5日夜TVが、フィジーでクーデターのNewsを報じた。エッ!あのフィジーでクーデター?。首都スバで早朝武装した兵士が首相の自宅を包囲し検問所を設けたという。1日目の午後はスバの港街で自由に過ごし、2日目はラウトカ港に回ったばかりだったので「あの街」がすぐ思い浮かんだ。(奥のテント迄スバの市場)
フィジーは日付変更線のすぐ西に位置し、世界で最も早く朝を迎える国である。イギリスの植民地時代に、インド系の人々がサトウキビ栽培の労働力として送られて来て先住民のフィジー人と人口で拮抗するようになったが、経済活動においてインド系が優位に立っていた。 フィジー系のガラセ首相が'00年におきた国会占拠事件の首謀者達に恩赦を与えようとしたことで、かねてから政府と対立関係にあった軍が起したらしい。(特別な日に食べるロボ料理と教会内部)
ツアーは「フィジアンの村で文化交流」で、公用語である英語研修と文化交流を兼ねたプログラムであった。現地ではフィジー語やヒンディ語も使われるという。サナサナ村は教会を核に形成されている風で、「フィジータイム」とよばれるユックリした時間が流れていた。島々で何度か飲まされた「カバの儀式」を終え、来訪者の頬には仲間になった印のパウダーがつけられ、メケという伝統的な踊りを見せてもらった。 男達はメラネシア特有の黒い肌に更に隈どりのメイクをして踊り一段と勇壮であった。歌は何れもきれいにハモッていてかねての教会での修養を思わせた。
最後は「お宅訪問」と「皆で踊ろう」であった。こちらは教師1人と生徒4~5人のグループで集会場の周りのお宅を訪問し、生活の様子を見せてもらいながら日々の様子など双方で紹介しあった。食堂にはイスやテーブルがあったか?居間には休息用のイスはあったが他には家具らしいものは見当たらない。仕切りの少ない部屋はカーテンで仕切ってあったような。その後再度集合しみーんなで輪になって日本の盆踊りを楽しんだのだが、こんなサナサナ村にもクーデターの影響が及ぶのだろうか?
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