毎日がちょっとぼうけん

日本に戻り、晴耕雨読の日々を綴ります

「故郷に帰る学生たち」 2013年1月3日(木) No.554

2013-01-03 17:49:36 | 中国事情
今日も寒い一日。最高気温がかろうじて0.1℃まで上昇したが、
[風力5]と、冷たい風が強く吹いていた。
文字通り寒風吹きすさぶ中を、午前中で第二専門のテストを終えた
3年生の奉さん、潘さん、羅ちゅうさん、林さんが遊びに来てくれた。
今日の夕方、汽車に乗って帰る羅ちゅうさんを筆頭に、
皆、遅くとも明後日5日には故郷に向けて出発する。

我が宿舎に着いたときは4人とも冷たい風で顔が赤くなっていた。
しかし、私の部屋もちっとも暖かくない。
せめてものもてなしで、カイロを一人に一個ずつ渡した。
4人のうちカイロを使った経験者は誰もいなかったので、
ひとりをモデルにして使い方を説明した。
「桐灰化学のブランド品だよ」などと自慢したが、彼女たちには当然意味がなく、
素肌に貼ってはいけないことなども言わなければならない。

貼る前に
「これ、お祖父ちゃんに持って帰ってあげたいな」
と林蘭さんが言う。
こういう言葉がごく自然に出てくるのが中国の子たちだ。
安徽省出身の林さんはこの前の夏休み、農村にあるお祖父さんの家で二人で生活した。
親や身内の皆は仕事で都市に出稼ぎに行っている。
一家が揃うのは一年に一度の春節(旧正月)のときだけだ。
夏休み明けの作文に林さんは、お祖父さんと過ごした日々を綴っていた。

「おじいちゃん、炊事・洗濯、全部私がするからね。
おじいちゃんは安心して外の仕事をして。」
と林さんが胸を叩くと、
「お前の出来る料理はたった一つだけじゃないのかい。」
と冗談を言いつつ、孫の成長に目を細めるお祖父さん。
お祖父さんは、食事のたびに以前の生活の苦しかったことを語り、
「今のこの生活は本当に恵まれている。そのことを忘れたらだめだよ」
と言うのだった。

そんな文中の言葉が印象に残っている。
何が恵まれているかと言うと、食べようと思えば肉も毎日食べられるような類だ。
日本でも、
「盆と正月にだけ鶏を絞めて食べたものじゃ。」
といった話はそんなに遠い昔話ではないのではないか。
1960年代から、日本人の生活は物質的にどんどん豊かになってきた。
今、長期不況で庶民の生活は苦しいというが、
外見からは(例えば中国庶民的視点から見れば)
切羽詰った雰囲気が伝わってこない。
インフラは整備され、スーパーに行けば世界中の食品が買える。
日本の庶民の苦しさの実態は、モノがないのではなく、
お金がないのである。

どうなんだろう。
例えば、どこか小さい農園を借りて野菜の栽培などできないのだろうか。
自分が要るものを全てお金で賄おうとすると、
お金は羽が生えて飛んでいく。
消費力をアップさせるためには給料を高くするべきだというのは当たり前で、
私も何一つ不服はない。
給料が上がったら、お金がたくさん使える。
みんながお金をたくさん使ったら、経済が活性化する。
消費者は生活が潤う。
確かにそうだろう。
しかし、私は自分がそんな堂々巡りみたいな構造に組み込まれることから
何とかして逃れたい気がする。
それこそベランダ農園でもして。
社会の分業の中に「消費するだけの役目」の人がいたら、
その人は、かなり不幸せ感が漂うんじゃないか。
明日は経済がどうなるか、
いつもそのことを第一義的に考えざるを得ない生活なのだ。
今の都市生活者の多くは、そんな役目を担わされているのではないだろうか。
「日本の未来よりも今日の物価が気になる」人たちにとっては
まさに真面目に「お金イコール命」なのだろう。
そういう人たちに、少しでも自給自足的余地を提供する豊かさもないのだろうか。
日本という国は。

安徽省の林さんのお祖父さんの言葉から、
いろいろ考えを広げることが出来る。
本当に日本の消費者の皆さんは、
是非とも機会を作って
中国の農村を訪れて欲しい。
日本社会が何を得て、何を失ったのかが
歴史のネジを回すように見て取れるからだ。


コメント (2)
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