旅行社のキャッチコピー「北アルプスがそびえる信州が誇る景勝地~安曇野・穂高温泉郷で寛ぐさわやかステイ3連泊4日間」につられて旅に出た。宿泊ホテルは安曇野市穂高有明の「ガーデンあずみ野」とある。出発は新宿12:00発の「あずさ21」号で松本に14:35着、そこから迎えのバス70分でホテル到着である。
松本城や上高地を訪れたことはあった。上高地を流れるのは梓川だ。狩人の曲の「あずさ2号」を思い出す。しらべてみた。「あす私は旅に出ます あなたの知らないひとと二人で いつかあなたと行くはずだった 春まだ浅い信濃地へ」そして「8時ちょうどのあずさ2号で 私は私はあなたから旅立ちます」がくりかえされる。
2005年に、豊科町、穂高町、堀金村、三郷村、明科町が合併して広域名称である安曇野が市名に採用された。振り仮名を「あづみの」「あずみの」のいずれにするかは合併協議会において議論がなされ「あづみの」が採用されたという。なるほどガイドマップはほとんど「あづみの」だ。この旅はあらかじめの計画はなく、ひたすら安曇野のふところに飛び込んでいったようなものだった。
宿は安曇野市の西側の有明山の麓の、日当たりのよいリンゴづくりが盛んな場所にあった。旅の2日めは、その宿の周辺の散策で終わる。「穂高郷土資料館」とんがり帽子の時計台の「鐘の鳴る丘集会所」「松尾寺」から、平地部に流れる水路に沿って山麓線と呼ばれる幹線道路を横切り斜面を下る。そこのリンゴ畑にはたくさんの落ちたリンゴが放置されていた。3日めの「ちひろ美術館」は見学が終わる頃小雨が降りだした。ちひろは20歳で不幸な結婚をして、二度と結婚はするまいと心に決めたことがあった、そのことを今回の旅で知った。
いわさきちひろの1度目の結婚は親が双方の家柄つり合いを考え押しつけ結婚、受け入れ拒否、結果夫は自死。2度目の結婚は四面楚歌の中で8歳年下との二人だけの結婚式、アパートの2階を花でいっぱいに飾った、一人息子さんがちひろの子ども絵のモデルとか。よき気づき旅をされました。
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文章は写真以上に「その時の気分」がしっかり残るようです。
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