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日本に戻り、晴耕雨読の日々を綴ります

「日中の礼儀習慣も国民感情に影響する」 2013年1月18日(金)No.551

2013-01-18 13:34:40 | 日本中国比較
(今日もマクドの片隅から
昨日の早朝、NHKのラジオ深夜便で
「今、中国が面白い」(日本僑報社刊)の監訳者三潴(みつま)正道さんのインタビューを聞いた。
彼は中国の特徴として、
1歴史 2商業民族 3礼儀の基本の3つを挙げ、
例を出して分かりやすく解説した。
なるほど、と思えたが、
特に、3番目の「礼儀の基本」の中日の違いには、
自分の体験を照らし合わせて実にナットクした。
例えば以下の如し。

〈例その1〉
北京オリンピックの際、当局は国民に「外国人に初めて会ったとき根掘り葉掘り聞くな。」と通達した。

(そうそう、中国の日本語会話テキストにも初対面で学生が「先生は何歳ですか」と聞くのがあって呆れたが、中国では普通だ。また、私は携帯電話番号をよく聞かれる。老師が私の携帯番号を学生たちに公表することもあった。オフィシャルとプライベートの区別があまりないのだ。もう慣れたが…)
〈例その2〉
中国では人前で一人煙草を吸うこと、飴を食べることは失礼。必ず傍の人にも勧めなければならない。

(そう言われたら、行く先々で必ずお菓子とか果物を勧められた。お返しをしないとダメかな?と初めのうちは気を遣ったものだ…)
〈例その3〉
中国からの留学生がお土産を日本人に渡したとき、即座に別の品物でお返しをされて、とても屈辱を感じた。

(誠意を突き返されたと感じるんだな。まず「ありがとう」とゆったり受け止めて、その後、機会があればその時のお返しをするのが自然だというのはよくわかる。もし私も即座に何かお返しされたら、なんかね~)
〈例その4〉
中国と日本では「謝る」ことの意味が違う。日本では謝ったらそれで許される・終わりだと思うが、中国では謝ったらその後補償しなければならない。即ち、自分の非を認め、その非をこれから償いますという意味である。
2010年の中国人漁船長を日本が釈放した事件にも、この感覚の違いが影響を与えた。日本側は日中友好のために早期釈放したのに、中国側は「日本は逮捕したことを間違いだったと認めたから釈放したのだ」と受け止めた。中国側の国民感情からすれば、間違いを認めたらペナルティを引き受けるべきだというのがある。だから中国政府は損害賠償を請求したのだ。それをしなければ国民に弱腰外交と非難されるからである。

(そうなんだよね。私はすぐに学生に「たいへん申し訳ありません。ノートはまだ返せません。」などと言うが、他の老師がそういうことはあり得ない。学生も何かあったら必ずそのわけ―日本的には『言い訳』―を述べる。日本では「言い訳するな。ただひたすら潔く謝ればそれで良い。」といった感覚が伝統的だった。今はだいぶ変化してきたと思うが)

例その4については、中国だけではなくアメリカにも言える。2001年、ハワイ沖で日本の水産高校の練習船「えひめ丸」にアメリカの潜水艦が(向こうから勝手に)衝突してきて、日本の高校生が何人も死んだ事件があった。そのときも、原子力潜水艦の艦長は頑として謝罪しなかった。あのときは(なんという国だ!)と腹が立ったが、すぐに謝る民族はそんなに多くないのかも知れない。また、謝った後、(やれ、これで終わった)と、何でもすぐ忘れるというのは別問題で無責任である。

それぞれ長年の間に培われてきた独自の礼儀作法、習慣を持つのは当然だが、自分の価値観だけを基準とすると、たちまち相手を誤解したり、否定したりしたくなる。従って、異文化交流が必要なのだ。現代は国際化が進み、グローバル・ヴィレッジ時代などと言われるが、島国で、多民族共生の歴史を持たない日本民族は、隣近所の国々の文化・習慣などに意識的に親しむ必要があると思う。
コメント (4)
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