駿 府 は 96 か 町

駿府はちぃっと覇気がないけぇが,御所(ごせ)っぽくていいじゃん【ごせっぽい≒平穏でせいせいしている様】

雨のち晴れ

2010年04月30日 08時33分42秒 | 街かどのメヌエット


きのう(29日)は午前中かなり本格的な雨が降っていました。
せっかくの休日が・・・と思われた方も多かったかもしれません。
ところが昼過ぎには一転、よい天気となりました。

そんな、雨のち晴れとなった日の季節の移ろいをちょいと見てみました。
市役所中庭のツツジはそろそろ終わりのようです。




雨降りのあとでは、とうてい富士山は見えないと思っていたところ
坤櫓(ひつじさるやぐら)跡からは、多少かすんでいるものの富士山をのぞむことができました。

湿度が高くなるこれからの季節、富士山がみえづらい日々となります。




駿府公園内に植栽されているお茶も“みるい芽”をぐんぐん伸ばしているようです。
ここのお茶は、ちょいと手入れが悪いのが残念なのですが・・・・





駿府公園にもナンジャモンジャ(ヒトツバタゴ)の木があります。
明治神宮外苑から譲り受けたものだということで、ちょど今花ざかりです。
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展覧会のない美術館

2010年04月26日 13時00分00秒 | 街かどのメヌエット
↓3階部分が美術館


↓ ショーケース内のポスター



4月1日にオープンした静岡駅前再開発ビル「葵タワー」
といっても、まだ開いていない店舗などもあります。
3階にできる予定の静岡市美術館もそうです。

当初は、たしか秋ごろとアナウンスされていましたが
葵タワーが完成に近づくにつれて
10月の開館の前に、5月に暫定開館と言われるようになりました。






本格的な開館の前に、小粒な展覧会でも開くのかなと思っていたのですが
最近、静岡駅前公共地下道のショーケース内に貼られたポスターをよく見ると
9月末までは講演会やワークショップを随時開催とあります。

つまり、美術館としてはほとんど機能しないということのようです。
(もちろん、展覧会を開くことばかりが美術館の仕事ではないことは承知していますが)

これでは、無理して5月に開館しなくてもよかったのでは、なんて思ったりもしますが・・・
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街かどのフジ(藤)の花

2010年04月25日 02時30分00秒 | 街かどのメヌエット
▽茶町通沿・安西通下る、土太夫町(どだゆうちょう)


▽昭和通沿・人宿町通下る、人宿町一丁目(ひとやどちょう いっちょうめ)


もうすぐ5月、フジの花の季節となりました。
普段は見過ごしているのですが
街かどの意外なところにフジの花が咲いていたりします。
狭い土地をなんのそのと、玄関附近が花で覆われているのは
花を愛でる心情が伝わってきて、好もしい感じがします。

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春冷えの七間町の夕暮れ

2010年04月23日 21時00分00秒 | 街かどのメヌエット


おとといは春らしい暖かな静岡でしたが
きのう、きょうと冷たい雨が降りつづき
日中の気温も11度程度で小寒い春冷えの日となりました。

ふと七間町(しちけんちょう)のケヤキに目をやると
冬枯れていた枝がいつのまにか緑の化粧をして
思いのほか美しいケヤキ並木となっていました。
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宵越しのお茶ばかりでなく・・・

2010年04月23日 09時00分00秒 | 街かどのメヌエット



静岡市は、お茶栽培発祥の地です。
当然、今でもお茶の栽培は盛んで
特に山あいの本山茶(ほんやまちゃ)や両河内茶は
里のお茶とは一線を画す品質の高さを誇っています。
紅茶に例えれば、ダージリンといえるでしょう。

また、古くからお茶の集散地でもある静岡市は
全国で生産されるお茶の3分の2が
いったん静岡市へ集められ、市内の製茶問屋で仕上茶にされ
全国へ出荷されています。
紅茶に例えればロンドンといえるでしょう。
(やや乱暴な比喩であり、紅茶に例えなければならないのは少々もどかしいのですが・・・)

それはともかく19日に北番町の静岡茶市場で新茶の初取引がありましたが
きのう、きょう(22日、23日)静岡駅コンコースで恒例の新茶のサービスがあります。

やはり新茶独特な甘みとさわやかな香りは独特なものがあります。
お茶と言えば、宵越しのお茶(ペットボトル入りのお茶のことです)ばかりの昨今ですが
これを機会にぜひ多くの人に新茶のおいしさを知ってもらいたいものです。

個人的には
自宅で宵越しのお茶(ペットボトル入り)は飲みたくないと思っています。


▽葵区の安倍・藁科筋の本山茶(ほんやまちゃ)のPRポスター



▽新茶のサービスとは関係ありませんが
 お茶を意識しているのか、静岡市のポスターは緑のものが多いようです。(静岡駅前地下道)



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すんぷ花だより

2010年04月22日 12時12分12秒 | 街かどのメヌエット

静岡市の木であるハナミズキ(旧清水市の花木でした。)
ここ、静岡市役所静岡庁舎呉服町口のハナミズキが
例年どおりきれいな姿をみせています。




こちらは静岡県の花であるツツジ
静岡県庁玄関附近や
その裏手の駿府城址の中堀(二ノ丸堀)沿いに植えられています。

今年は4月始めから咲き始めましたが
 現在、見ごろとなって咲き誇っています。

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四足町(よつあしちょう) その2

2010年04月22日 07時00分00秒 | 駿府96か町のいま
四足町 その1のつづきです。

▽ 四足御門跡



 
四足町の町名の由来である四足御門跡です。
 門はこの正面ではなく(正面には石垣があった)
左手に、名前のとおり四足の御門が東向きに建っていたということです。
 (つまりクランク型に進路をとることになる。)

このあたりは明治期から堀が埋められてしまって
写真右手の石垣手前のお堀だったところにはビルが建っています。
 まあ、左手の新中町ビルから市立静岡病院玄関あたりは
石垣も撤去されてしまっているので 石垣の一部だけでも残されたのを
よしとするしかないでしょう。

 なお、駿府城への登城口は、追手門(県庁東側)のほか
 横内御門(北街道、市民文化会館入口)、草深御門(東草深町、草深橋)
この四足御門の4箇所だったということです。

また、このあたりには今川氏の居館があったということですが
 詳しいことは分かっていないようです。


▽  本 通 (安倍川方向を臨む)

本通(ほんとおり)の起点でもある中町(なかちょう)交差点から
安倍川方向を見たところです。
本通は現在でこそ幅員30mの幹線道路ですが
江戸期には東海道であった新通
(しんとおり)よりも狭かったようです。

かつて走っていた静岡鉄道の市内電車の
鷹匠町(たかじょうまち) ~ 中町(新中町ビル前附近)は1925(T14)開通
呉服町
(静銀本店のある呉服町一丁目交差点) ~ 安西(安西二丁目交差点)
1926(S1)年の開通でした。
途中の中町(停)と呉服町(停)の本通を走る区間(約100m)が開通したのは
1929(S4)年のことでした。
 

 
この区間をどうしていたかというと徒歩連絡していたのでした。
どうしてわずか100mの区間の開通が遅れたかというと
本通があまりに狭く線路を敷くことができなかったということです。

 
おそらく5mほどしか幅がなかったのではないのでしょう。(もちろん歩道などない)
なお、本通や昭和通が拡幅されたのは昭和始めです。


▽ 静岡天満宮


中町といえば静岡天満宮を思い浮かべる人も多いかもしれません。
本通沿いの左手
(安倍川方向を見て)の中町の町域には
この天満宮のほか、岩市
(いわいち)そば店、農林中金静岡支店があったのですが
数年前撤退し、 現在は静岡赤十字病院の拡張用地として空き地となっています。

また、静岡天満宮も土地の一部が呉服町一丁目にまたがっているためか
所在地表記に呉服町一丁目を名乗っていますので
本通の左手には土地の表記としては中町が存在しても
実質的に中町がなくなってしまっています。
 

▽ 飯田旗店 



中町といえば天満宮と並んで
昔からこの飯田旗店があり変わらぬ佇まいがなつかしいです。
 
(もちろん大火や空襲を受けている地域ですので戦後の建物でしょうが)

この旗屋さんは創業100年を超え
旗やトロフィーなどのほか、最近は、くす玉の販売に力を入れているようです。
また、日の丸と同じ素材で作られた男を上げる“ふんどし”もあつかっているとか・・・
この前を通りかかったらのぞいてみるのも楽しいかもしれません。


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四足町(よつあしちょう) その1

2010年04月19日 06時00分00秒 | 駿府96か町のいま
四足町は四ツ足町とも表記され、本通四足町、尼ヶ崎町とも言われたようです。

本通四足町という言い方があったことからも分かるように
 本通
(ほんとおり)沿いの町で、本通ゼロ丁目というべく
本通一丁目の手前、現在の中町交差点から呉服町通までの通り沿いの両側の
一丁が四足町です。
と言えばお分かりのように四足町は、ほぼ現在の中町
(なかちょう)の町域で
1915年(T4)に四足町という町名を中町に変更し現在に至っています。

四足町とは駿府城の四足御門
(よつあしごもん=4脚の門)の門前であることからの
命名なのですが
明治に入り、食肉習慣が一般化すると
四足と言った場合、四本足で歩く動物を指すことが多くなり
そのイメージを嫌って「中町」に変更されたようです。


 ▽ 江戸初期の四足町の位置
(四足町とは直接関係ないが、この地図上の安西寺の境内は現在富士見町となっている。
安西寺は浅間神社北側の丸山町に移転したので、現在は安東寺と名乗った方がいいような
位置にある)



 ▽ 現在の中町の町域(赤線内)
  この附近は住居表示制度
(※1)が実施されていないため、
  武家地
(※2)との界がそのまま変わらず現在の中町に引き継がれていて(※3)
 興味深いです。



 ※1隣接する追手町は住居表示地区であるが県産業経済会館がある一角のみ
 地番表示地区
  ※2江戸や駿府では武家地には原則として町名は設定されていなかったため、
   1873年
(M6)この附近の武家地であった地域を追手町と命名
 ※3=行政効率を主眼にした住居表示制度が実施された場合、原則として道路が
 町界となるため江戸期の町域の痕跡はことことぐなくなってしまうのが通例

 <「その2」へつづく>


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上州と駿河路を結ぶバス

2010年04月17日 21時11分00秒 | 電車・バス
▽上州への入口となるバス停
 バスそのものの写真があるといいのですが残念ながらありません(笑)





あまり知られていないかもしれませんが
この4月から上州(前橋・高崎)と駿河路を結ぶバスが開設されています。
(詳しくはこちらを御覧ください。)

まあ、正確には名古屋と上州を結ぶバスが
浜松市内と静岡市内にも停車して乗客を拾って(あるいは降車させて)上州(又は名古屋)へと
向かっていると言った方がいいかもしれません。

いずれにしても静岡市内から上州まで乗り換えなしに行けるということには違いありません。
ただ、そのバス停の位置は、名称は「静岡駅南口」を名乗ってはいますが
静岡駅から500mほど離れた“しずてつジャストライン”の
稲川町バス停(南口から延びる静岡下島線が南幹線と交わる手前)と同一の場所です。

これが静岡駅北側の中心市街地なら500mほど離れていても
それほど不利な条件ではないと思われますが
静岡駅の南側のこの位置はお世辞にもいい条件だとは言えません。

諸条件(しずてつやJRバス等との関係など)でいたしかたなかったのでしょうが
肝心の乗客の利便性が二の次になっている感は否めません。

静岡駅北口のバスターミナルが一部を除いて使用されるようになってから
松坂屋前など以前より大幅に発着が減っていますので
そのあたりの活用ができなかったのでしょうか.

このままでは、せっかく開設された路線ながら
 遠からず運休という事態になりかねないことでしょう。

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新静岡駅・ラッピング電車・LRT・七間町

2010年04月15日 21時00分00秒 | 電車・バス

最近の静岡鉄道・新静岡駅前です。
工事中で仮通路ができているところは、基本的には変わりません。(右手に見えるビルはメガネトップの本社です。)




ここにある歩行者向けの横断禁止の標識ですが
すぐ左手には横断歩道があり
これはどう見ても矢印の向きが反対ではないでしょうか。




来年10月完成を目指しているビルの工事も
まだ基礎工事の段階のようです。(伝馬町側から)




こちらは、たまたま通りかかった1008編成(クモハ1008+クハ1508)の電車です。
この編成は、以前、劇団四季の美女と野獣のラッピングが施され注目を浴びていた時期もありましたが
このラッピングもなかなか目立つ装いです。

スポンサーはどこかというと、なんと静岡市の競輪場でした。
お役所のものにしては、なかなか斬新ではあります。
(調べましたら4月12日から登場、一日10往復しているようです。)




ところで、七間町(しちけんちょう)でLRTについての理解を図るべく
映写会が計画されているようです。

静鉄電車と相互乗り入れしたLRTが七間町を走る姿を想像するだけで
楽しくなってきます。
具体化にはさまざまなハードルが待ち構えていることでしょうが
 ぜひ生きている間にその姿を七ブラしながら見てみたいものです。(笑)

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駿府城・坤櫓(ひつじさるやぐら)

2010年04月13日 20時52分02秒 | 駿府のバラード

▽坤櫓(ひつじさるやぐら)の石垣です。
 巽櫓(たつみやぐら)は、1989年に木造本建築で再建されましたが、
 坤櫓については、再建する計画は以前からあったようですが
 なかなか具体的な日程は発表されませんでした。


▽4月2日に掲示されたこの工事予告によると
 着工は来年の秋ごろのようで、完成予定は2013年末とかなり先のはなしのようです。





※言うまでもないと思いますが巽(たつみ)は南東、坤(ひつじさる)は南西の方角のことです。
  したがって、坤櫓は南西にある隅櫓(すみやぐら)のことです。



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サクラと石垣修復

2010年04月13日 08時52分02秒 | 駿府城址
サクラが咲いているなかで行われている
昨年8月の地震で崩壊した駿府城址の石垣修復工事
かなり長期の工事になるようですが
来年のサクラが咲くころには終わっていることでしょう。

▽外堀、追手門(大手門)附近(2010.4.10)



▽中堀・県庁裏手



▽外堀・水落町側

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サクラにツツジ

2010年04月12日 05時00分00秒 | 街かどのメヌエット
サクラと言えば
昔はみな4月の浅間神社のお祭りの際
神社の裏山にあたる賤機山(しずはたやま)へサクラを見るため登ったものでした。
近ごろは、交通事情もよくなって何も賤機山にこだわることもなくなったせいか
賤機山へサクラを見に行くという習慣も薄れているようです。

(賤は「倭文(シヅ:古い時代の綾布のこと)」の当て字、つまり「賤機」は古い時代の機織のことです。)




それはともかく
今年は咲き始めるのは早かったものの
その後、寒い日がつづいたため、かなり長期にわたってサクラが見られます。
この駿府城址のサクラも
さかんに花びらを散らしているものがある一方
まだ満開という趣のものもかなりあります。




そのため
例年ですとサクラが終わってからツツジが咲き出すというのが通例でしたが、
ことしはサクラとツツジが同時に咲いているという風景を一部で見ることができます。
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江川町(エガーチョー)の岩久さん

2010年04月11日 07時54分00秒 | 街かどのメヌエット



江川町(江川町の位置についてはこちらを)に本店がある岩久そば店が
葵タワー地階にも出店して、近々開店するようです。
その工事中のスペースに戦前のものと思われる岩久本店の絵が掲示してありました。
(戦前は、現在の本店の向え側、現静銀呉服町支店のあたりにあったようです。)
実際には見たことはないのですが、なにか昔の静岡の町並みを彷彿とさせるその絵は
なつかしくなってつい見入ってしまいました。



※江川町は共通語的に発音すれば「エガワチョー(低高高高高)」でしょうが
昔は「エガーチョー(低高低低低、“おかあさま”と同じアクセント)」と発音されることが多かったようです。
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玄南通がスイーツ・アベニューに変身中(?)

2010年04月10日 05時55分55秒 | 街かどのメヌエット
▽左:最近、玄南通と両替町通の角に開店したパティスリー・エス(店の向きは両替町通側)
  右:2月に開店した菓子や彦一




七間町通(しちけんちょうどおり)や呉服町通(ごふくちょうどおり)から
老舗のお菓子屋がほとんどなくなってしまって久しいのですが
このところ両替町二丁目(りょうがえちょう にちょうめ)の玄南通(げんなんどおり)沿いに
お菓子屋さんができて(と言っても2軒のみですが)今までのこの附近のイメージからいうと
異彩をはなっています。

このあたりは家賃も呉服町通のようなことはないでしょうから
菓子を扱う商いも開業しやすいと言えるのかもしれません。

夜の街という印象が強くなってしまったこのあたりが
これをきっかけとしてこの種の店が増えれば
昼間も人通りがを増え、街の回遊性が高まることが期待できるかもしれません。




△ 玄南通などの位置
全くの余談ながら、駿府の街は、本来、七間町通を背骨のメインストリートとして
呉服町通や両替町通が肋骨のように伸びているのだが
最近は静岡駅を中心にした都市計画がなされ
どこにでもあるような街の形態に変わりつつあるのは残念なことである。
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