<旧UFJ銀行跡も雑居ビル風に>
<すみやも今では楽器部門を除いてツタヤの傘下>
<旧富士銀行跡の戸田書店仮店舗、その隣は池田屋と偶然にも清水組が並んだ>
◆「旧 呉服町三丁目」は、呉服町通り沿いのうち、人宿町(ひとやどちょう)通りとの交差地点から七間町通りとの交差地点までの1丁(約108m)の町(いわゆる両側町)でした。
現在、この街区の南側1ブロックすべてが静岡伊勢丹となっています。
(かつての田中屋百貨店時代は、西側半分を占めるにすぎませんでした。)
北側の一画の中央の“すみや”の前身である角屋の創業は1896年とか、木造であったころ、西側の楽器売り場側の入口にはビクターのニッパー犬が鎮座していたのは、もう本当に遠い昔のことになってしまいました。
▽三丁目のオブジェ【天秤(?)をモチーフしたベンチ】
▽南側の一画すべてを占める静岡伊勢丹
【1927(S2)年発行の地図、旧呉服町一丁目・二丁目・三丁目あたり】
三丁目には愛知銀行(東海銀行前身)・すみや洋品店・シャツの田中屋などの表記が・・・
(一丁目の北側、東から2軒目は見づらいが「谷島書籍店」)
橙色:現在もある店(静銀本店の建物は「三十五銀行新築地」になっていてまだできていない)
黄色:現在は別の場所にある、又は最近(10数年以内)まであった店。
<1927(S2)年発行「大日本職業明細図之内静岡市」木谷佐一編、東京交通社発行(静岡市立図書館蔵)>
◆旧呉服町三丁目を現在の町名で言うと・・・呉服町一丁目6番地、7番地(町名変更は1945年)
◆アクセント
「呉服町」の伝統的地元アクセントは、「低高高低低」です。(「チョウ」が東京の有楽町と同じシラフ))
呉服町は、静岡市の代表的繁華街ということもあり、放送などで取り上げられることも多いのですが、
最近は地元放送局のアナウンサーも静岡育ちでない人がほとんどのためか、
ゴフクチョウを「低高高高高」と「チョウ」を大福帳のようなアクセントで読むことが多いようです。
そのせいか、最近は若い世代を中心に「低高高高高」というアクセントで話す「大福帳病」が蔓延(?)しており、
伝統的地名アクセントの破壊が進行しているようです。
◆方位の表記について
駿府の町割りは方位に対して傾いているので、
JR線や国道1号を東西に見立てた方位がよく使われているのですが、
ここでは(特に碁盤の目地区)、より実際の方位に近い
「札の辻を起点にして城のある方向を北」とした方位の表現をします。
したがって呉服町通りは東西、七間町通りは南北の通りということになります。
◆その他
記事内容は誠実に書いているつもりですが、内容の正確性を保障するものではありません。
⇒ 呉服町四丁目へ
古地図のなかの、「シャツの田中屋」があの「田中屋」(いまは伊勢丹ですが)の前身でしょうか?
地名のアクセントは新聞や書物などでは分からないので、よその人にとっては知る機会もなかなかないのですね。
例えば、「大分」など「低高高高」と発音されることが多いのですが、地元では「高低低低」と発音されるらしいです。
アクセントに関してかなり気を使っていると思われるNHKでも、地名のアクセントに関してはそれほとでもなく、地元式のアクセントは地元局だけでよいとの見解のようです。
(受けているのは他人ながら、気恥ずかしい気がするときもあります。)
シャツの田中屋は、多分そうだと思うのですが確証はありません。
この地図の発行が昭和2年というと、内容的には大正時代(昭和元年は1週間程度しかないですし)だと思われます。
大正時代のことを実際に覚えている人は、現在90歳以上でしょう。自分の周囲にはいなくなってしまいました。(残念)
「気恥ずかしい気がする」本当に同感です。
思わず書き込んでしまいました。