美術でも音楽でも文章でも、表現することの焦点が絞れていないと、他者には伝わりにくいものです。
とはいえ、絞った焦点だけを表現したところで、他者に伝わるかと言うと、それも難しいのが現実です。
「他者の解釈」はこの際気にせず、「自分が今何を表現したいのか」のみに焦点を当ててみると「表現したい事の焦点」がすっきりとしてくるのです。そうしないと「表現」はできません。
私自身毎日ブログを書く時も、いつも気に掛けているのはこのことです。
掛け軸を仕立てる時も同じです。
本紙(作品)に何を着せるか、と考える時、合いもしない裂(布)を気に入っているからと言って使うわけにはいきません。
裂が本当に気に入っているのなら、その裂を見せるために、その裂を本紙として掛け軸を作れば良いのです。
文章についても同じことが言えます。
何を伝えたいのか。。。ということをせめて3行で伝えることができれば良いのでしょうが、
相手に読んで欲しいことを2つ以上書いてしまうと、読んだ相手は、当然自分の中で都合の良い、または、都合の悪いことだけに目が行ってしまい、ほんとうに伝えたい一つの事を読んでくれなくなります。
表現したいものの焦点を察することができれば、唖吽の呼吸で伝える言葉は最小限て済むはずです。
でも、それが、なかなか思い通りに伝わらないのが世の常というわけです。
あれこれ言っても、この人には伝わらないないなぁ・・・、と思うのであれば、相手に求めるだけでなく自分のアイデンティティ(信念や信条や軸となっているもの)を明確に伝えることが、最終的に一番大切なことであるように思います。
そこから先は、他者が自分で判断していくしかないのです。関わる私は何もすることができません。
他者の解釈や判断は、その人の尊い生育史そのものであり、人の身体は神の神殿であるのですから。
うーーーん。。。
表現したいものの焦点が絞れた「今日のブログ」であるかは、読んだ皆様にお任せ致します^^;
…
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「他者の解釈」はこの際気にせず、「自分が今何を表現したいのか」のみに焦点を当ててみると「表現したい事の焦点」がすっきりとしてくるのです。そうしないと「表現」はできません。
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掛け軸を仕立てる時も同じです。
本紙(作品)に何を着せるか、と考える時、合いもしない裂(布)を気に入っているからと言って使うわけにはいきません。
裂が本当に気に入っているのなら、その裂を見せるために、その裂を本紙として掛け軸を作れば良いのです。
文章についても同じことが言えます。
何を伝えたいのか。。。ということをせめて3行で伝えることができれば良いのでしょうが、
相手に読んで欲しいことを2つ以上書いてしまうと、読んだ相手は、当然自分の中で都合の良い、または、都合の悪いことだけに目が行ってしまい、ほんとうに伝えたい一つの事を読んでくれなくなります。
表現したいものの焦点を察することができれば、唖吽の呼吸で伝える言葉は最小限て済むはずです。
でも、それが、なかなか思い通りに伝わらないのが世の常というわけです。
あれこれ言っても、この人には伝わらないないなぁ・・・、と思うのであれば、相手に求めるだけでなく自分のアイデンティティ(信念や信条や軸となっているもの)を明確に伝えることが、最終的に一番大切なことであるように思います。
そこから先は、他者が自分で判断していくしかないのです。関わる私は何もすることができません。
他者の解釈や判断は、その人の尊い生育史そのものであり、人の身体は神の神殿であるのですから。
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