■メイン写真
二つ岩(両童子岩)。制多迦童子と矜羯羅童子を表す。
■今回のコース
車止めゲート→前鬼小仲坊→閼伽坂峠→P1185→二つ岩(両童子岩)→五鬼熊住居跡→
前鬼小仲坊→車止めゲート
京阪神から日帰り圏内で、どのあたりの山まで行けるのか、いつも考えている。
交通機関での移動時間が長ければ、歩行に回せる時間が減るのは当然のこと。
ほとんど1日中、クルマに乗っていましたというのも、なんだか違う。
いろいろ検討して、今回、山頂には達しないが、インパクトのある山行を見出した。
前鬼林道の展望所から、不動七重滝を眺める。
車止めの近くに駐車し、そこからは舗装林道を徒歩で行く。
アケボノソウがまだ咲いていてくれた。
前鬼の小仲坊に到着。
この日は、下北山村のイベントがあったようで、クルマが上まで入り、宿坊の主・五鬼助さんの
姿もあった。以前、泊めて頂いた御礼を述べ、トイレ(有料)お借りする。
お変わりなく、かくしゃくとしておられた。
行者堂では山伏が読経中。ここは大峰第29番靡でもある。
この日の歩行ルートは"変化球"。
まずはミツマタ群落を抜け、トラバース道を緩やかに登り、閼伽坂峠へ。
小さな祠がある。峠に出ると、向こうから冷たい風が吹きあがってきた。
森の深さを感じられる閼伽坂峠尾根。釈迦ヶ岳東面の岩峰群「五百羅漢」を見上げ
ながら登っていく。
モミの巨樹もちらほら。
ヒメシャラは標高1100mあたりから、尾根の南側に若い純林が広がる。
これはお見事、必見である。
今年の紅葉は各地ともいまひとつといった印象だが、中には美しく色づいているのもある。
天を衝くような三角形の大日岳が見えてきた。
マグロの頭のような形の岩。
ずいぶん登ってきたが、やがて前方に岩壁が現れる。最後は急峻な鎖場だ。
細心の注意を払い、難所を突破する。登りきると、奥駈道、二つ岩(両童子岩)の直下に出る。
二つ岩(両童子岩)に到着、制多迦(せいたか)童子と矜羯羅(こんがら)童子は、
ともに不動明王の眷属(従者)で、八大童子の第8番、第7番に位置する。
ここからは、前鬼へ下る奥駈道をとる。第30番靡の千草岳の大岩壁を見ながら、
木製階段を下る。この木製階段は、長々と断続的に現れる。
滑って転倒する事故も起きているので、気は抜けない。
フクザツな根っこの木。おもしろい。
涸れた谷筋に下りてくると、トチの大木などが目立つようになる。
2度、涸れた沢を渡り、紅葉も楽しみながら下る。
古い石畳の道に変わると、昔の宿坊跡の石垣が出てくる。
前鬼にはかつて、役行者の従者だった前鬼と後鬼の"鬼の夫婦"の子孫が営む5つの宿坊があった。
それぞれ行者坊、森本坊、中之坊、小仲坊、不動坊といい、五鬼継、五鬼熊、五鬼上、
五鬼助、五鬼童の5家が守ってきた。
五鬼熊、五鬼上、五鬼童の3家は、明治政府の修験禁止令による修験の衰退により
宿坊をやめて里を出た。五鬼継家は1960年代に廃業し、現在は五鬼助家のみが
宿坊を続けている。
そういう歴史を思いをはせながら、この石垣群を眺めると、感慨もひとしおである。
帰りは下北山の道の駅で小腹を満たし、なんとか明るいうちに大和上市駅に戻れた。
二つ岩(両童子岩)。制多迦童子と矜羯羅童子を表す。
■今回のコース
車止めゲート→前鬼小仲坊→閼伽坂峠→P1185→二つ岩(両童子岩)→五鬼熊住居跡→
前鬼小仲坊→車止めゲート
京阪神から日帰り圏内で、どのあたりの山まで行けるのか、いつも考えている。
交通機関での移動時間が長ければ、歩行に回せる時間が減るのは当然のこと。
ほとんど1日中、クルマに乗っていましたというのも、なんだか違う。
いろいろ検討して、今回、山頂には達しないが、インパクトのある山行を見出した。
前鬼林道の展望所から、不動七重滝を眺める。
車止めの近くに駐車し、そこからは舗装林道を徒歩で行く。
アケボノソウがまだ咲いていてくれた。
前鬼の小仲坊に到着。
この日は、下北山村のイベントがあったようで、クルマが上まで入り、宿坊の主・五鬼助さんの
姿もあった。以前、泊めて頂いた御礼を述べ、トイレ(有料)お借りする。
お変わりなく、かくしゃくとしておられた。
行者堂では山伏が読経中。ここは大峰第29番靡でもある。
この日の歩行ルートは"変化球"。
まずはミツマタ群落を抜け、トラバース道を緩やかに登り、閼伽坂峠へ。
小さな祠がある。峠に出ると、向こうから冷たい風が吹きあがってきた。
森の深さを感じられる閼伽坂峠尾根。釈迦ヶ岳東面の岩峰群「五百羅漢」を見上げ
ながら登っていく。
モミの巨樹もちらほら。
ヒメシャラは標高1100mあたりから、尾根の南側に若い純林が広がる。
これはお見事、必見である。
今年の紅葉は各地ともいまひとつといった印象だが、中には美しく色づいているのもある。
天を衝くような三角形の大日岳が見えてきた。
マグロの頭のような形の岩。
ずいぶん登ってきたが、やがて前方に岩壁が現れる。最後は急峻な鎖場だ。
細心の注意を払い、難所を突破する。登りきると、奥駈道、二つ岩(両童子岩)の直下に出る。
二つ岩(両童子岩)に到着、制多迦(せいたか)童子と矜羯羅(こんがら)童子は、
ともに不動明王の眷属(従者)で、八大童子の第8番、第7番に位置する。
ここからは、前鬼へ下る奥駈道をとる。第30番靡の千草岳の大岩壁を見ながら、
木製階段を下る。この木製階段は、長々と断続的に現れる。
滑って転倒する事故も起きているので、気は抜けない。
フクザツな根っこの木。おもしろい。
涸れた谷筋に下りてくると、トチの大木などが目立つようになる。
2度、涸れた沢を渡り、紅葉も楽しみながら下る。
古い石畳の道に変わると、昔の宿坊跡の石垣が出てくる。
前鬼にはかつて、役行者の従者だった前鬼と後鬼の"鬼の夫婦"の子孫が営む5つの宿坊があった。
それぞれ行者坊、森本坊、中之坊、小仲坊、不動坊といい、五鬼継、五鬼熊、五鬼上、
五鬼助、五鬼童の5家が守ってきた。
五鬼熊、五鬼上、五鬼童の3家は、明治政府の修験禁止令による修験の衰退により
宿坊をやめて里を出た。五鬼継家は1960年代に廃業し、現在は五鬼助家のみが
宿坊を続けている。
そういう歴史を思いをはせながら、この石垣群を眺めると、感慨もひとしおである。
帰りは下北山の道の駅で小腹を満たし、なんとか明るいうちに大和上市駅に戻れた。