今日の新聞歌壇でつぎの歌が目に止まった。「何よりもすなおな人になりたいと短歌をつくり数式を解く」選評に「短歌をつくり だけならありきたりだが、数式を解く まで述べたことで決意に厚みが出た。短歌と数式。意外に相性のよい組み合わせかもしれない」とあった。投稿者も選者も女性である。最近は大人たちの間で数学がブームになりつつあるという話を聞く。投稿者は若者か大人か幅広く想像しなければならない。
一つのことに憑かれてそのことだけに没頭したいと願うこともあるが日々の生活にまぎれて思いは拡散してしまう。私はこれまで何事にも飽きやすくて長続きしないということを繰り返して生きてきたような気がする。つい最近でも小倉百人一首に関心を寄せたりしたが今ではそのうちの一首たりとも覚えてはいない。その前には現代短歌を一日一首覚えようと考えたこともあったがそれもその時だけのことだった。NHKテレビで日めくり万葉集という5分の番組がある。08年1月に始まりこの10月1日は第365回である。一週間分の5本まとめて再放送している。これまで放送されたうちの2割に満たない回数分を録画して、時々見ていた。そして気まぐれにもその番組の録画を再開するよう今日セットした。
内蔵のハードディスク(HDD)では22時間録画可能である。日めくりの他には15分番組NHK囲碁講座「攻めの構想小林流」を録画し、これはめずらしく繰り返し見て活用している。4月から9月までの週1回の放送だった。一流棋士が自分の実戦例を示しながらプロの感覚について解説したものだ。ひと頃囲碁のことでは詰め碁の古書を解こうと決意したがこれも長続きしなかった。辛抱が足りずにすぐ解答をみてしまうのが私がなかなか進歩しない最大の原因である。これを深く反省しあらためて挑戦しようと思っている。
完全退職した私を案じてくださる方もおられる。心配ご無用である。ただいまこの瞬間つぎのように決意した。数学の大学入試問題を解く。詰め碁の問題を解く。私には十分な時間があるので解答を見ずに何日も考え抜くこと。この掟を守れるかどうかである。これらには答えがあるだけに解に辿り着いたときの充実感は大きい。ところで一方この世には解のない問題もある。「私にとって自分が存在しているということ以上の神秘はあり得ない。本当の神秘とは一輪の花が咲くことであり、地球が廻っていることであり、我々が生まれて死ぬことである」という存在の問題だ。