毎日がちょっとぼうけん

日本に戻り、晴耕雨読の日々を綴ります

「台風時、自治体避難所がホームレスを排斥する社会を考える」No.2453

2019-10-16 10:58:13 | 日本事情

 昨日寝込んでしまいました。

それは風邪を引いたせいばかりではありません。

この台風災害について、

・とんでもない規模のが来ると分かっていたのに、アベ首相は「各関係閣僚に指示をした」と言うだけで、自分はラグビーに執心していたこと、

・自民党の二階幹事長が「まずまずで収まった」と言い放ったこと、その後も「被災された皆様に誤解を与えたとすれば、表現が不適切であったと考えております」 「不適切であったと言っているわけですから、それはその表現を続けて、重ねて発言しようと言っていることではないでしょ。それでいいんじゃないですか」と謝罪もせず、ふんぞり返っていること、

・東京台東区が避難所に緊急避難してきた社会で最弱者の家のない人、住所を持たない人を拒絶したこと、それを「税金払っていないから当然」、「臭いからしかたがない」とSNSで肯定する声が多くあること、

・日経新聞が「国頼みの防災から転換を。台風に備えるのも自己責任」という趣旨の記事を書いたこと、

日本の政治の冷酷さと、

メディアの無責任さと、

日本に住む人々の偏狭さを示すこれら全てに

胸が塞がったのです・・・・・・。


私たちは戦後の日本の歴史の中でも

特筆すべき不寛容の時代のただ中に居ることは確かです。

「今だけ、金だけ、自分だけ」ではない視点を持つこと、

どの時代でも、社会に生きる一人ひとりの人間に問われてきたのは

この事だと思います。

子や孫は次の歴史の代表として私に聞くでしょう。

「その時、あなたは何をしたのか」

   ♪ 歴史がわたしを問い詰める    

     青い空の真下で~~ ♪     

はあ~ 

 

今日のハフポストJAPANに、

「なぜ弱者を叩く社会になったのか?―相模原事件から考えた不寛容な時代」https://www.huffingtonpost.jp/entry/story_jp_5da51997e4b01c76560b90c6?ncid=newsletter-Japan%2020191016&utm_campaign=newsletter_Japan%2020191016

という雨宮処凛(あまみや かりん)さんへのインタビュー記事があり、

共感とともに時代への危機感を持ちながら読みました。

(人々はなぜもっと広い視点で考えないんだろう?)

こんな疑問は無意味かつ愚かで、

ひたすら政権を取るしかないのでしょうか。

人々は、いつも与えられた箱の中で蠢いているだけなのでしょうか。

雨宮処凜さん

大槻書店

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「『台風、まずまずに収まった』二階自民党幹事長の発言」No.2452

2019-10-14 00:54:37 | 報道

13日午後、台風19号による死者が16人確認された時点で

(もちろんその後死者数はどんどん更新され50人を超えている)

自民党緊急役員会で二階俊博幹事長(80歳)が

「予測に比べてまずまずに収まった」と発言し、SNSで非難ゴウゴウです。

はっきり言えば、

「亡くなった人数が予測より少なかった。だから、まずまずだ。」

と言うことですから、非難は当然過ぎるほど当然です。

政府自民党が、国民を「数」としてしか見ておらず、

〈命はたった一つでも他に代えがたい命なのだ〉

などとは全然思っていないことは今までも多くの場面で明白です。

選挙のときだけ、どれくらいの票数=国民が自分らに投票するか、

それしか関心がないのですから。

さすが正直者の二階さん、丸出しの発言でしたね。

あとの釈明はごまかし度100%で意味不明でした。

この二階発言について、

twitterやfacebookなどSNSではどんどん拡散されていますが、

ネットでは、主要全国紙とかNHKとかの記事ありませんね。

やっぱり、寿司友、忖度が蔓延する悲しい日本国の報道の不自由。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

フジテレビ台風被害「まずまずに収まった」 二階氏釈明も野党批判

10/14(月) 12:37配信https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/fnn?a=20191014-00425578-fnn-pol

BuzzFeed Japan :10/14(月) 12:26配信「まずまずで収まった」 自民党の二階幹事長の発言に批判相次ぐ https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191014-00010002-bfj-soci

女性自身:10/14 18:49 二階幹事長 台風被害は「まずまず」発言、自民党議員にも非難 https://jisin.jp/domestic/1785694/

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「台風だから休みたいって言ったら社長が・・・」No.2451

2019-10-13 23:03:45 | 日本事情

とてつもない巨大台風が来ると事前に報道されていたので

ある会社の社員は

「明日台風なのでお休みさせていただきます」と

社長に連絡しました。

すると社長は・・・・・・

会話の内容から逸れますが、

「会社来たら殺すまであるよ」

「休まなかったら殺すまである

という言葉遣いには非常に引っかかります。

よく以前、中国人キャラを表す言葉遣いとして

「ワタシ、明日行くあるよ」、「この人、王さんあるよ」のように

「ある」を使うやり方があったのです。

「殺すある」という言葉は中国人の犯罪者を想起させませんか。

わたしだけ?


ま、それは横に置いといて、

「命と会社とどっちがだいじか」

「休み飽きたら教えて(出勤して)」

という温かい気遣いを社員に示すこの経営者のような考えが

日本の経営者の多数派を占めるようになったら

日本もいい社会になるのに、と思わずにはいられません。

留学生がコンビニのバイト先に

「台風なので休みたいんですけど」と言うと、

「え~?いいけど、みんな来るよ」とか

「何言ってんの?通常営業だよ」

と返されたということも聞きます。

労働契約上、こうした台風の場合、

経営者にはバイトの子の申し出を拒否する権利はないそうですよ。

 

 

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「教え子が高校の日本語の先生になった!」No.2450

2019-10-13 10:28:45 | 教育

今年6月に日本語学部を卒業した閻小玲さんからメールが来ました。

今学期から江蘇省の高校で日本語を教え始めたそうです。

教え子が日本語を活かす仕事に就いたと聞くと

なんか、心がほんわかします。


実は、中国で日本語やその他外国語を学ぶ学生は、

それまで完全に自文化中心主義の環境で育ってきた自分と向き合い、

そこからひと回り大きく成長するチャンスを得ます。

つまり今までの発想で全てを断罪するのではなく、

別の角度からより広く、深く、

掘り下げて考える視点が問われていることに気付くのです。

(気付かない子もいますけどね(笑))

だから、外国語を学ぶということはなかなかいいことなんだと

私は日頃から学生に力説するのです。

自分の頭が固いと自覚されている方、ぜひ、外国語を勉強してみてください。

できれば英語以外も。

新鮮な発見がたくさんあるはずですよ。


↓閻小玲さんの高校の生徒たち。運動会でパレードをしているところだそうです。

動画では閻さんに「先生、おはようございまーす」と日本語で挨拶していました。

中国の生徒も日本の子たちとおんなじですね。

でも、先生に対する態度はとても節度をわきまえたものです。

↓一生懸命、丁寧に書いていると分かる五十音の文字。

いくらスマホやパソコンしか使わなくなったと言っても、

自分で文字を書けることは基礎基本であり、同時にけっこう高度な技です。

教え子の中には、「漢字と可愛いひらがなが混ざって独特の日本文化を形成している」

と言った子もいます。

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「日本の避難所・外国の避難所」No.2449

2019-10-12 23:26:41 | 人権
【クイズ】 この中で災害大国ジャパンの避難所はどれでしょう??
というのをツイッターで見つけました。
見覚えのあるのは○番しかないですね。
 
多様性のある毛髪@fukuchan666666さん 10月10日より
 
 画像

  画像2 
   画像3 
 画像
 1:イタリア 2:韓国 3:フィリピン 4:日本
ということです。
私は(4番だけは嫌だね)とつくづく思います。
プライバシーもないし、ぎゅうぎゅう詰めだし、
床の上にブルーシート敷いただけ、
こんなとこで寝られますかっての。
外国と比較すると、
どれほど日本政府が人権感覚がないかが一目瞭然です。
アメリカから爆買いしているポンコツ戦闘機を一台削れば、
テントや間仕切りがどれほど買えることか。
毎年のように災害が律儀にやってくる日本で、
いざと言う時のために、
貸し出しテントとか間仕切りの手配しておくことぐらい不可能じゃないでしょ。
身内と利権だけにお金をばら撒き、
国民の福祉用のお金は削りに削っているアベ政権。
日本国内どこの何を見てもアベ政権の酷さが剝き出しで、
言いたくないけど文句をつい並べ立ててしまいますよ。

台風で日本国内あちこちの川が氾濫していると伝えられていますが、
どうか、被害が最小限に留まりますように。


 
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「台風の日に出前取るの止めよう!」No.2448

2019-10-11 21:38:46 | 人権

下はドミノピザの配達員が強風でニッチもサッチもいかず立ち往生し、

しまいに転倒して困っている写真です(ツイッターの動画から切り取りました)。

台風でも営業してスタッフに危険な仕事をさせる

経営者にも非常に腹が立ちますが、

自分たちは家に籠って安穏としながら出前を取る

消費者の発想もスゴイと思いますよ。

消費者とピザショップのスタッフ、同じ人間ですよね?

鉄人じゃないんです。

昔「お客様は神様です」という文句が巷に流布しましたが、

いくらお金を払うと言っても、命まで買うことはできません。

もし自分の親しい人がピザ屋のスタッフだったら……

と想像してほしいものです。

 

また、新聞配達員の家族の方がツイッターにこんな投稿をしていました。

 ↓    ↓    ↓

新聞配達員を守ってください。 

@aka_kenshou 《拡散希望》
主人が新聞配達をしています。
こんな台風が来ると騒がれていても配達は無くなりません。
主人に「本当に行かなきゃいけないの?」と聞いても
「当たり前じゃん」と麻痺しています。
原付ではなく自転車です。
本当に死んでしまいます。
助けてください。
まだ小さい子供もいます。
午前7:29 · 2019年10月11日·Twitter for iPhone
ーーーーーーーーーーーーーーー
新聞は報道の速さにおいてネットやテレビには負けます。
その代わり、じっくり検証して皆に知らせられる利点があるのですから、
「大型台風が来ます。戸締りをしっかりして避難してください」
と言われているときに、
わざわざ自転車で新聞配達させる必要はないんじゃないですか。
これも止めましょうよ。

 

 

 

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「山本太郎氏の評価を保守論客が変え始めている」No.2447

2019-10-11 00:50:28 | 政治

チャンネル桜という保守チャンネルで、

山本太郎さんを支持し続けている風花未来さんという奇特な方が、

「保守論客たちの山本太郎さんに対する風向きが変わってきている」と

語る動画がありました(下の動画)。

この方の語り口はイデオロギーをがなりたてるのとは正反対で、

保守とか革新とかのレッテルを貼るのではなく、

誰が何を言っているか、

その主張をきちんと分析しようとする誠実さと

正義を希求する姿勢を感じました。

何しろ、私自身がチャンネル桜を観ることはほぼないので、

この風花未来さんのお話はたいへん興味深く聞かせていただきました。

一番下がその動画(30分弱)です。

山本太郎氏の評価を保守論客が変え始めている理由

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「耳が聞こえない親とその子どもは・・」No.2446

2019-10-10 10:05:16 | 

CODA:Children Of Deaf Adults(ろう者の子どもたち)

『コーダの世界』渋谷智子(成蹊大学准教授)著

耳の聴こえない親と子どもの関係が歪んでしまう本当の理由。CODAが直面する2つの世界

写真:DAI IGARASHI

ろう者の家族の苦しさ、楽しさ、辛さ、喜び……。

今まで、ろう者の身内や友人に巡り逢わなかった私には

分からずに通り過ぎてきたことが余りに多いのです。

日本に戻ったら読みたい本がまた一冊増えました。

CODAである五十嵐大さんがこの本の著者との対話を書いた記事を読んで…。

五十嵐大さんとは、以前このブログでご紹介したこの人(矢印の人)です。

  ↓     ↓     ↓

 写真:DAI IGARASHI

 どうしても泣けてしまう五十嵐大さんの記事、

長いんですけどまた全文掲載させていただきますね。

 

耳の聴こえない親と子どもの関係が歪んでしまう本当の理由。CODAが直面する2つの世界 

両親は悪くない。そして、二人から生まれたぼくだって悪くない。五十嵐大

自分は一体何者なんだろう……。幼い頃のぼくは、常にそんな想いと対峙させられてきた。対峙“してきた”のではなく、“させられてきた”と書いたのは、文字通り、それがぼく自身の望みではなかったからだ。

両親の耳が聴こえない。

たったひとつの事実によって、ぼくは社会からつまはじきにされているような感覚を、何度も何度も味わってきた。聴こえる世界と聴こえない世界を行ったり来たりしながら、どこにも居場所がないような感覚。10代のぼくにとって、それは不安や孤独につながるようなものだった。どこにも誰にも吐き出せない想いが怒りに変わり、両親にぶつけたこともあった。

「なんで障害者の家に生まれなきゃいけなかったんだよ!」

こんな言葉を、何度も叫んだ。いま思えば、なんて酷いことを言ってしまったのだろう。いくら後悔してもしきれない。

でも、両親はぼくを責めたりしなかった。どうしようもないことで怒り狂うぼくを見て、ただ「ごめんね」と繰り返すばかりだった。そして、傷ついたことを悟らせまいと笑顔を浮かべる彼らを見て、ぼく自身もどんどん傷だらけになっていった。

彼らは悪くない。そして、ふたりから生まれたぼくだって悪くない。

それなのに、どうしてこんなにも社会から取り残されてしまったような不安に苛まれなければいけないのか。誰もその答えを教えてはくれなかった。

自分自身にようやく“心の居場所”が見つかったのは、20代前半の頃。自身が「CODA」と呼ばれる存在だと知ったときのことだ。それまで社会の“はみ出し者”だと思っていたぼくにとって、ひとつのラベルが与えられたことは、言葉にできないくらいの安心をもたらした。

その流れで出合った『コーダの世界』(医学書院)という一冊の書籍。

つづられていたのは、自分以外のCODAたちのリアルな声だった。

それから10年。ぼくは初めて『コーダの世界』を執筆した成蹊大学の准教授、澁谷智子さんに会いにいった。CODAの特性を教えてもらいながら、ぼくは心の奥に閉じ込めていた過去の傷跡と対峙することになった……。

写真:KAORI SASAGAWA成蹊大学准教授の澁谷智子さん

 親に頼ることができない、思春期のCODAたち

CODAの定義や彼らとの出会いについて澁谷さんに聞くなかで、次第に話題はCODAが抱える悩みへと移っていった。

学生時代、澁谷さんは初めて出会ったCODAのことを「かっこいい存在」だと思っていたという。「親に頼らず、精神的に自立をし、すべての事柄を自分で決断する。その姿が眩しく見えていたのだ」と。

でも、「それは、そうせざるを得ない状況に追い込まれていたからですよね」と続ける。

「時代によって差はありますが、特に昔は、ろう者と健聴者とでは得られる情報に格差がありました。いまのようにインターネットやSNSが発達していなかった頃は、聴こえない人が情報を集めることが困難だった。だから、CODAたちは親に代わって、自ら情報を集めるように動かざるを得なかったんです。それが私にはかっこよく見えた」

「でも、それって、やはり当事者にとっては、すごく苦しいことだとも思います。聴こえる親なら簡単に用意してくれるようなことも、望めない。親を頼りにしてはいけないから、子どもなのに大人のように振る舞う。健聴者にはわからない苦労があったはずです」

子どもだったぼくは、何に苦しんでいたのか。

周囲からの偏見や差別もあったが、同じくらい、親に頼れないことがつらかった。

日々直面する悩みや課題をうまく伝えることができないことも一因だったと思う。たとえば、学校で起きた人間関係のトラブル、勉強面の悩み、様々な書類や手続き……。それらを聴こえない親に正確に伝えるには、高度な手話の能力が求められる。

まだ10代のぼくにとって、完璧な手話を使いこなすのはとても難しいことだった。知っている単語と単語を組み合わせ、あとは筆談と口話で補う。それで半分でも伝わればマシなほう。ときにはまったく意味が理解されないこともあった。

次第にぼくのなかには、「親には頼れない。自分でどうにかしなければならない」という想いが芽生えていった。

「私が出会ったCODAのなかには、進学で悩んだという人が多かったんです」と澁谷さんは話す。

「周囲の子たちは大学進学について親からアドバイスをもらっているのに、自分はそれが望めない。塾に行きたいと思っても親に相談することはできなくて、自分で塾を決めて『ここに通うからお金ちょうだい』と、お金だけ出してもらう。そんな経験をしてきたCODAたちは珍しくないんです」

ぼくも進学については一切相談しなかった。大学に行くべきかどうか迷ったときも、両親はぼくがなにで迷っているのかわからないようだった。

「やりたいようにすればいいよ。応援するから」。彼らの言葉は自由主義で寛容的なようだが、当時のぼくは、そんな言葉を望んでいなかった。先の見えない人生に不安を覚える子どもに対して、道標を与えてほしかったのだ。

必要なのは、聴こえない親について話せる場所

けれど、それが叶わないことを実感していたぼくは、そのまま大学進学も諦めてしまった。 どうすればいいかわからない。ぼくはそのままフリーターになった。その頃、まだライターという言葉も知らなかった。 

「ろう者のなかには、進学することを明確にイメージできる人が少ないかもしれません。いまでこそ、ろう者が大学で学ぶことも珍しくなくなってきましたが、昔のろう者は『とにかく稼げる仕事に就きなさい』と教育されてきたんです。いわゆる職人のように技術を身につけて、たとえコミュニケーションがとれなくても食べていけるように、と」

「そんな教育を受けてきたろう者にとって、進学がどのように仕事に結びつくのかイメージしづらいのは仕方がないことでしょう」 

それは事実だ。ぼくの父は塗装工として工場に勤務している。母は結婚するまで、縫製工場で働いていたと聞いた。ともに技術職だ。それは聴こえない人たちが“聴こえる社会”で生きていくために必要な選択だったのだろう。

「また、(障害があることで)プレッシャーがかかる教育を受けてきたろう者は、自分の子どもにはのびのびと育ってもらいたいと願う傾向もあります。ただし、それがCODAからすると、不満になりうる要因でもあるんです」

「自分の知らない世界、可能性について教えてもらいたいのに、それを示してくれない。だから必死で調べるんだけれども、周囲を見渡してみると、みんな親に相談できている。それを羨ましく思ったり、自分にはその環境がないんだと思ったりするんです」

10代は、学校での人間関係や勉強の悩みを抱える多感で不安定な時期だ。親に反発することもあれば、頼りたくなることもある。それはCODAに限らず、すべての子どもに言えること。けれど、CODAたちにはその頼れる先が少ない。

だからこそ、澁谷さんはいま中高生のCODAたちへの支援を強化すべきだと考えているという。

「私も親になって思うんですが、思春期の子たちって本当にさまざまなことを抱えてしまうんですよね。聴こえる親の子どもだってそうなんですから、CODAだったらなおさら複雑な想いにとらわれてしまいがちでしょう。そんな中高生のCODAたちに向けて、気持ちを棚卸しできる場所を作っていきたいと思っているんです」

「CODAに必要なのは、安心して自分のことを話せる場。たとえ、悩み苦しんでいたとしても、話を聞いてもらえるだけでだいぶ違いますよね。親の耳が聴こえないという事実をわかってくれる人、同じ状況に生まれた人と出会うことで、悩みすぎずに済むかもしれない。ひとりで抱えずに、次のステージへ行けるかもしれません」

 けれど、CODAの家族は愛情に満ち溢れている

 自分自身のことでもあるCODAの抱える悩みについて、あらためて客観的な話を聞いて、ぼくのなかには暗い気持ちが生まれた。あの頃、孤独だった自分の感情が湧き上がってくる。

誰にも悩みを共有できず、相談もできない。

ぼくは、ひとりで立って歩かなければならない。この先も、ずっと。

でも、本当は助けてもらいたい。

“ふつう”の子どものように、親に甘えて頼って、寄りかかりたい。

それなのに、どうして、お父さんもお母さんも、ぼくになにもしてくれないの?

 

そんなぼくの様子を見て、澁谷さんは諭すように口を開いた。

「でもね、CODAが小さいときの、CODAとろう者の親子関係ってとても理想的だと思うんです。ろう者は子どものことを考えて、さまざまな工夫を凝らしますし、週末になればいろんなところへ連れ出そうともする。アウトドアを楽しんでいるCODAとろう者の親子なんて、見ているととても幸せそうです」

「根底にあるのは、自分たちは耳が聴こえないからこそ、聴こえる子どもには目一杯幸せになってもらいたいというろう者の想いです」

澁谷さんの言葉を聞いて、ハッとした。 

振り返ってみれば、ぼくの両親もさまざまな体験をさせてくれた。 

父は外に出かけるのが大好きな人で、夏になれば毎週末のように虫捕りに連れていってくれた。山でカブトムシやクワガタをたくさん捕まえては、自宅に持ち帰る。夏休みには飼育日記をつけることが、恒例のイベントになっていた。

海沿いの街に住んでいて、釣りにもよく出かけた。アオイソメという釣り餌を怖がるぼくを見ては、父は笑いながら「大丈夫だよ」と代わりに餌をつけてくれた。 

たくさん釣り上げた魚は、母がさばいて天ぷらにしてくれる。「こんなに釣ってすごいね」とうれしそうに笑い、何度もおかわりするぼくを微笑ましく見つめていた。あのとき食べた天ぷらほど美味しかったものは、ないと思う。

他にもきりがないくらい、両親との思い出がある。小学校低学年くらいまでは、彼らと過ごす日々がとても楽しくて仕方なかった。

両親は、ぼくの望みをなんだって叶えてくれた。

背景にあったのは、紛れもない愛情だった。耳が聴こえないという事実を引け目に感じることもあっただろう。でも、それを理由に子どもに哀しい想いをさせたくない。その強い決意が愛情という形になってぼくに注がれていたのだ。

気づけば、真正面に座っている澁谷さんの姿が歪んでいた。

インタビュー中にもかかわらず、ぼくは泣いていた。我慢しようと思っても、両目からこぼれ落ちる涙を止められない。

「CODAとろう者の家族の関係は、すごく楽しいものなんです。でも、CODAが成長するにつれて周囲の目を意識するようになってしまう。周囲からどう見られているか、敏感に反応するようになるんです」

「すると、楽しかったはずの親子関係が少しずつ変わっていく。CODAのなかに親にも話せない想いが膨らんでいって、すれ違いも増えていく」 

そう、両親はぼくを愛してくれていた。その愛情を遠ざけてしまったのは誰でもない、ぼく自身だ。「聴こえない」という事実を理由にして、彼らに対してひどいことばかりして傷つけた。

「でも、それはCODAのせいじゃない。たとえば、親につらく当たったとしても、親も理解しているはずです。CODAにはCODAの苦しみがあることを、ろうの親たちは痛いくらいわかっている」

「『コーダの世界』を執筆するにあたって話を聞かせてくれたCODAが、親との関係性を『戦友』と表現していました。自分も親も、“聴こえない”“伝わらない”という事実と、一緒に戦ってきた、と」

「ともに戦ってきた仲間なんだから、仮に傷つけてしまった過去があったとしても、わかり合える。気づけたのであれば、これからたくさん愛情を返していけばいいんです」

澁谷さんの話のおかげで、これまで見落としてきた大切なことに気づくことができた。

CODAのぼくは、決してひとりぼっちではなかったこと。

そして、ろうの両親からたくさんの愛情をもらって育ったこと――。


この確かな事実は、この先もぼくの支えになると思う。いまならば、胸を張って言えるだろう。 

ぼくの両親は耳が聴こえません。でも、彼らはぼくを一生懸命愛してくれました。そしてぼくも、彼らのことを愛しています。

 五十嵐 大:フリーランスのライター・編集者。両親がろう者である、CODA(Children of Deaf Adults)として生まれた。

【五十嵐大さんCODA連載】

第1回 耳の聴こえない母が大嫌いだった。それでも彼女は「ありがとう」と言った。

第2回  耳の聴こえない親を持つ子「CODA」は可哀想なのか。研究者が直面した現実

(編集:笹川かおり)ハフポストJAPAN
2019年10月09日 10時07分 JST

https://www.huffingtonpost.jp/entry/coda_jp_5d9cff8ee4b087efdba45e3d?ncid=newsletter-Japan%2020191010&utm_campaign=newsletter_Japan%2020191010



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「(日本の国民はどれほど幸せか)と中国人老師は思ったんだけど」No.2445

2019-10-08 23:18:30 | 中日(日中)交流
写真東京新聞より

先日、食事会で中国人の先生が
「消費税はちょっと上がったけど、
 幼稚園や保育所が無料になるなんて、すばらしいじゃないですか」
と日本の政策を手放しで褒めちぎるので、
「いやいや、ちょっと待ってね。調べてみます」
とその場は返事をし、あれこれ関連記事を読んで下のブログ文↓を書き、
そのコピーを送ったところ、お返事をいただきました。

2019/10/08 (火) 15:03
件名:「幼保無償化のことですが」
 -----------------
 私は先日安倍首相がアピールした
「所得にかかわらず、無料にします」という動画を見て、
(日本は素晴らしいなあ)とか、
(日本の国民はどれほど幸せか)と感じて
日本にすごく感服していました。
条件付きの無料だなんて、安倍首相の話では全然思えませんでした。
教えていただいて、ありがとうございます。
--------------
アベさんの話だけを聞いていたら、
日本語が堪能な中国人老師も
「日本国民はどんなに幸せなことか」
と勘違いしてしまうということが分かりました。
たぐい稀な嘘つき力ですが、
何度も何度も聞いている日本人はもうそろそろ気がついてきましたかね。
 
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「国慶節休暇は今日まで・明日からは冬時間」No.2444

2019-10-07 22:27:54 | 中国事情

  

今日は卵焼き・焼き豆腐・ソーセージと「KeTa」(ロシア語)の握り寿司作りにトライしました。

国慶節休暇はずうっと3年生の殷雪珂さんのスピーチ特訓をして過ごしました。

日本語学部の学生でこの休暇に家に帰らなかったのは

殷雪珂さんと張新禹さんだけなので、

一度親子どんぶりをご馳走しましたが(ご馳走ってほどでもない)、

Alex先生(ロシア系)にスモークサーモンの一種「KeTa」というのを

注文してもらったのが届いたので、

今日は殷雪珂さんの特訓打ち上げで握り寿司を作りました。

ルームメイトの薛梅婷さんも午後に戻ってきたので合流し、

3人で流れ作業をして大量のお寿司を作りましたよ。

一昨日作ったカレーも残っていたので振舞ったところ、

お寿司よりカレーの方が美味しかったみたいです


明日から冬時間割で、今まで2時間半あった昼休みが2時間しかなくなります。

(「2時間もあるのか!」と日本の人たちは言うでしょうけどね)。

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「動画・古館伊知郎が訴える緊急事態条項の危うさ」No.2443

2019-10-07 05:45:13 | 民主主義について

「知らなかったんだ!」

「いいや、あなた方は知っていた。」

今もなお他人事のように思っている日本人が多い

憲法改正4項目の緊急事態条項ですが、

その危険性の一端を現在の香港の事態が私たちに示しています。

そして過去にその条項の行き着いた果てを教えてくれているその例が

ドイツにおけるナチス党の独裁による国民の大災難です。

古館伊知郎さんが3年前にドイツに飛んで貴重なレポートをしています。

この動画は過去において緊急事態法が何をもたらしたのか

忘れないようにするためのたいへんいい資料だと思います。

 ↓   ↓   ↓

古館伊知郎が訴える緊急事態条項の危うさ 

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「マスクで逮捕・緊急状況条例、他岸の火事ではない」No.2442

2019-10-07 02:05:01 | 民主主義について

2019年9月6日、マスクをつけて平和的にデモをしている

若者から中高年に及ぶ広汎な香港人たちに向けて

香港警察は催涙弾を撃ち放ち、多数を拘束したとのことです。

「マスクで顔を隠すことを禁ずる」と緊急状況条例で決めたので

このデモは規則に反しているのですと。

だから催涙弾もO.K.だし、拘束・逮捕も合法なんですと。

逮捕された人は、最大禁固一年から罰金34万円科せられるそうな。

今、香港行政府は民主主義に縄をかけ、

民主主義を罰しています。

香港のリーダーのバックには、もちろん北京政府がいるのです。

しかし、

「あの国はとんでもない国だね、やっぱり」と言うなら、

同じ視点で私たちの国をも同時に見ないと公平ではないでしょう。

日本でも自民党が「憲法改正」四項目案のなかに

緊急事態条項を掲げていますね。

これは香港政府のように、行政府が勝手に規則を決めて

国民の行動を制限したり、お金を没収できるものです。

マスクもだめ、プラカードもだめ、デモそのものもだめ、とまあ、

すき放題に国民を縛ることができる恐ろしい条項です。

もちろん、自民党はその条項設置の理由として、

いつものパターン「テロ・災害対策」と言っていますさ。

しかし、運用は全て政府の手に委ねられているんですからね。

息をするように自然体に嘘がつける稀有な才能の所持集団、

あのアベ晋三政権を頭に思い浮かべてごらんなさい。

いっくらでも私たちはテロリストにされるし、

普通に暮らしていることが緊急事態だと決めつけられますよ。

憲法「改正」とか言うんだから、

きっと正しく改めてくれるんだろうと

赤ちゃんが大人を信頼するように政府を信じてはいけませんよね。

 

今、ここ中国で私が毎日、毎晩、

自分のブログにアクセスするのにも苦労しているのは

国家による情報コントロール以外の何物でもありません。

緊急事態だと政府が決めたら、こんなこともお茶の子さいさいなのです。

  ↓      ↓      ↓      ↓

 

 

 

 

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れいわ新選組の公約『保育士・介護士を公務員に』」No.2441

2019-10-06 02:22:22 | 政治

公務員に対して世間の否定的な声を聞くたびに、

自分も公務員の端くれ(公立学校教員)だった私は、

(公務員と言ったって超高給取りはごく一部の国家公務員ぐらいなのに…

と、ムカムカします。

だってね、今振り返っても、

早朝から晩まで平均12時間労働は非常にハードで、

週末の土曜日午前中は毎回寝込むぐらいだったんですよ。

さらに毎晩、夢の中でまで授業のアイディアを考え、

思いついたらガバッと起きて枕元のメモ用紙に書き込んだり、

週一の文集発行をしたりとかの日々を振り返り、

(公共のために身を粉にして一生懸命働く者を

なんで『既得権を持つ特権階級』とか言って攻撃すんねん)と、

現場の奮闘を知ろうともしない大阪維新の橋下徹たちの言動を

思い出すだに腹が立ちます。


山本太郎「れいわ新選組」の緊急政策公約には

「公務員をもっと増やします」とあります。

れいわ新選組の資料を見ると、

日本の公務員数は各国と比較して、異常に少ないです。

特に、人手不足の保育士さんや介護職員を公務員にするという提案は

利用者、働く者の双方にとって

本当にグッドアイディアじゃないですか。

雇用の安定は景気回復にも繋がりますよ。

 

れいわ新選組が公約として掲げる「公務員を増やす」誤解が多いこの公約について山本太郎は明確な回答を持っていた

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「幼保無償化は消費税(鞭)に対する飴になるのか」No.2440

2019-10-04 23:27:50 | 日本事情

幼保無償化とはザックリこういうことなんですね(下の図)。

www.jiji.com

1:認可・認定された保育園・子ども園と幼稚園に通う3~5歳の子が対象で全額無料。

2:無認可保育所や一時預かり、ベビーシッターなどは上限付き補助金支給。

3:0~2歳児は非課税世帯のみに適用。

 

私の子ども2人も今では一人前の大人になり、

そのうち一人は結婚して子どもを産んだりしていますが、

0歳児から小学校に入学するまで、ずっと保育所にあずかってもらっていました。

当時でも2人の子どもの保育料の合計は○万円レベルの高い額で、

その数字を見るたびにムカムカしていたものです。

幼保無償化は働く親たちにとってどんなにホッとするものでしょう。

(それが鞭の消費税に対する飴効果を狙ったものだとは言え)

アベ首相、辞める前に一つぐらいはいいことするなあと思い、

いくつかの記事を読んでみました。

しかし、親たちの喜びの声はあんまり伝わってきません。

逆にプンプン怒っている人がたくさんいるじゃありませんか。

(なんで怒ってんの?)と読み進むと、その訳がわかりました。

保育所に絞ってみると、

その1認可保育所に入れた世帯はいいが、入れなかった世帯は、事故の割合が認可の20倍という悪条件の無認可施設に預けざるを得ない。その無認可の場合、全額無償の対象から外れるという踏んだり蹴ったりの理不尽さ。税金は同様に払っているのに!

その2補助金が出ることで働きたい親は増えるだろうが、認可保育所が増えない限り、待機児童数がますます増えるだけである。保育士の数も日本は世界一足りない。まず、保育所を作り、保育士を増やすべきだろう。

その3経営者側が補助金給付に便乗して利用料を値上げするケースが目立つ。補助金は国から出るとは言え、元々は税金。消費税を上げて給付金にまわしたら、経営者がこれ幸いと便乗値上げって、余りにも卑しいんじゃないですか。

とまあ、ざっくりこんな感じです。

しかも、今回の無償化は諸外国が実施している「幼児教育の無償化」とは

かけ離れたただのバラマキ。

いつものアベさんの手法が遺憾なく発揮された感満載です。

 

 

 

 

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「中国で日本の保育料無償化が話題になった」No.2439

2019-10-03 23:53:38 | 中国事情

  ↑このかわいい写真はyahooニュースから借りました。


「消費税が10%になっても、幼稚園・保育園料が無償化されたら

働く両親は大喜びじゃないですか」

これは、昨夜ディナーに招待された席での

中国人老師(先生のこと。若くても「老師」です)の言葉です。

その30代の先生(男性)は

5歳の子どもの育児を自分の母親に委ねています。

「もし頼まなかったら、

『どうして私に孫の世話をさせないのか!』と激怒しますよ。」

とのこと。

孫の面倒を見る中国の祖父母の年代は50代~70代です。

日本でこんなことを言う同年代の祖父母は、普通居ませんよね。

保育施設が社会全般に拡充しているからですが、

中国の多くの地域では未だ保育施設はほとんど、或いは全くない状態です。

ここ山東省菏澤市はどうですかと聞くと、

「全くありません」ときっぱり言われました。

お金持ちはベビーシッターを雇うそうですけどね。

保育施設がないことが当たり前の世代は、

「年老いたら孫の世話をするのが幸福なのだ」という伝統的な考えを

自然に受け止めています。

しかし、30代の若いお父さんであるその老師は、

「自分が歳を取って、孫の世話をすることだけが喜びだというのは

なんか、嫌ですね~。自分のやりたいことを楽しみたいです」

と言います。

個人として生きる考えが次第に浸透してきているのを感じます。

その一方、

「日本人は冷たい。年老いた祖父母を放置しています。

中国人には家族愛がありますから必ず同居します

日本人には真似ができないでしょう」

という声を同世代の別の老師の口から聞いたことがあります。

その皮相で浅薄なものの見方には(よくそれで教師が務まるな)

と辟易するのですが、

中国ではけっこう一般的な意見のようです。

日本だって大家族でしたよね、資本主義経済が都市と農村を分断し、

「金の卵」の若者たちを都市に移住させ、親から子を遠ざけるまでは。

その分断が核家族化を拡充させると同時に、

小さな箱の中の自由と個人主義的志向性を強めたと私は思っています。

私は、中国でも10年~20年後には都市を中心に

核家族化が進展すると見ています。

そして、中国人もそうした形態を

一概に「冷たい」と断罪できなくなるでしょう。

(保育料無償化で日本の両親が大喜びしているかどうかは、

ニュース記事をチェックしないと分からないので、

中国人老師にはまだ返事をしていません。

今のところ、喜びの声はそんなに聞こえないんですけど)。

 

 

 

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