駿 府 は 96 か 町

駿府はちぃっと覇気がないけぇが,御所(ごせ)っぽくていいじゃん【ごせっぽい≒平穏でせいせいしている様】

街なかの輪くぐりさん

2009年06月30日 15時30分00秒 | 街かどのメヌエット
ついこの間
新年を迎えたばかりのような気がしていたのに
もう半年の歳月が流れ去ってしまいました。

ということで
きょうは夏越しの大祓(なごしのおおはらい)輪くぐりさんです。

本来、お盆前の行事ということのようです。
静岡市の市街地では新暦によるお盆 (7月) なのですが
全国的にはお盆は月遅れで行われるところが多いので
今は新暦で行われる夏越しの大祓とは間があくことになってしまうようです。
(追記:夏越の祓も月遅れで実施する地域もあるようです。)

紺屋町・小梳神社(おぐし じんじゃ)
これを撮った日(28日)は、雨天で人影がありませんでした。



きょう昼の七間町・別雷神社(わけいかずちじんじゃ)
境内地が狭いためか、すぐ入り口にあります。



やはりきょう昼の駒形通二丁目・駒形神社
地元の人の手づくり感あふれる輪くぐりさんです。



駒形神社の夜の写真を追加しました。
大勢の人が並んで順番待ちをしていました。



入り口がいつもリュウキュウ アサガオ(琉球朝顔)
覆われている追手町(仲町交差点)のシーン(深炒りコーヒーの喫茶)
きょうの掲示板には「夕星(ゆうづつ)を 仰ぎてくぐる 茅の輪かな」とあります。
(ゆうづつとは宵の明星のことらしい)

 

こちらは、輪くぐりさんとは関係ありません。 (笑)
シーンの隣りの農林中央金庫静岡支店の跡地です。
ここには静岡赤十字病院の救急医療センターが建てられるとか・・・
とりあえず駐車場になっていますが
赤十字病院の敷地は、追手町・仲町・呉服町一丁目の3町に
またがることになるのでしょう。


テレマン・フルート協奏曲ニ長調

2009年06月29日 15時50分00秒 | la musique

手持ちのCDから(ラインハルト・ゲーベル指揮、ムジカ・アンティカ・ケルンの演奏、アルヒーフ盤)



紺屋町の静岡パルコ地階にある“しずてつストア”
ここでかかっている音楽は
館内の他の売り場のそれとは違う
この“しずてつストア”独自の音楽がかかっています。
(まあ、音楽に詳しい人がいて選曲しているのではなく
有線放送などをそのまま流しているのかも知れませんが)

その昔、七間町に吉見書店があったとき
音楽が気にいってしばしば長居したように
パルコの近くを通ると
吸い込まれるように立ち寄って
しばし聞き入ってしまうことがあります。

先日もちょいと寄ったところ
かかっていた音楽は
バッハとほぼ同時代のテレマンの
フルート協奏曲二長調でした。

フルートのための協奏曲と言っても
古楽器のトラヴェルフレーテで
音色的には今日のリコーダーに近いものなのでしょう。

曲は、ニ長調という調性もあって
いかにもテレマンらしい
おおらかな旋律で始まるのですが
ここで聞いたこの主題が
その日一日、頭から離れず困りました。(笑)

音楽でスーパーを選ぶ人もいないでしょうが
こういうお店もあってもいいのでは思っています。


また 地下広場の喫茶についてです

2009年06月29日 07時54分33秒 | 街かどのメヌエット
27日、静岡駅前地下広場に
静岡茶商工業協同組合がオープンさせた喫茶 「一茶」
(10時~19時、水曜定休)

28日に所用の帰り
どんな具合かとちょいとのぞいてみました。
けっこうお客さんが出入りしていました。


スタッフには
茶町通りの土太夫町(どだゆうちょう)にある製茶問屋・M商店のMさんの顔もみえました。
(この方は けっこう有名です。)



メニューです。
ちょいと見づらいですが本日のお茶が500円
ほかにテイクアウトで、水出し煎茶と“うすちゃ糖”が200円

本日のお茶には
浅蒸し茶と深蒸し茶があり

浅し茶の説明には
「安倍川上流の本山茶(ほんやまちゃ)の県内産の浅蒸し茶をブレンド。
 香りは甘く、味は落ち着いた渋みとほどよい甘みに加えてコクがあります。」

深蒸し茶説明には
「静岡足久保の味わい豊かな本山茶と、焙炉(ほいろ)を使用し備長炭でじっくりと火入れした炭火茶をブレンドしました。」
とあります。


こちらは、隣の「ホビーのまち静岡」の展示コーナーです。

いまさらですが、静岡市を中心とした地域では
伝統工芸(駿河雛具・駿河挽物・駿河指物・駿河漆器・駿河蒔絵・駿河塗下駄等)の
技術の素地が生かされて、今日の“プラモデルのまち”にまで発展しました。

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緑茶の喫茶 「一 茶」

2009年06月26日 19時00分00秒 | 街かどのメヌエット

静岡駅前地下広場にできたスペースのうち
向かって左側は「ホビーのまち 静岡」の展示スペースのようです。

きょう現場を見てみましたら
向かって右側のスペースには
このような喫茶ができていました。
(営業は27日からのようです。)

もちろん喫茶といっても
コーヒー屋さんではなく
緑茶主体の喫茶です。

今までも緑茶喫茶が市中に
なかったわけではないのですが、
こういった静岡駅に近い公共スペースになかったのは
ちと不思議なくらいです。

静岡市のお茶のPRのため
たとえ赤字であっても
ぜひ続けてほしいものです。

ただ名前が「一茶」というのは
どうなのでしょうか。
ひとひねりが足りないような気が
しないでもないです。
それとも素人には分からない
深い意味があるのでしょうか。

追 記
ほかに、静岡駅近くでお茶の飲める場所というと
 南口の正面にある水の森ビル
(スルガ銀行が入っているビル)3階に
 県のお茶室で設けた「しずおか O-CHAプラザ」があり
 無料で高級なお茶を所望できます。

 (営業は平日のみで、簡単なアンケートの記入を依頼されるかもしれませんが)



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南安東村字瓦場

2009年06月25日 12時16分41秒 | 駿府のバラード
北安東村の瓦場屋敷についてこちらに書きましたが、
気の向いたところで南安東村瓦場(現:葵区瓦場町)附近を歩いてみたいと思います。



まず、出発地のきよみず公園内(音羽町)にあるJOPKの放送塔です。
JOPKとはNHK静岡のコールサイン(呼出符号)です。
(JOPKはともかく、JOAK〔東京〕・JOBK〔大阪〕は比較的知られているでしょう。)

放送塔は、ラジオの普及を目的に全国に設置されたもののひとつで
静岡ではこのきよみず公園に1933年設置されました。
かつては谷津山に送信所があり局舎も柚木にあったため、
この地に設置されたのでしょう。




谷津山の裾づたいに瓦場町方面へ向かいます。
このあたりは、瓦場町と春日町(静鉄の春日町駅附近の春日町とは別の春日町です。)
町界が複雑に入り組んでいます。

現地でかつてのよすがを求めるといっても当方の知識のなさもあって
なかなかむずかしいようです。
そんななかで見つけたこの庚申塚にはちょいと見づらいですが
右側に南安東瓦場と刻まれています。



静岡県内に多い曹洞宗(そうとうしゅう)の元長寺です。
寺の前がかなり広くあいています。(この右手では、新規の墓の分譲が進められています。)

1916年、鷹匠町三丁目(現:鷹匠三丁目)に設立された
静岡女子薬学校(現在の静岡県立大学薬学部)
1924年にここに移ってきたようです。(1950年小鹿二丁目へ移転)

その後、1955年には静岡学園の大学予備校が薬学校跡に移転してきたということです。
土地は、もともとこのお寺の境内地だったのかもしれません。(未確認)
左手の建物は地域の集会所を兼ねた白山神社です。


 

こちらの「瓦場屋敷」についての記事にも書きましたが
瓦場町には渥美さんがとても多いのです。

こんな風に住所の表記を一般的な「静岡市葵区○○町××」などとせず
単に「瓦場町××」というのは、ちょいと小粋で好もしい感じがします。

無意識なのかもしれませんが
きっと静岡市である前に瓦場町であるというこの町名に
誇りを持っているからこそなのでしょう。



敷地が瓦場町、太田町、東鷹匠町にまたがる広大な(?)静岡工業高等学校の跡地です。



ここに静岡学園が移転するとは聞いていましたが進展具合は知りませんでした。
この看板によると2011年4月にはここに移転するようです。


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富士川町(ふじかわちょう)

2009年06月23日 23時00分00秒 | ナイーブなモノローグ
富士市との合併で「富士川町」の名は消滅していますが
ほとんどの静岡県民は今でも「富士川町」と言えば
現在は富士市の一部となっている
旧庵原郡富士川町を思い浮かべると思います。

ところが来年3月になると
ちょいと状況が変わってくるかもしれません。

というのは、山梨県の南アルプス市の南側にある
増穂町(ますほちょう)と鰍沢町(かじかざわちょう)
来年3月合併し「富士川町」を名乗るというからです。

もちろん富士川町は
町の名称としては今は存在しませんし
たとえ存在していたとしても
市の名称のように
原則として同一の名称を避けるといった考え方はありませんから
問題となるようなケースではないのでしょう。

現実に全国で同一の町村名の例はかなりありますし
また、市のように県名を省略されて使われる例も
少ないので混乱もないのでしょう。

とは言え
もし旧富士川町が今でも存在したら
きっと避けられた名称であろうし
県をまたぎ、距離的にやや離れているとは言え
同じ富士川沿いの町で
富士川町を名乗られるのは
なにかすっきりしないものを感じます。

これが富士川という固有名詞由来でない
抽象的な名詞などに基づくものであったなら
抵抗感がなかったかもしれませんが・・・

個人的には
静岡県として抗議すべきだとさえ思います。(笑)
(まあ、無理でしょうけれど・・・・)

街かどのアジサイ(本文とは全く関係ありませんが・・・)

参 考
1889年 岩淵村、木島村、中之郷村が合併し富士川村
1889年 南松野村、北松野村が合併し松野村
1901年 富士川村→富士川町に
1957年 富士川町と松野村が合併し富士川町
2008年 富士市と合併

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霧にむせぶ街

2009年06月22日 19時07分40秒 | 街かどのメヌエット
▽6月22日午後5時(クレーンが全く見えない紺屋町再開発ビル)


きょうは蒸し暑い
つゆ空の一日でした。

けさ(相当早い時刻です〈笑〉)起きて外を見ると
霧のため数百メートル先が見えないほど
大変見通しが悪くなっていました。

夕方も早朝ほどではないのですが
霧で建設中の再開発ビルの
屋上附近にあるはずのクレーンが全く見えません。

きょうあたり、霧に弱い静岡空港は
無事発着しているのでしょうか
(別に心配しているわけではありませんが〈笑〉)

21:00追記
やはりきょう発着できたのは予定の16便(発着の計)のうち4便のみだそうです。

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スモーキング・エリア

2009年06月20日 14時11分57秒 | 街かどのラプソディー
電電ビル(御幸町4番地の6)の御幸町通りに面したスペースに
JTでスモーキング・エリアを設定するらしい。

一種の罪滅ぼしのつもりなのだろうか。
でも、なんか無駄なスペースのような・・・
立地条件からして
家賃もそんなに安くはないだろうに・・・

最近はオフィースビル全体の禁煙が常識化しているせいか
ビル入り口あたりで社員がたむろしてタバコをすっている光景を
よく見るようになったが、あまり感じのいいものではない。
特に女性のそれは憐憫ささえ誘う。(余計なお世話か・・・笑)

そんなサラリーマンの避難場所として
活用されるのだろうか・・・


街のつばくらめ

2009年06月19日 13時42分00秒 | 街かどのメヌエット



“街のつばくらめ”というと
別のことを思い浮かべる方がいらっしゃるかもしれませんが
御覧のとおり本当の“街のつばくらめ”です。(笑)

最近は街からツバメがいなくなってしまいました。
久しぶりに見たツバメでした。

街からツバメが消えてしまったのは
自然環境の悪化もさることながら
夜間、街で暮らす人が減ってしまったことが大きな要因だとか・・・

ツバメは人間の生活を利用して安全を確保しているので
夜間人口の減少はツバメにとって非常に暮らしにくいようです。

スズメが非常に減ってしまっているのも
ツバメ以上に人間の生活に依存しているからなのでしょう。

瓦場屋敷

2009年06月18日 07時00分00秒 | 駿府のバラード
駿府城築城のころ、三河の渥美郷から多くの瓦職人が
駿府に集められたという話はよく知られています。

かつては南安東村であった谷津山近くには「瓦場町(かわらばちょう)」という町があり
この町では今でも「渥美」姓の家が多いようです。
(1935年、南安東の小字(こあざ)であった「瓦場」を町名に採用。)

もちろん、ここで瓦用の土が採られ瓦が焼かれていたのでしょう。
(最初はここで土を採り、城下の車町で瓦を焼かせたとか)


一方、北安東村であった熊野神社(現;安東一丁目6番4号)近くにも
「瓦場屋敷」という小字(こあざ)が存在していたようです。

安東村(北安東村と大岩村が合併し安東村となった)
1929年に静岡市に合併しているのですが
1932年には「(大字)北安東(字)瓦場屋敷」といった従前の呼称は廃止されています。

駿府城下にならった安東一丁目(現在の住居表示町名の安東一丁目とは範囲が異なる)という「町名」に変更され
「小字」は管理されなくなってしまっています。

(現在は「町」と「大字」の明確な定義の差異はないようですが、
このころは静岡市に合併のつど、城下の駿府市中の例にならったいわゆる「町名」に変更されていたようです。)

したがって、この「瓦場屋敷」という小字の正確な場所は
大昔の公図を見るか地元の古老にでも聞かないかぎり分からないでしょう。

『この北安東村の瓦場屋敷でも瓦が焼かれていたのだが
瓦の納入の際の不都合により職人たちが処分されてしまったため
この地区の瓦焼きは早期に廃止になってしまった。』
という話があるようですが、真偽のほどは分かりません。



ところで、熊野神社のすぐ裏手には、昔から粘土屋さんがありました。
(現在、建物は残っているが20年ほど前に城東町60番11号に移転)

ここに粘土屋があったということは
現在はともかく過去には良質な粘土が採れたということではと思われます。

1300年以上前からあったという熊野神社あたりを歩くとき
もしかしたらこのあたりが瓦屋の屋敷跡だったのではと想像をたくましくし、
過去の歴史に思いをはせるのもおもしろいのではと思います。

そんなことを考えるのはお前だけだと言われそうですが(笑)

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座り込み

2009年06月15日 19時30分00秒 | 街かどのメヌエット
 6月7日に撮影したもの

たつさんのブログ「黄金ラジオ」にも記事がありますが
ペガサート(御幸町3番地の21)のタリーズの前の歩道に座り込んでいる二人の女性
実はこれは展示物なのです。

作者はアメリカのマーク・ジェンキンス
展示の仕掛け人は市のクリエーター支援センター(追手町4番16号:旧青葉小学校内)
クリエーター支援センター内には
同じ趣向のものがほかにも展示されているらしいです。

なお、展示に協力してくれる店舗も募集しているとか・・・


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ホタル鑑賞会

2009年06月14日 07時30分00秒 | 街かどのメヌエット



夕方の静岡駅前で偶然見かけたバス停の長い列
こんな時間にどこへ行くバスなのかと思ったら
水見色で行われる「ホタル観賞会」のバスなのでした。

以前からジャストラインで
水見色ホタル観賞会を企画していたのは
知っていましたが
バスを何台も出すほど
人気があるとは思っていませんでしたので
ちょいとびっくりしたのでした。

この間(最近はNHKのアナまで「こないだ」というのは少々耳触り)
数千人も集まったのを考えると
不思議はないのかも知れません。

それだけ日常、ホタルを
見る機会がないのでしょう。

静岡市長は「静岡市は自然あふれる政令市だ」と自慢していますが
グローバルな目で見ればたしかにそうかもしれませんが
それは、東京都知事が「奥多摩には自然があふれているから東京は自然あふれる都市だ」と
言っているようなものでしょう。

旧静岡市の街中の日常の生活が
自然と共生しているかと言えば、それは全くなく
日常の生活が自然と隔絶している程度は大都市並みでしょう。

暗渠にしてしまった
住宅地に流れていた小川を取り戻して
ホタルの住むような川にしてほしい
なんて思うのは夢物語なのでしょうか。

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南アルプス市

2009年06月13日 22時00分00秒 | 街かどのメヌエット

街で見かけた南アルプス市の原付自転車のナンバープレート(市町村の課税標識)
近年、アメとムチで多くの新市が誕生したが
山梨県の南アルプス市もそのひとつである。

「南アルプス」自体の名称について特に異論はないが
それをそのまま自治体の名前にしてしまうというのは
どんなものだろうか。

当事者でない“よそ者”があれこれ言うのもよけいなおせっかいかとも思うが
「私、生まれも育ちも南アルプスです」なんて
カモシカじゃあるまいし、恥ずかしくて言えそうにない。(笑)

それにしても山梨県内の最近できた市の名前は
もう少しどうにかならないのかと思ってしまうものが多い。
さすがにハーメルン市なんてのはないが・・・(笑)


参 考
2006年:中央市
2005年:甲州市・上野原市
2004年:笛吹市・甲斐市・北杜市
2003年:南アルプス市

「甲府市」「甲斐市」「甲州市」とは、まぎらわしくないのだろうか
もっとも静岡県内にも「伊豆市」と「伊豆の国市」があるが・・・

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美ら夏(ちゅらなつ)・沖縄

2009年06月12日 19時09分12秒 | 街かどのメヌエット



静岡空港との直行便が開設されたのに伴い沖縄県の観光キャンペーンが
あさって(14日)まで県内で行われるということです。

この獅子舞は、静岡駅前地下広場で行われていたものです。

直行便開設を機に
この夏、一気に静岡から沖縄へ観光客を呼び込もうと言うことなのでしょう。

まあ、個人的には暑いのは苦手なので
夏に沖縄へ行くことはまずないでしょう。(笑)

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寶泰寺(ほうたいじ)のジャカランダの花

2009年06月12日 08時08分08秒 | 街かどのメヌエット
▽かつての駿府・寺町の風情を思わせるたたずまいの寶泰寺(伝馬町12番地の2)
 とは言っても実際に昔の寺町を見たことはないのですが(笑)


このキリ(桐)の花に似た花は、ジャカランダの花です。
場所は、松坂屋静岡店の東側に当る伝馬町(てんまちょう)
寶泰寺(寶は宝の旧字体)の中庭の一画にあります。
(常磐町二丁目の宝台院と混同する方がいますが,全く別の寺院です)

見ごろの時期に一般に公開しているということは以前から聞いていましたが
なかなか機会がありませんでした。

ちょうど今咲いているとshizuokanohahaさんのブログ(現在は閉鎖)にあったので
情報に感謝して寺院を訪ねてみました。

この花はブラジル原産で
33年まえにスペインから種子で日本に来たものを
温室で13年、防寒設備あるところでさらに3年育てたものを
路地に植えて育てだものだそうです。
現在ではかなりの大木になっています。



サクラなどのピンク系の花のような華やかさはないのですが
その代わり浮ついた気分を排した高貴な雰囲気をただよわせています。
見ているだけで心が和らぐ至福のひとときを得ることができます。

(2009年6月11日の時点では公開は終了したようです。)

なお、境内にある“わらべ地蔵”については、やはりこちらの



▽ 江戸末期の寶泰寺の位置 (隣接して新光明寺、法傳寺がある)

その昔は、東海道の寺院のなかで「綺麗第一」と言われた寺だといいます。
残念ながらこの附近は静岡大火(1940.1.15)で焼失してしまった区域ですので
建物はすべて戦後のもので、境内地も大幅に縮小されてしまっていますが
手入れの行き届いた境内や庭は今でもとてもきれいです。

寶泰寺附近に大きな寺が3か寺並んでいた(小梳神社もぼぼこの並びにあった)のは
寺町(現在の駒形通一丁目、常磐町三丁目附近)に並んでいた寺院が
城下の南西の守りの役目を負っていたように
南東の守りをこの3つの寺が負っていたのでしょう。


 
新光明寺のよすが (伝馬町11番地の3:旧駅前通り、迦葉館ビル)

 
法傳寺のよすが (伝馬町5番地の5:丸井A館が入居するプラサーダビル)

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