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フーガの技法は宇宙の技法




イングランドに戻り、Sir Andras Schiff (以下アンドラース・シフ卿)のリサイタル、バッハの『フーガの技法』を聞きに。

わたしは彼がリサイタルの合間に繰り広げる、ユーモアと皮肉混じりの小話を愛するものだが、今回はなんとなかったんですよ! それが!


だから、わたしが話すことにする。

西洋音楽において、対位法が重要なのは、音楽の構造と発展の基礎であり、単なる技法ではなく、独立と調和を両立させる原理だからである...
というのはわたしでも知っている。

あ、ここで目が文字の上を滑りましたか。
抽象的で説明が難しいときは、例えば、「建築は凍れる音楽」とはゲーテかシラーだかの名言であるから、建築を例に考えてみよう。
専門家はこういう卑近な話はしないだろうし...

対位法を 「建築」 に例えると、「柱」「壁」「天井」が独立していながら、全体として完璧なバランスを持つ設計」のようなものであろうか。

モノフォニー(単旋律)は、 最小限のシンプルな小屋風、初期キリスト教建築やゲルマン・ケルト系の建築であるとする。
ホモフォニー(和音中心)は、重厚だが、構造は単純なロマネスク様式ということになろうか。
ポリフォニー(対位法)になると、 柱・アーチ・装飾がそれぞれ独立しながら全体で調和するゴシック建築やルネサンス建築である。

バッハの音楽は数学的な美を持ち、全体に自然で美しい建築物のようなもの。
フーガは、ひとつの主題がさまざまな形で登場しつつ、全体の「建築」が完成していくイメージに近い。




そういえば、アンジャン・チャンタジー『なぜ人はアートを楽しむように進化したのか』の第9章「数の美しさ」にはこういうくだりがあった。

「美しい数学は隠れていたものをあらわにする。簡明で、仮定を最小限しか使わず、新たな洞察でわれわれを驚かせ、他の問題も解けるように一般化する。」

「オイラーの等式は、多くの数学者によって最も美しいているだと考えられている。」

「オイラーの等式が美しいのは、簡潔でありながら驚くほど包括的だからだ。」

「ユルゲン・シュミットフーバーは、美しい数学が隠れた規則性を明らかにするという考え方を、データ圧縮の認識という形でとらえ直した。」

「われわれは、データ圧縮を認識した時に快感を経験する。あまりに規則的なものは、明白なので美しく感じられない。逆に複雑すぎて規則性がないものは、カオス的で手に追えないので美しくない。」



シフ卿の演奏は、音の選択が極めてクリアで無駄がなく、バランスが完璧であり、対位法が明瞭、淡々と進むだけではなく、内在するエネルギーがすばらしい。
「少ない要素で最大の効果を生む」 という点で、彼の演奏は建築だけでなく 数学的な完全性 にも通じる。
まさに 「バッハの音楽そのもの」 を体現した演奏だった。

宇宙という万華鏡が縮んだり、開いたりするようで、小さい己が、無限とつながるように感じる夜だった! 


Sir Andras Schiff
Bach Die Kunst der Fuge、BWV 1080
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