■メイン写真
古代出雲ムラの神域だったというダンノダイラの磐座
■今回のコース
朝倉小学校前バス停→奥不動寺分岐→天壇跡→ダンノダイラ→磐座→アンテナ基地→
巻向山→白石の神域→高山神社→初瀬山→長谷寺参道→長谷寺駅
大和政権ができる以前から、現在の奈良桜井市で勢力をもっていたとされる出雲ムラ。
神話の時代より古いので、詳しいことは残っていないのだが、彼らの信仰の対象だったと
されているダンノダイラの磐座と、日本初の相撲伝説が残る穴師坐兵主神社の神域と
される白石の神域を、登山教室で歩いてきた。
道中にある巻向山、初瀬山のピークも踏んできた。
朝倉小学校横が登山口だ。道標はない。
古い石畳の道に入ってほどなく、ホコリタケをみつけた。
緩い上り坂が続く。台風の被害はそれほどではなかったようだが、それでも時折、
倒木が行く手をさえぎる。
稜線に出る。峠を直進すると奥不動寺に出る場所だ。
西尾根は大神神社の境内(神域)のため立入禁止の標識が立つ。
この日は東へ尾根道をたどる。
ほどなく、ダンノダイラの天壇跡に着く。
古代、多くの人々が住んでいた出雲ムラの跡だとする説明板がある。
当時の小川跡とされる溝。
小川跡の側面から6~12世紀にわたる土器片が採取されたという。
そして、いよいよ磐座に到着!
大峰山系など巨岩のオンパレードという山であればともかく、一見平凡な里山に、
いきなり大きな岩が登場するのには驚かされる。
これは古代の人々が敬ったのもうなずける。
この日、一番の急登箇所は、さっきまで降っていた雨の影響もあってよく滑る。
出雲地区共同アンテナを経て、短い笹薮を抜けると、林道に出る。
ちょうどそこにセンプリの群落があった。
ツチグリもみつかった。これもキノコなのだ。
林道から尾根道に少し入ると、巻向山の三角点ピークだ。
雑木林に囲まれた、静かな山頂だ。この日は冷たい風が流れていた。
林道に戻り、北へ進む。古いカローラの廃車がある。ネット等ではけっこう有名な場所。
林道の左側に唐突に水色の金網が出現する。
その向こうに結界と思われる縄が張られており、白石を敷き詰めた円形の土俵のような
ものがある。白石の神域である。倒木が横切っていたのは残念。
桜井市穴師にある穴師坐兵主神社は、もとは巻向山(正確には弓月ヶ嶽)の山頂付近に
あって、応仁の乱で焼失したため、現在の地に移ったという。
穴師坐兵主神社には、日本初の相撲伝説が残る。11代垂仁天皇の御代、野見宿禰と
当麻蹴速が、「神社の神域で」日本最初の勅命天覧相撲を行ったとされる。
ということは…「白石の神域」って、ひょっとして…といった空想も面白い。
続いては高山神社。龍がいそうな池に向かって、祠としては珍しい水色に塗られている。
池の名は白河迹驚淵(しらが・とどろきのふち)といって、桜井市のパワースポット
100選のひとつでもある。
初瀬山のピークに到着。
植林の中、ピークとしては物足りない地味なところ。
ここからは長い下山道になる。
倒木が幾つかあり、ササのブッシュもあるが、ルートは明瞭だ。
里に下りてきて墓地を通過すると、こんな大木があった。
坂道は簡易舗装されているが、そこに苔がついて却って滑りやすくなっている。
人の手が入ってたこの場所が、一番の難所だったという皮肉。
無事、長谷寺の参道に下山。おつかれさま!
何名かは、この機会に長谷寺にお参りしたいとのことで、ここで第一次解散。
帰りに名物の草餅を買い求める人も。
長谷寺駅から近鉄に乗って、さっきまでいた山を一望する。
昼から晴れると言ってたのに、夕方になってようやく雲が吹き飛んだ。遅いって!
※初心者から楽しめる遊山トレッキングサービスの登山教室は、「ここをクリック」!!
古代出雲ムラの神域だったというダンノダイラの磐座
■今回のコース
朝倉小学校前バス停→奥不動寺分岐→天壇跡→ダンノダイラ→磐座→アンテナ基地→
巻向山→白石の神域→高山神社→初瀬山→長谷寺参道→長谷寺駅
大和政権ができる以前から、現在の奈良桜井市で勢力をもっていたとされる出雲ムラ。
神話の時代より古いので、詳しいことは残っていないのだが、彼らの信仰の対象だったと
されているダンノダイラの磐座と、日本初の相撲伝説が残る穴師坐兵主神社の神域と
される白石の神域を、登山教室で歩いてきた。
道中にある巻向山、初瀬山のピークも踏んできた。
朝倉小学校横が登山口だ。道標はない。
古い石畳の道に入ってほどなく、ホコリタケをみつけた。
緩い上り坂が続く。台風の被害はそれほどではなかったようだが、それでも時折、
倒木が行く手をさえぎる。
稜線に出る。峠を直進すると奥不動寺に出る場所だ。
西尾根は大神神社の境内(神域)のため立入禁止の標識が立つ。
この日は東へ尾根道をたどる。
ほどなく、ダンノダイラの天壇跡に着く。
古代、多くの人々が住んでいた出雲ムラの跡だとする説明板がある。
当時の小川跡とされる溝。
小川跡の側面から6~12世紀にわたる土器片が採取されたという。
そして、いよいよ磐座に到着!
大峰山系など巨岩のオンパレードという山であればともかく、一見平凡な里山に、
いきなり大きな岩が登場するのには驚かされる。
これは古代の人々が敬ったのもうなずける。
この日、一番の急登箇所は、さっきまで降っていた雨の影響もあってよく滑る。
出雲地区共同アンテナを経て、短い笹薮を抜けると、林道に出る。
ちょうどそこにセンプリの群落があった。
ツチグリもみつかった。これもキノコなのだ。
林道から尾根道に少し入ると、巻向山の三角点ピークだ。
雑木林に囲まれた、静かな山頂だ。この日は冷たい風が流れていた。
林道に戻り、北へ進む。古いカローラの廃車がある。ネット等ではけっこう有名な場所。
林道の左側に唐突に水色の金網が出現する。
その向こうに結界と思われる縄が張られており、白石を敷き詰めた円形の土俵のような
ものがある。白石の神域である。倒木が横切っていたのは残念。
桜井市穴師にある穴師坐兵主神社は、もとは巻向山(正確には弓月ヶ嶽)の山頂付近に
あって、応仁の乱で焼失したため、現在の地に移ったという。
穴師坐兵主神社には、日本初の相撲伝説が残る。11代垂仁天皇の御代、野見宿禰と
当麻蹴速が、「神社の神域で」日本最初の勅命天覧相撲を行ったとされる。
ということは…「白石の神域」って、ひょっとして…といった空想も面白い。
続いては高山神社。龍がいそうな池に向かって、祠としては珍しい水色に塗られている。
池の名は白河迹驚淵(しらが・とどろきのふち)といって、桜井市のパワースポット
100選のひとつでもある。
初瀬山のピークに到着。
植林の中、ピークとしては物足りない地味なところ。
ここからは長い下山道になる。
倒木が幾つかあり、ササのブッシュもあるが、ルートは明瞭だ。
里に下りてきて墓地を通過すると、こんな大木があった。
坂道は簡易舗装されているが、そこに苔がついて却って滑りやすくなっている。
人の手が入ってたこの場所が、一番の難所だったという皮肉。
無事、長谷寺の参道に下山。おつかれさま!
何名かは、この機会に長谷寺にお参りしたいとのことで、ここで第一次解散。
帰りに名物の草餅を買い求める人も。
長谷寺駅から近鉄に乗って、さっきまでいた山を一望する。
昼から晴れると言ってたのに、夕方になってようやく雲が吹き飛んだ。遅いって!
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