五感で観る

「生き甲斐の心理学」教育普及活動中。五感を通して観えてくるものを書き綴っています。

体内時計に回帰する

2012年11月04日 | 第2章 五感と体感
東京や横浜、湘南あたりが私の主な生活の場所なのですが、今年は見事な早さでクリスマス商戦に入ったことに、驚いています。

10月31日のハロウィンのデコレーションが一気に片付けられ11月に入ると同時にクリスマスデコレーション。
キリスト教祭事の都合の良いところだけに焦点を当てた日本の商の商戦は、あたかも日本の祭事であるかのような錯覚を覚えさせ、戦後生まれの私達は、いつしかこの祭事に違和感を持たなくなるようになりました。

「祭があるとそこに人が集まる」という人の習性を利用しているだけに過ぎないのですが、その祭は祭事は無く催事であるわけで、本来の祭が忘れ去られていくペースは、温暖化が進むことと比例しているように思います。

神無月から霜月となり、秋が深まってくると、冬支度も急かされてくるのが、雪深い地方での習慣でしょう。

キリスト教では、収穫祭が終わり、11月2日の死者の日を祈り、11月最後の日曜日から待降節が始まり、クリスマスを待ち望みます。

日本では、稲の収穫が終わる頃から各神社で神楽の祭事が行われ、来年の収穫を占ったり、今年の収穫を喜び合ったりして、神様に奉納します。春から秋までの疲れを癒し湯治に出かける方も昔は多くいらしたはずです。

収穫したものを蓄え、これから寒くなり長くなる夜を過ごすためには、動くことのできる季節を大切にします。

本来、自分が持っている体内時計を大切に、煽られることなく、惑わされることなく過ごそうと思ったら、やっぱり天を仰ぐくことが大事なことなのかもしれません。お天道さまは、地上に生きている私達を見ていらっしゃるし、お天道さまを大切にすることは、森羅万象の成り行きを大事にすることと同じでもあるように思うからです。

どんなに悲しいことがあった日でも、嬉しいことがあった日でも、天を仰ぐと決まった場所に月や太陽や星が見えるのですから。普遍性の中に生きている自分を思うと、自分の体内時計に回帰することができるのです。

体内時計に回帰するということは、静かに休むことではなく、森羅万象と共に生きる本来の自分の時計に戻る、ということです。

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