《奄美大島と徳之島にしか棲息しないために特別天然記念物に指定されているルリカケスという鳥がいます。カラス位の大きさといえましょうか。羽根の色は背中と腹は赤栗色ですが、ほかのところは濃い瑠璃色の美しい姿をしています。この鳥は群れをなして畠のものを荒らしますので、島の人たちからはあまり好かれていないようです。ですから特別天然記念物と言っても、それほど大切にも思われていません。私の家の裏山にもたくさん棲んでいますが、庭の果実の木々にまじって、ひときわ高く枝を広げたヒトツバの木に、桜ん坊色の細長い甘い実が熟れ始めますと、それこそ木を覆うほどたくさん、耳ざわりのよいとはいえない甲高い鳴き声をたてながら群がってくるのでした。
ショインの外縁に筵を敷き南京豆を干しておいたところ、ルリカケスがたくさん集まってきて、さかんに突いているので、びっくりして籠に収め、とりあえず納戸に持ってきておきました。ナハンヤ(家族の居間と寝室のための一棟)で父母といっしょにお茶を飲んでいますと、しきりにさわがしい音がするので渡り廊下を駆けて行ってみますと、外縁から内縁、表の間、中の間、小座といっぱいのルリカケスが飛び廻り跳ね廻り、納戸の籠から南京豆をくわえてきては突いているではありませんか。南京豆の殻を突き割る音と鳥たちの羽音が入り交じりその騒々しいこと、一瞬私は呆然としましたが、ふといたずら心をおこして部屋部屋の障子を閉めにかかりました。驚いた鳥たちは素早くいっせいに飛び立ちましたが、一羽だけ家の中に封じ込めることに成功したのです。私は汗をいっぱいかくほど追い廻し、とうとう手づかみで捕まえて赤銅の籠に入れると、ルリカケスはきょとんと私を見ていました。ルリカケスは教え込むと人の言葉を真似るそうだと父が言っていましたので、私はどうしても飼い馴らしたいものだと思いはじめていました。
野鳥を飼うのは、餌のことがむずかしいので、富秀にきてもらって尋ねましたところ、ルリカケスは生きた小さな虫や蜥蜴の卵などが大好きで、木の実や、さつま芋、南京豆なども食べますが、性質が臆病だからちょとした物音にも驚きやすく、人の与える餌に馴れさせるのはなかなかむずかしいことのようで、初めての私には無理だとわかり、よく飼い馴らしてから持ってきてくれるようによく頼んで、彼に預けました。
十日ほどして富秀が姿を見せましたので、ルリカケスの様子を聞きましたところ、「ああ、あの鳥は餌のさばくりが難儀だから、母と二人で煮て食べてしまいましたよ」とにこにこ笑って言うのでした。》
以上は島尾敏雄氏夫人ミホの「海辺の生と死(創樹社)」から無断転載したものです。奄美の加計呂麻島での幼児の思い出を綴った本です。敏雄はこの本の序文でミホは父からも母からも叱られた記憶がただの一度もないと言っていると書いています。