五感で観る

「生き甲斐の心理学」教育普及活動中。五感を通して観えてくるものを書き綴っています。

火を拝む

2012年10月23日 | 第2章 五感と体感
暖炉に薪をくべながら燃える炎を見つめていると、いつの間にか時が経っていきます。
燃える火は、生命の源のようにも見えますし、魂のように見えることがあります。

3月に行われる東大寺二月堂の修二会は有名ですが、松明を灯し生きている私達が祈願する「行」は数知れずあります。

昨日は鞍馬の火祭りだったそうです。いつかは行って観たいなぁ…、と思うのですが、あの狭い山道と、決して多くの人数を運ぶことができない叡山電鉄を想像すると、とてもとても大変そうだな、、、と思うのが本音です。

私の狭い情報では関東で行われる秩父の夜祭り(12月)とか、富士の火祭り(8月末)を知ってはいるのですが、あの狭い鞍馬の山路を走る炎を想像すると、やっぱり行って観たいなぁ~~と思うのです。

ゾロアスター教(拝火教)というのは、人の本質を上手く捉えているし、そこから繋がっているであろう真言宗も護摩を焚きます。源氏物語では、六条御息所が葵上に嫉妬し無意識に呪う事で、護摩に落とすケシの実の香りが髪に浸み混みその臭いに苦しみます。

空海が火を拝み、その火が消されず灯され続けている宮島の弥山の堂も1100年以上の歴史があると云われています。

炎を拝むことを続けてきた人の魂は、生きてきた人の魂を炎と置き換えることで、炎が魂そのもののように見えてくることは、私にとっての真実であると、思い続けています。

役行者に空海、最澄、そして平安貴族の人々のいまようの想い、陰陽思想、それらの只中に生きた清盛や西行法師…
そして、質実剛健な鎌倉の反動形成のような室町、そこで現れた観阿弥、世阿弥…。そして、織田信長や豊臣秀吉の出現によって重ねられてきた文化、そして江戸時代。。。歴史の跡を辿る芭蕉…。

重ねられて覆いかぶされてきた華美なものをはぎ取っていくと、結局はシンプルなものだけで成り立っていることに気付くのです。

地、水、火、風、空。。。

人が生きていくのに必要な、かつ最も尊いものはこれでしょうし、その中で生かされている「魂を想う人」の存在が、イコール地球という存在の意味なのかもしれない、と、、、思ったりしています。

火を拝み、自分の内から魂を感じることを大切にした暮らしを営んでいきたいものです。

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