺だけはあたかも「自由で民主的」な新聞であるかのように装いながら。

 そんなご時世の中で気力負けしてしまわない為には、もはや、かつて購読を取り止めた「しんぶん赤旗」の再講読に踏み切るしかないかなと思い始めています。今でも「しんぶん赤旗」のサイトは携帯のブックマークに入れているのですが、やはりネットだけだと、日頃目を通しているつもりでも実際は読んだり読まなかったりなので、どうしても今回の見落としのような事が起こります。
 それを防ぐ為には、毎日定期的にどれか一つの新聞に目を通すようにしなければならないでしょう。それで日刊紙といえば、商業新聞以外では「しんぶん赤旗」か「聖教新聞」「公明新聞」に現状限られてしまう。
 ただ「赤旗」も日刊紙を毎月定期購読して毎日読むとなると、結構時間もカネもかかるしなあ。仕事の関係で家を出るのが早朝5時過ぎなので、その時間帯には「赤旗」はまだ自宅のポストには入っていません。勢い夕方帰宅してから読む事になるでしょうが、夕方以降だとブログ等他にもやる事が一杯あって、なかなか読む時間が取れません。これが早朝なら、通勤電車の中や仕事帰りのマクドなどで、時間を作って読む事も可能なのですが。果たしてどうしたものだか。
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9条だけを言っていては9条も守れない

2014年04月15日 23時44分36秒 | 戦争・改憲よりも平和・人権
 

 4月13日(日曜日)15時半から、私の地元、大阪・高石の中央公民館で、「パッチギ!」「岸和田少年愚連隊」等の映画監督である井筒和幸さんを招いての憲法9条講演会があり、私も参加してきました。
 公民館には15時過ぎに着きました。開演の15時半にはもう会場の大ホールが満席となっていました。最初に講演主催者の「高石9条の会」を代表して弁護士の山崎国満さんから挨拶があり、そこから井筒さんの「いま憲法9条を熱く語る」と題しての講演が1時間15分ほど、その後に講演を受けての質疑応答があり、羽衣保育所の民営化・廃止差し止め裁判への支援とカンパの訴えと、集会アピールの採択という流れで、夕方17時半ぐらいに終わりました。
 講演に先立ち、集団的自衛権に関する新聞切抜き記事を集めた資料が配布され、それを見ながらの講演傍聴となりました。その資料はA3サイズで52ページもあり、正直言って目を通すだけで一苦労でした。但し、内容そのものは優れており、自宅では親父が購読している産経のクソみたいな記事しか目に入らないので、そういう意味では、朝日や赤旗の記事も多く収録された資料は大変勉強になりました。

 その新聞切抜き資料の中でも、とりわけ内田樹(うちだ・たつる)さんのインタビュー記事が特に印象に残りました。内田さんはその中で、集団的自衛権は確かに国連憲章でも認められた主権国家の権利だが、実際は安全保障の名の下に、超大国が自国の勢力圏にある国々の反政府運動、民主化運動や独立運動を弾圧する口実として使われてきた事を指摘されていました。なるほど言われてみればそうです。かつてのソ連・ワルシャワ条約機構によるチェコスロバキア侵略も、米国・米州機構によるキューバ・ニカラグア革命への干渉も、全て「機構加盟国の安全と利益を守る」という集団的自衛権の論理で正当化されてきました。
 これは重要な指摘だと思います。日本での集団的自衛権の議論と言えば、これは日米安保条約の是非をめぐる議論でもそうですが、ともすれば「米国の戦争に巻き込まれる」という「受け身」「被害者」の視点でしか取り上げられて来ませんでした。反対派は「怖い、恐ろしい」と反発し、賛成派は「それは心配し過ぎだ」と取り合いませんでした。でも、本当に怖いのは「戦争に巻き込まれる」だけでなく、自分も「加害者」として、かつての大日本帝国のように、他国を侵略する側に回らされかねない事ではないでしょうか。米国が911テロにやられたのも、帝国主義国家として、ベトナム・中東や中南米を始め、第三世界の民衆から恨まれるような事を過去に一杯やってきたからではないですか。
 それを安倍政権は、トップダウンの手法で、今までは歴代の自民党政府ですら認めなかった集団的自衛権を、国会にもはからず閣議決定の一片の通達だけで、認めようとしているのです。これはいわば、今まで裁判所が踏襲してきた過去の判例を、首相が自分の判断だけでひっくり返そうとするようなものです。選挙に勝ったからといって、首相や与党が何しても良い訳ではありません。もし、そんな事になれば、国会も裁判所も内閣の下請け機関に成り下がってしまいます。これではもはや三権分立でも民主主義でもありません。戦時中の日本の大政翼賛会や今の北朝鮮のような独裁政治と同じです。

 このような独裁政治が行われようとしているのに世論は無関心です。選挙の投票率は過半数を割り込み、消費税増税や原発推進には反対なのに安倍政権・自民党の支持率は依然として高い。井筒監督もそれをしきりに嘆いておられました。

 某TV番組の街頭インタビューで、「かつて日本が戦争した国を、韓国・米国・ドイツの三ヶ国の中から選べ」という質問に対し、若者の男女が「韓国かなあ?」と答えていた事を取り上げ、自分たちの中学生時代には考えられなかった事だと仰っていました。今時の若者は、松茸の匂いを嗅がせても「どぶ川の匂いがする」と答える。大人が、戦後の高度経済成長の中で金儲けだけに走り、近現代史や政治の基礎的知識や、生活や生き様を、次の世代にきちんと引き継いで来なかったツケが、今一気に出てきているのだ。
 学校もマスコミも、どうでも良い事ばかり教え、肝心な事は何一つ教えない。「平安時代の乱交パーティー」でしかない源氏物語の文章は大学入試問題に出題しても、「第二次大戦の交戦国はどこか」といった最低限の歴史的知識も教えない。STAP細胞論文の真偽については事細かく報道するが、消費税や原発や憲法改正のニュースについては政府当局者の言い分をそのまま垂れ流すばかり。そんな中で、憲法改正の国民投票をやっても、憲法の条文の意味すら理解できないのではないか・・・と。

 そして、憲法9条の意義を理解していない人が余りにも多い。9条の意義は「丸腰こそが一番強い」と言い切った所にある。多くの人は「腕っぷしが強くて武器も多く持っている人が一番強い」と思いがちだが、いくらそんな物をちらつかせて腕力・暴力で他の人をねじ伏せても、反発を招くだけで、さらに腕っぷしが強い人が現れれば簡単に負けてしまう。でも、本当に強い人は、たとえ腕力や武器がなくても、人徳で人を惹きつける事ができる。どんなに力が強くて武器を多く持っていても、「この人には人間的にかなわない」となる。お坊さんがそうだ。その事はヤクザ自身が一番良く知っている。
 昨今、歴史問題や領土問題などで中国・韓国との対立を煽る政治家が少なくないが、実際にはそれらの国々からも大勢観光客が日本にやって来ている。それも決して富裕層ばかりではなく、一般庶民も大勢いる。それもこれも、憲法9条のお蔭で日本が今まで曲がりなりにも平和を維持してこれたからだ。

 今、百田尚樹の書いた「永遠の0」という小説がロングセラーになり映画にもなっている。あの小説を反戦小説だと誤解している人が多いが、あんなもの反戦小説でも何でもない。前半でいくら主人公のパイロットが「とにかく生き抜くんだ」と叫び、軍上層部の腐敗や無能を告発した所で、最後にはその主人公も自ら特攻に志願して死んでいくのだろう。ゼロ戦の故障により戦線離脱で生還できるチャンスがありながら、その故障機を赤の他人のパイロットに譲り、自分はむざむざ死を選ぶという、現実にはあり得ない話にまで仕立て上げて。これでは、「主人公の様な奴でも最後はお国の為に死んでいった」という美談にしかならない。
 実際の特攻作戦はそんな美しいものではなかった。志願というのは形だけで、半ば強制的に特攻に駆り立てられながらも、何とか最後まで生き残ろう、少しでも故障機に当たるようにと祈りながら、泣く泣く出撃していったのだ。その陰で、高級将校は戦艦大和の中で豪華料理に舌鼓を打ちながら、下っ端の兵士や下士官にばかり犠牲を強要していたのだ。
 あんな小説を読み映画を観るぐらいなら、まだかつての東宝映画「あゝ決戦航空隊」を観る方がはるかにマシだ。鶴田浩二や菅原文太などのヤクザ映画の俳優がそのまま軍人に扮した映画だが、天皇や軍上層部の責任逃れもごまかさずにきちんと描いている。「永遠の0」のような、史実を捻じ曲げたごまかしなぞは一切ない・・・と。
 そして最後に、その東宝映画「あゝ決戦航空隊」と「南京戦 閉ざされた記憶を尋ねて―元兵士102人の証言」(社会評論社)という書物を薦められて、講演を終わられました。

 この講演を聞いて、政府やマスコミの垂れ流す北朝鮮・中国脅威論や韓国に対する反感に、私も知らず知らずのうちに絡み取られている事に改めて気付かされました。確かに北朝鮮の拉致や人権侵害は酷い。中国の少数民族抑圧や環境汚染も酷い。最近の韓国人のナショナリズムも目に余るものがある。しかし、では日本はどうかと問われれば、日本政府も国内では同じ様な事をやっているではないですか。秘密保護法の強行採決や集団自衛権を巡る安倍政権の前述の独裁ぶりや、福島原発事故の影響をひた隠しにするような政府の対応や、靖国問題や慰安婦問題での居直りぶり一つとっても。今の北朝鮮の個人崇拝にも、昔の天皇絶対崇拝の影響が観て取れます。
 福島の被災者を見殺しにするような政府が、北朝鮮や中国の人権について説教を垂れる資格なぞあろう筈がありません。過去の歴史に真摯に向き合い、日本国憲法に謳われた平和や人権を〈名実ともに〉尊重する政府であってこそ、初めて北朝鮮や中国、韓国にも是々非々で臨めるのです。先の例で言えば、「ヤクザ」が何を言っても誰も聞く耳を持ちません。「お坊さん」としての人徳を備えてこそ、初めて人を惹きつける事が出来るのです。「丸腰こそが一番強い」と言うのは、とどのつまりはそういう事です。

 でも、それをいくら言ってもなかなか広がらないのは何故か。確かに会場は盛況でしたが、参加者の大半は中高年で、若い人はチラホラとしか見かけませんでした。それには、右傾化の風潮や政府・マスコミの宣伝・洗脳、国民の大勢順応の「奴隷根性」の影響もあるでしょう。しかし、それだけではなく、私たちのこの取り組みの姿勢にも問題があるのではないでしょうか。
 例えば、当日になって会場に配られたA3版52ページもの大量の資料がそうです。私は何とか目を通しましたが、普通の人はあれを見ただけで敬遠します。しかし、それはその人だけが悪いのでしょうか。
 このご時世、日曜だからと言って必ず休める人ばかりとは限りません。何とか講演に参加出来た人の中にも、夜勤明けで仮眠を取っただけの人や、夜から仕事に出掛けなければならない人がいるかも知れません。そんな人にとっては、あの資料に目を通すだけでも至難の業です。でも、本当は、そんなブラック企業に搾取されるワーキングプアの人や、非正規雇用の若者にこそ、一番講演を聞いてもらわなければならないはずなのに。

 本気でそういう人に参加してもらいたいと思うのであれば、戦時中の話や憲法9条の事ばかり言っていてはダメです。そういう人にとっては、「永遠の0」も単なるメロドラマの延長でしかない。感動もあくまでメロドラマとしての物でしかない。「かつて日本と戦争したのはどの国か?」と聞かれて「韓国かなあ?」と答えるような人に、最初から歴史や戦争についてのきちんとした知識なぞ求めても無理です。それを今さら嘆いた所で何も始まらない。
 そんな人に集団的自衛権の事を説明するには、特攻作戦や靖国や慰安婦の話のよりもむしろ、堤未香「貧困大国アメリカ」(岩波新書)の中に出てくる徴兵リクルーターの話から入っていく方が、よほど分かりやすいのではないでしょうか。高校の学費も払えず、卒業してもまともな仕事につけない生徒を、奨学金をエサに軍隊に勧誘し、イラクやアフガニスタンで侵略のお先棒担ぎをさせる。集団的自衛権が認められ憲法9条が改悪されたら、日本もそうなる事はもはや火を見るより明らかです。その問題を何故もっと取り上げないのか。会場で配られたファイル(下記写真)に、憲法前文や9条だけでなく25条(生存権)や28条(労働基本権)の条文も明記されていたのは何故なのか。そういう取り組みをしない限り、若者を講演に呼んでくる事も、憲法改悪(明文改憲)や集団的自衛権行使(解釈改憲)を阻止する事も出来ないと思います。

コメント (1)
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