五感で観る

「生き甲斐の心理学」教育普及活動中。五感を通して観えてくるものを書き綴っています。

夢を描くこと

2012年10月20日 | 第2章 五感と体感
幼い頃から、空想とか想像とか、ひとりで頭を巡らせ、いろいろなイメージを思い浮かべていた私は、空想妄想は私にとって当たり前でした。

出歩いている途中に、ちらりと見た風景が忘れられず、改めてその場に佇み、その風景を五感で観ることは、3歳くらいから私が普通にしていたことです。

神社の大きな銀杏の木、
自分の背丈よりも高い稲穂、
田んぼ一面の蓮華の花、線路の鉄のカーブ、
永平寺の静寂な杉木立の境内、
台風が去った後に見た太平洋、
瀬戸内海の凪いだ海、
山道の森、
初めて降る雪を見た時、

5歳くらいまで記憶している風景は、思い込みのもの?も含めて数知れずあります。見たものだけでなく、匂いとか、音とか、感触とか、味覚とか、つまり、五感で自ら体感したものの記憶は、私の想像の大切な源です。

時々私はずっと旅している気分になるのですが、多分、それは、見てきた風景をいつもいつも心に留めようと意識する習慣を幼い頃から身につけてきたせいだと思うのです。

心に留めたことを、この7年ブログで書き綴ってきました。

五感で感じたことを表現することを20代までは絵に描いたりしていましたが、心理学の学びをするようになってからは、もっぱら言葉で表現するようになり、それが自分にとっては一番自分の表現方法として相応しいことを段々と思えるようにもなってきました。

昨日の雪谷の勉強会では、講座生の皆様と
幸福な場所に居る自分のイメージを語って頂きました。お一人お一人の言霊はその人の宝物だと、昨日もしみじみ感じました。

自分がイメージすることは、生まれてから今日までの生育史の賜物と言えそうです。

イメージすることができないと、私は毛穴がふさがったような閉塞感を感じます。イメージできると、どこまでも広がっていくような開放感を感じます。

その喜びを知っているから、きっと想像したり、妄想したりして自分を開き、自分自身を生かしているように思います。

夢を描くことは、どんな状況でも可能なことですが、夢を描くために必要な五感を磨くことは生きている間に課せられた自分の修業かもしれません。そして、その面白さを知ったことが、私の生きる喜びと繋がるように思っています。

五感を大事にしてこそ、描くことのできるのが夢かもしれません。

クリック応援お願いします♪「生き甲斐の心理学/五感で観る」
人気blogランキング
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする