南天の花と蜂
昨夜、5月31日夜10時半、学生たちの作文31篇を日本に送りました。
ふう、やれやれ。
「中国人の日本語作文コンクール」(第15回・日本僑報社主催)
の応募作です。
3年生が存在しないので、
(大学が3年前バカみたいに隔年募集にし、しかも1年ぽっきりでそれを覆したため)
もう日本語学部にいるのは2年と1年だけです。
4年生は大学にいたとしても卒論や就職活動で忙しくて、
作文どころではありません。
「もう、2年生ががんばるしかない!」
ということで、2年生クラスの全10人は4月から2ヶ月間、
1500字~1600字の作文を3篇書きました。
恐らく大学に入学して以来、最も気合いの入った2ヶ月間だったと思います。
募集要項では、
1「2020年に叶えたい私の夢」
2「中日新時代への私の提言」
3「今こそ伝えよう、友人、家族、先生のことを」
の3テーマから自由に選択するという説明でしたが、
人数が10人しかいないのだから3つとも書くことにして(笑)、
学生も私も2ヶ月間切磋琢磨しましたよ。
(気を吐いて4編書いた人も一人いた!)
忙しくても学生たちの人生の一端が垣間見られて、
私には有意義な時間でした。
1「2020年に叶えたい私の夢」
で、何人もの学生が書いていたのは、
「中国の子どもの夢は、大学に入るということなので、
その後はどうしていいか分からない。わたしの夢って何だろう?」
ということです。
中国では、子どもが小学生の頃から
両親も学校の先生(日本では塾の先生みたい)も、
とにかく、「いい」中学、高校、そして有名大学へ子どもを送り込むことに
全力を傾注していると言っても過言ではありません。
子どもの頃、テレビを見させてもらえなかったという学生が何人もいて、
それでも見ていたら、
テレビのコードを鋏で切られたり、
パソコンでゲームをしていたら、キーボードを床に叩きつけられ、
壊れるどころではなく粉々に散ったり、と
兎に角、たいへんだったそうです。
毎年、大学入学後は、
「やれ勉強しろ、試験で高得点を取れ」と言う人が突然に消えるので、
新入生たちはとても浮かれていますが、
それは始めだけで、その後に虚脱感に襲われるケースが多いのです。
今2年生のこのクラスは、
1年生のとき2人を除いてみんなボーッとしていました(笑)。
ある意味、辛い虚脱状態だったのでしょう。
この作文コンクールをきっかけにして、
真面目に自分の将来と向き合った学生たちの姿が
浮かび上がってきました。
*2020年、オリンピックに行きたいけどお金がないから、せめてアスリートたちの頑張りに倣い、自分も日本語を頑張る。
*アルバイトしてお金を貯めて、必ず東京オリンピックに行く。日本に行ったら日本語を流暢に話せるように日本語も頑張らないと。
*「パプリカ」の歌を聞いて、自分の小さいころからの歩んできた道を振り返った。苦しいことがあったけど、歌が生きることを支えてくれた。来年は、自分の人生を歌にしよう。
*来年は4年生になる。とにかく日本語能力試験N1に合格して、大学生活が成功だったと言えるようにしたい。
*中国では、女性はきちんとした仕事に就かないと男性より地位が低くなり、家で子どもの世話と家事を強いられて一生を終えてしまう。仕事の選択肢を増やすため、今は、日本語の実力をつけるしかない。
・・・・・・・・・
今、学生たちは、日本語能力試験N1に合格することを
来年までの目標にしています。
夢と言えるかどうか分かりませんけど。
今年もまたキャンパスの通り道に桃の一種(食べられない)の実がつきました。
これが食べられたらどんなにいいでしょう。