雨宮智彦のブログ 2 宇宙・人間・古代・日記 

浜松市の1市民として、宇宙・古代・哲学から人間までを調べ考えるブログです。2020年10月より第Ⅱ期を始めました。

雨宮日記 12月3日(土)夜 浜岡原発訴訟の第4次提訴の原告に

2011年12月03日 22時03分53秒 | 雨宮日誌
雨宮日記 12月3日(土)夜 浜岡原発訴訟の第4次提訴の原告に

 今日は、午後、則子さんと印刷にいきました。浜松基地自衛官人権裁判ニュース「命どぅ宝」の最終号(B5,4ページ)と湖西市立新居図書館でやった原爆と人間展の感想集、やっと印刷できました。

 夕食を早めに作って、おじいちゃんはその時間、サッカーをテレビで見ているので、2人だけで4時半頃食べて、5時過ぎにでかけました。

 遠鉄電車に曳馬駅から乗ると、土曜の夕方なので中心街で飲む予定の若者達などでしょうか、車内はすごく混んでいて暑かったです。

 遠州病院駅で降りて、寒い夕方の中央街区をすこし歩きました。

 弁護士会館の4階の会議室で、浜岡原発訴訟の第4次提訴原告予定者が集まる、最初の会議です。

 原告予定者など参加者が16人、弁護士の先生が5人、旧知の弁護士さんもいますが、静岡市の大橋弁護士、はままつ共同法律の若い弁護士のお二人、杉尾先生と平野先生のお話は新鮮でした。

 大橋先生のお話のメモから印象的な言葉を紹介します。

 「被害者の声をよく聞く」
 「事実で勝つ、理屈でも勝つ、でも最後に決めるのは住民運動です」
 「この訴訟は、学習でも、この地元で活動してきたみなさんを尊重していきたい」
 「住民運動と訴訟がタイアップして、連動して」

 さあ、この訴訟でぼくたち夫婦の果たす役割はなんだろう。則子さんと2人、顔を見合わせて…。

 何ともタイミング良く、自衛官人権裁判が終わっちゃったので…(何とも恐ろしいタイミングですが自衛官人権裁判の判決日7月11日が、同じ静岡地裁浜松支部で、この浜岡原発訴訟の第1回口頭弁論でした)。

 8時過ぎに会議が終わり、2人でカメダ珈琲に行って、いろいろ話をしました。話をするまでもなく、同じような感想なのは表情でわかるのですが、それを言葉で確定していく作業って大事ですね。
 
 自分たちが何を担うのか、まあ何も決めずに、知らされた会議には出て、意見も言って、役割を探求していこうという、当面の結論になりました。

 ぼくたち夫婦の思いで言うと「3・11以後、ぼくたち世界も変わった」んですよね。
「いや、何も変わらない。自分たちは以前から正しいし、今も正しい」という人がもしいるとしたら、ぼくたちは、そういう人種の方とはあまり近づきたくありません。

 
 

 
 

浜松・放射線量測定情報 12月2日(金) 平均値0.049

2011年12月03日 21時54分24秒 | 地震・原発・津波・防災情報
浜松・放射線量測定情報 12月2日(金)

 12月2日(金)19時46分、くもり。

 平均値 0.049μSv/h
 最大値 0.054μSv/h
 最小値 0.044μSv/h

 毎日測定しなくて、すみません。ちょっとマンネリでした。こんど浜岡原発永久停止訴訟の第4次提訴で則子さんと原告に加わる予定ですので、ちょっと測定にも張りが出てきました。

 


 

雨宮日記 12月3日(土)朝 12月なのに2日間も夜中の雨で…

2011年12月03日 05時11分30秒 | 雨宮日誌
雨宮日記 12月3日(土)朝 12月なのに2日間も夜中の雨で…

 12月1日の夜(つまり12月2日の朝)も、12月2日の夜(つまり今朝12月3日の朝)も、2日続きで雨でした。

 2日の朝の雨はいったん止んで、今日はもういいかと思ったら、また低気圧の通過で、昨夜から朝にかけて雨でした。

 つまり、雨の時間と、自分の仕事の時間が一致しました。

 いまは午前5時14分で、2階の自分の部屋でパソコンを打っていますが、窓の外は暗いのですが、風のうなりが、ブーンブーンと聞こえます。

 仕事がおわったので、もう台風が来ようと鉄砲が降ろうとかまわないので、すごく気楽です。

 1週間=6日間の仕事が無事終わり、休みの土~日曜日を迎えられたことを、則子さんに感謝したいと思います。

 則子さんは、図書館で借りた葬儀の本を2冊、読みふけっています。「日本の仏教の問題点がやっとわかったわ」「つまり、仏教と葬式とは、ほんらい関係ないのね」と。

 そうなんですよね。

 江戸時代に、徳川幕府が、自治体ごとの戸籍をつくらず、お寺の檀家名簿で住民統制をしようとしたのが、そもそもの間違いなんですね。