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もし世界からお祭りがなくなったら




わたしが住んでいるイングランドは現在2回目のロックダウン中である。

12月2日には予定通りに明けるが、移動や会合の増えるクリスマスを控え、ティア・システム(地域ごとの感染者数の多寡などでルールに強弱をつける)に移行するとの発表が一昨日あった。

昨日の数字を見ると、英国内全体で24時間の感染者が17555人、死者は498人。死者の累計は6万人に近づいている。

クリスマスを1ヶ月後に控えてのこの数字に、わたしは、「新型コロナ感染者数を減らすのが喫緊なのだから、今年の一回くらい、クリスマスがなくてもいいんじゃないの」と考えたのだが、「お祭りをなくすと何が起こるか」に関してのとても興味深いエッセイを思い出した。


そちらを紹介する前に...


英国は料理がまずいことで有名である。
これは人の嗜好によるとか、好きに塩をかければおいしいとか、そう言う次元の話ではなく、ほんとうにまずい(笑)。
味がない塩、うまみの抜けた魚、イーストの香りなきパン、焼きすぎただけの肉、プラスティックのようなチーズ...「素材のうまみ、奥行き、香り、食感がない」ものが多い。だから素材同士が良さを引き立て合うこともない。

海峡を隔てただけのヨーロッパ大陸にはおいしいものがたくさんあるのに、いったいなぜなのだろう...美食で有名なベルギーから引っ越してきた10年前以来の関心ごとである。

いったい英国には何が起きたのか(あるいは起きなかったのか)。


以前にも書いたことがあるが、わたしはシロウトなりの考えで、16世紀のヘンリー八世(エリザベス一世の父親で、6度結婚したあの人です)の宗教改革が元々にあるのでは、と思っていた。

この宗教改革は、ローマ教皇を頂点とするカトリック教会から離れることで、国内の法治を教皇から独立させ、国王を唯一最高の首長とする英国国教会を発足させた。

この宗教改革の結果、800以上の修道院が解散され、その財産は王室に没収された。結果、土地の5分の1が王室の所有になり、後に市民に売却されて、土地に所有者の名札がついた。

修道院や教会というのは、信仰の場であるだけでなく、知の殿堂、研究所、シンポジウムや教育の場、祝祭や儀式を司る施設でもあった。

そういった施設が地方から一掃されることによって、知識の蓄積だけでなく、文化や伝統までが地方から失われてしまったのではないか。

もちろん、この時代に全てが一挙に失われたわけではない。しかし、この後、徐々に知識や文化は先細り、産業革命の時代に共同体自体が散り散りになってほとんど消滅してしまったのではないかと考えたのだ。


以前にも何度か、英国内では文化も経済もロンドンが総取りして、地方にはほとんど何も残されていないのはなぜなのかという素朴な疑問について書いたことがあるが、この現象も、地方の知の殿堂としての修道院や教会が消えてしまったことが原因のひとつになっているのではないか...

と、ここまではわたしが蜂の頭で考えたことだ。



ここでやっと上で書きかけた「『お祭りがなくなると何が起こるか』に関してのとても興味深いエッセイ」、小野塚知二先生の「産業革命がイギリス料理を『まずく』した」から一部抜粋を紹介する。『文藝春秋Special』2017年季刊秋号に掲載されたものだ。

とてもおもしろいので興味のある方は全文をぜひ(現在も電子図書などでも購入化)。


「農業革命により、資本主義的農場経営が導入されると、村も祭りも消滅し、下層階級が豊かな食と音楽・舞踏を経験し、その能力を涵養する機会も失われた。食の能力は学校や教科書では伝授しにくい。豊かな食を大人たちとともに作り、食べる現場を、幼い頃から祭礼のたびに何度も経験して、はじめて食の能力は涵養される。それゆえ、産業化の過程で村と祭りを破壊したイギリスは、培ってきた食の能力を維持できず、味付けや調理の基準も衰退して、料理人の責任放棄が蔓延することとなった。他国の農業革命はイギリスほど徹底的に村と祭りを破壊しなかったので、民衆の食と音楽の能力は維持されたのである」

英国の料理が貧しいのは、19世紀の囲い込みによって農村共同体が崩壊し、村と祭りが消え、文化とその担い手を失ったことによる。

文化というのは、祝祭など特別の機会を通じて共同体内で継承されていくものなのだ。


だから、わたしが一昨日、うかつにも「一回くらいクリスマスがなくなっても大したことないんじゃない」というのは、英国ではあまりにも縁起が悪い...

クリスマス・プディング、七面鳥の丸焼きとスタッフィング、芽キャベツ、ミンス・パイ、ハムの丸焼き...のメニューを絶やすことなく、今年も家族内で継承していってほしい。
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