五感で観る

「生き甲斐の心理学」教育普及活動中。五感を通して観えてくるものを書き綴っています。

子の巣立ち

2012年10月24日 | 第2章 五感と体感
「子供に愛情を注ぐ」

といっても、人によって「愛」を示すことの概念が違うので、注ぎ方はひとそれぞれです。

「愛」という普遍的な言葉は、テーマにするには大きすぎますが、生きている私達が必ず抱えているテーマでもあるわけです。

「我が子に超えられちゃったな。。。と、思ったのはいつごろでしょう?」という質問を、先日の勉強会でしてみました。

そもそも我が子に超えられた?という質問は、我が子に超えられていないと思っている人には嫌な質問かもしれません。
でも「嫌な質問だ」と思うときの、嫌な感情を意識化してみると、自分の傾向も同時に浮き上がってくるのでは、とも思います。

さて、
この質問をしてみると「子の時期」は、様々です。

中学生と言う人もいれば、高校生という人もいます。就職してから、という人もいれば、何かのきっかけがあった方もいらっしゃいました。

我が子に超えられた

という考え方は、本当に子供が親を超えたと意識していることとは違います。あくまでも母親が「子に超えられちゃったな」と思う自分自身の概念のことです。

最近、つらつら思います。

そろそろ大学を卒業する我が子の子育てを振り返り、いろいろな反省点もありますが、我が子が母親である私という存在から離れることをボチボチし出したのは、中学2年生くらいです。友達4人で、飛行機に乗りアメリカのサンノゼでホームステーさせていただいたことがあります。好き放題の2週間の中で、年上のお姉さん達との会話や放ってくださったサンノゼのママ、4人の共同生活でのあれこれ。。。いろいろあったようですが、帰国するなり、「こんな愉しい日々は今までなかったし、長年の肩こりがなおったよ、」と言われ、プチショックを受けたものの、自分の道を歩きだしたんだな、という嬉しい思いも同時に湧いてきたことを思い出します。

もともと、指のおしゃぶりを止めさせたいな、、、と、思った時に、子供に「そろそろ止めようよ」と言うと、2歳の誕生日の日から、ぱったりしなくなったり、小学校6年生の誕生日に「今日から、パパとママはやめてお父さん、お母さんと呼ぶから」と言われ、その日から一度も呼び間違えなかったことで、意思の強い子だな、、ということを私の中で意識化できたきっかけとも言うことができそうです。

我が子の傾向に心配を増長させるか。

我が子の傾向に将来を託し信じるか。

この選択は、母親は意識無意識に関わらず、常に測り、なんらかの行動をおこしているはずです。

子の巣立ちの形は、人によって違います。。。

人がいろいろな理想と現実の狭間に立たされ悩むことは、健全な証拠であるし、悩むことで答えを求めようとする情動は、いくら親でも手を貸したところで納得する答えを本人が見出すことは難しいと思うのです。

とにもかくにも、「人と成る」ことを見守るのが、私の役割でもあることを忘れてはならないことを心に留めていたいものです。

「人と成れ…」という、某学校の校訓を改めて思い出し吟味しています。

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