▽ 坤櫓の位置
▽ 2012年8月
▽ 2012年9月
▽ 8月末現在の進行状況図
坤櫓の再建工事ですが
駿府城公園内の進行状況図によると
土台工事が完了したようです。
櫓本体の工事もまもなく
始まることでしょう。
▽ 下京区 七条通 大宮東入
七条の大宮通りと堀川通の間に位置する龍谷(りゅうこく)大学の発祥の地、大宮学舎本館が
今年の「京の夏の旅」の文化財公開のひとつに選定されて一般公開されています。
1879年建設の建物群がほぼ完全な形で遺っている貴重なもので
重要文化財に指定されています。
この美しい正門の扉からして
イギリスのアームストロング社製ということで重要文化財に指定されています。
(但し、現在設置の扉はレプリカ)
▽ 旧守衛所(現在は龍谷大学オリジナルグッズの展示場として利用)
門を抜けるとすぐ左手にある旧守衛所です。
小さいながらレンガ造りの瀟洒(しょうしゃ)な建物はやはり重要文化財です。
▽ 本館
今回の公開のメインの本館です。
外観からすると石造りの洋館そのものですが実際には木造の建物で
石の柱に見えるものは木製のものに石材を貼りつけたものです。
こういった完全な西洋風な建築技術が定着する前の建築を
「擬洋風建築」と言うのだそうです。
▽ 本館2階東側にある講堂
公開されているのは本館2階でここには講堂があります。
一見、キリスト教の会堂を思わせる雰囲気がありますが
明治時代には100畳の畳が敷かれ正座で講義を受けていたということです。
西本願寺に隣接する立地ですから
改めて言う必要はないですが浄土真宗系の大学で
正面中央には阿弥陀様が安置されています。(扉が閉ざされていて非公開)
講堂の柱頭にはアカンサス風のデザインが施されています。
天井は明治天皇の皇后から寄贈された金糸が織り込まれた金襴織りです。
現在設置されている椅子は
前の椅子の背もたれにテーブルが組み込まれていて
このテーブルを取り出すとまさにキリスト教会のそれのようです。
2階には講堂のほかにこの看板に写っている
明治天皇をお迎えした貴賓室もあります。
(この部屋の撮影はできません。)
貴賓室には明治天皇が実際に座られた椅子や
狩野派の狩野英信の屏風が展示してあります。
▽ 本館から見た南黌
本館に隣接する南側と北側には寮(現在は校舎)として使われていた
南黌(なんこう)・北黌(ほっこう)があります。
内装以外は当時のままで同じく重要文化財に指定されています。
本館と南黌を結ぶ渡り廊下(北黌側は現存しない)の柱の造りは
駅のプラットホームを思わせるものがありますが
1877年にできた京都駅を参考にしたのではということです。
七条の大宮通りと堀川通の間に位置する龍谷(りゅうこく)大学の発祥の地、大宮学舎本館が
今年の「京の夏の旅」の文化財公開のひとつに選定されて一般公開されています。
1879年建設の建物群がほぼ完全な形で遺っている貴重なもので
重要文化財に指定されています。
この美しい正門の扉からして
イギリスのアームストロング社製ということで重要文化財に指定されています。
(但し、現在設置の扉はレプリカ)
▽ 旧守衛所(現在は龍谷大学オリジナルグッズの展示場として利用)
門を抜けるとすぐ左手にある旧守衛所です。
小さいながらレンガ造りの瀟洒(しょうしゃ)な建物はやはり重要文化財です。
▽ 本館
今回の公開のメインの本館です。
外観からすると石造りの洋館そのものですが実際には木造の建物で
石の柱に見えるものは木製のものに石材を貼りつけたものです。
こういった完全な西洋風な建築技術が定着する前の建築を
「擬洋風建築」と言うのだそうです。
▽ 本館2階東側にある講堂
公開されているのは本館2階でここには講堂があります。
一見、キリスト教の会堂を思わせる雰囲気がありますが
明治時代には100畳の畳が敷かれ正座で講義を受けていたということです。
西本願寺に隣接する立地ですから
改めて言う必要はないですが浄土真宗系の大学で
正面中央には阿弥陀様が安置されています。(扉が閉ざされていて非公開)
講堂の柱頭にはアカンサス風のデザインが施されています。
天井は明治天皇の皇后から寄贈された金糸が織り込まれた金襴織りです。
現在設置されている椅子は
前の椅子の背もたれにテーブルが組み込まれていて
このテーブルを取り出すとまさにキリスト教会のそれのようです。
2階には講堂のほかにこの看板に写っている
明治天皇をお迎えした貴賓室もあります。
(この部屋の撮影はできません。)
貴賓室には明治天皇が実際に座られた椅子や
狩野派の狩野英信の屏風が展示してあります。
▽ 本館から見た南黌
本館に隣接する南側と北側には寮(現在は校舎)として使われていた
南黌(なんこう)・北黌(ほっこう)があります。
内装以外は当時のままで同じく重要文化財に指定されています。
本館と南黌を結ぶ渡り廊下(北黌側は現存しない)の柱の造りは
駅のプラットホームを思わせるものがありますが
1877年にできた京都駅を参考にしたのではということです。
▽ 静岡伊勢丹(葵区 呉服町一丁目 7番地)
「牧野宗則・風鈴丸 木版画二人展」が現在静岡伊勢丹で開催されています。
(9月18日まで)
昨日は初日ということで
風鈴丸さんのトークと摺りの実演が行われました。
(15日の土曜日にも行われます。)
牧野宗則氏と風鈴丸さんは親子で
牧野宗則氏はつとに知られていますが
最近ではそれに劣らず風鈴丸さんも知られるようになっています。
名前を知らない方でも
その作品は商店街のポスターや静岡市の納税啓発ポスターなどにも
採用されたりしていますので見たことがあると思われます。
牧野氏は、その昔には絵師、彫師、摺師による分業が当たり前だった木版画の工程の凡てを
一人で手掛けていることで知られていますが
風鈴丸さんも同じように凡て一人で手がけられると言うことです。
それでも三つの仕事のうち
やはり特に好きなものとそうでもないものとがあるということでした。
実演を披露された摺りの工程は
かなりの力仕事の重労働にかかわらず
特にお好きだということでご本人が言うのには
「私がやっていると楽そうに見えてしまうらしいのですが本当はけっこう大変なんです」と
涼やかな表情で語る姿が印象的でした。
「牧野宗則・風鈴丸 木版画二人展」が現在静岡伊勢丹で開催されています。
(9月18日まで)
昨日は初日ということで
風鈴丸さんのトークと摺りの実演が行われました。
(15日の土曜日にも行われます。)
牧野宗則氏と風鈴丸さんは親子で
牧野宗則氏はつとに知られていますが
最近ではそれに劣らず風鈴丸さんも知られるようになっています。
名前を知らない方でも
その作品は商店街のポスターや静岡市の納税啓発ポスターなどにも
採用されたりしていますので見たことがあると思われます。
牧野氏は、その昔には絵師、彫師、摺師による分業が当たり前だった木版画の工程の凡てを
一人で手掛けていることで知られていますが
風鈴丸さんも同じように凡て一人で手がけられると言うことです。
それでも三つの仕事のうち
やはり特に好きなものとそうでもないものとがあるということでした。
実演を披露された摺りの工程は
かなりの力仕事の重労働にかかわらず
特にお好きだということでご本人が言うのには
「私がやっていると楽そうに見えてしまうらしいのですが本当はけっこう大変なんです」と
涼やかな表情で語る姿が印象的でした。
▽ 葵区 御幸町(みゆきちょう)4番地の6
1966年に江川町交差点の静岡郵便局跡地に建設された電電ビルです。
市民には「電電ビルニュータウン」として長年、親しまれてきました。
このビルは、主に市外通話の交換機能を収容するためのビルということで
そのような無愛想なビル(?)が新静岡駅と商店街との間にできては
人どおりが途絶えてしまうのではという懸念から
市が中心となり第三セクターを設立しビル1、2階の権利を取得
商業施設「電電ビルニュータウン」ができたのでした。
その「電電ビルニュータウン」も業績不振で
2008年2月に閉店して第三セクターも解散しました。
その後、1、2階の区分所有権はNTTに移転されたようですが(未確認です)
ちょうど建て替え中の新静岡センターのテナント仮店舗や現場事務所として
使われてきました。
新静岡センター関連のそれらも
新静岡セノバが2011年10月に開業後は撤退
街かどがエアーポケットのようになっていましたが
数か月ほど前から改修工事が始まりました。
単なるオフィスができるのかと思っていたところ
最近、写真のような不動産会社の掲示が貼りだされました。
この不動産会社のサイトによりますと
"大人がお洒落をしてわざわざ出掛けたくなる"
1階は感度の高い大人の女性を意識した物販店を、
2階は大人がちょっぴりお洒落をしてお酒を楽しみながら集える・・・・
とあります。
かなり本格的なリノベーションのようです。
新規開業がちょいと楽しみかも・・・・
1966年に江川町交差点の静岡郵便局跡地に建設された電電ビルです。
市民には「電電ビルニュータウン」として長年、親しまれてきました。
このビルは、主に市外通話の交換機能を収容するためのビルということで
そのような無愛想なビル(?)が新静岡駅と商店街との間にできては
人どおりが途絶えてしまうのではという懸念から
市が中心となり第三セクターを設立しビル1、2階の権利を取得
商業施設「電電ビルニュータウン」ができたのでした。
その「電電ビルニュータウン」も業績不振で
2008年2月に閉店して第三セクターも解散しました。
その後、1、2階の区分所有権はNTTに移転されたようですが(未確認です)
ちょうど建て替え中の新静岡センターのテナント仮店舗や現場事務所として
使われてきました。
新静岡センター関連のそれらも
新静岡セノバが2011年10月に開業後は撤退
街かどがエアーポケットのようになっていましたが
数か月ほど前から改修工事が始まりました。
単なるオフィスができるのかと思っていたところ
最近、写真のような不動産会社の掲示が貼りだされました。
この不動産会社のサイトによりますと
"大人がお洒落をしてわざわざ出掛けたくなる"
1階は感度の高い大人の女性を意識した物販店を、
2階は大人がちょっぴりお洒落をしてお酒を楽しみながら集える・・・・
とあります。
かなり本格的なリノベーションのようです。
新規開業がちょいと楽しみかも・・・・