毎日がちょっとぼうけん

日本に戻り、晴耕雨読の日々を綴ります

「中村哲医師、アフガンで殺害される」No.2712

2019-12-05 00:00:44 | 反戦平和

 

アフガン人画家イクバル・タルナクさんが描いた中村哲さん

なんだってこんなに立て続けに社会のために尽力している人が

倒れるのでしょう。

しかも中村哲さんは銃撃されたと。

石原慎太郎や麻生太郎やアベ晋ぞうは

超安全な場所でぬくぬくピンピン贅沢してるってのに。

何十年もアフガンのために尽力していた人を

なんで殺さなければならないんですか。

それやった人たち、ホンマに訳のわからんならず者ですね。

人類にとって、大切な、大切な命をこんなにも軽く消し去るとは……(涙)。

「日本国憲法は守るより実行すべきだ。9条はリアルで大きな力。

日本人だからと私は命拾いを何度もしてきた」

と語っていた中村哲さん。まだ73歳だった……。

下は2002年に第一回沖縄平和賞を受賞した際の、

沖縄での中村哲さんのスピーチ抜粋です。

粘り強く平和を実現するための、

一人のたぐい稀な活動家を、世界は失いました……。


ーーー沖縄タイムスよりーーー

「私たちの活動を『非暴力による平和の実現』として

沖縄県民の皆さんが認めてくれたことを、

特別に意味のあることと受け止めます」

「遠いアフガニスタンでの活動と、アフガンに出撃する米軍基地を抱える沖縄。

このコントラストは、現場にいる私たちには圧倒的であります」

「平和を唱えることさえ暴力的制裁を受ける厳しい現地の状況の中で、

物言えない人たちの奪われた平和の声を

『最大の米軍基地の島・オキナワ』が代弁するのは、

日本人として名誉でもあります」

その平和賞の賞金一千万円のうち約300万円を活用し、

翌2003年にはアフガン東部山岳地帯・ダラエピーチ渓谷のシンザイ村に

診療所「オキナワ・ピース・クリニック」を建設。

当時、「今までは民家を借りていたが、診療所が完成し、

村の人にここで診療を続ける意思表示ができた。

沖縄の人々には大変感謝している」と喜びを語り、

「戦乱の地にあえて平和の礎(いしずえ)を築く」と、決意と希望を語っていた

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 

 

コメント (2)    この記事についてブログを書く
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2 コメント

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大事な方を・・・・・ (こきおばさん)
2019-12-05 06:10:39
8月末、講演をお聞きして改めて凄い方だと尊敬の念を深めていました。
命は取り止めたとの報にホッとしたのもつかの間、亡くなられたことを知り、涙にくれています。
以前も、自衛隊が来たときは命の危険を感じたといわれていましたし、今回も、現地では日本人は9条で守られているといわれていましたのに。
平和を願い平和を愛した方でした。喪失感に襲われています。
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いつも神様は不公平 (ブルーはーと)
2019-12-06 16:23:57
こきおばさん様
 「日本人がまだ生きているぞ!」と、襲撃者たちはさらに中村哲さんの身体に弾を撃ち込んだと読み、その憎悪を向ける相手は中村さんじゃないのに、悔しくて悲しくて途方にくれます。
アフガンでは自分の命さえも惜しくはないと想うほど、人々は切羽詰っているとは頭で分かっている気になっても、中村哲さんが犠牲になるのは、あまりにも理不尽です。
比べたらダメだと思いつつも、中村哲さんじゃなくてアベだったら良かったのに、とつい憎しみの連鎖が心に湧いて……。
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