ひろば 川崎高津公法研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

衆議院解散制限法案

2023年09月27日 11時00分00秒 | 国際・政治

 今日(2023年9月27日)の朝日新聞朝刊4面13版Sに「首相の解散権制限法案 立憲提出へ 『大義』国会で質疑」という記事が掲載されていました。気になるところですので、目を通しておきましょう。

 ここで記しておくべきことがあります。内閣総理大臣が衆議院の解散の権限を有する、上記の記事の表現を借りるならば「首相の『宣言事項』」というのは、政治的な実態の話です。日本国憲法にはその趣旨の規定がありません。むしろ、衆議院の解散は、憲法第7条第3号によって天皇の国事行為とされています。但し、国事行為はあくまでも形式的なものであり、同第3条に「天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ」と定められていることから、実質的な権限は内閣にあるということになります。従って、内閣総理大臣が衆議院の解散を心に決めたとしても、単独で解散権を行使することができず、閣議で決定すべきことということになります。この際、閣議は全会一致というのが慣習(法)であり、内閣総理大臣と異なる意向を持つ国務大臣が存在するならば、内閣総理大臣はその国務大臣を罷免することができ(同第68条第2項)、新たに国務大臣を任命して内閣の意思を統一することができます。おそらく、ここに「首相の『宣言事項』」の根拠があるのでしょう〔imidasに2014年12月5日付で掲載された、青井未帆教授の「『解散は首相の専権事項』って本当?」(https://imidas.jp/jijikaitai/c-40-093-14-12-g539)を参照してください〕。

 衆議院の解散については、長らく、第69条説と第7条説との対立が見られました。第69条説は、衆議院が内閣不信任案を可決した場合、または内閣信任案を否決した場合にのみ、衆議院の解散が許されるという見解です。或る意味で憲法の文言に忠実ですが、同条は「解散権を正面から規定したものではない」【芦部信喜(高橋和之補訂)『憲法』〔第8版〕(岩波書店、2023年)359頁〕】、つまり、解散権の実質的な所在を明示している訳ではありません。また、第69条説では「政党内閣制の下では多数党の支える内閣に対し不信任決議が成立する可能性は稀であるため、解散権を行使できる場合が著しく限定されてしまう、という問題がある」という指摘があります〔芦部(高橋補訂)・前掲書50頁〕。一方、第7条説は「解散権の所在を憲法上確実に根拠づけるためには、他の説よりも適切であると思われる(国会の召集権の場合も同様である)」〔芦部(高橋補訂)・前掲書50頁〕ということもあり、通説となっています。実務も第7条説を採っています。しかし、第7条説によると、衆議院の解散の理由は何でもよいこととなり、内閣による実質的な解散権の濫用を合憲(合法)としてしまい、違憲(違法)となる余地がないこととなります。

 〈芦部(高橋補訂)・前掲書50頁では制度説も紹介されています。〉

 さて、立憲民主党が提出しようとする解散権制限法案に話を進めましょう。同党は9月26日に解散権制限法案の要綱をまとめました。その上で、臨時国会に提出する方針を固めたとのことです。衆議院のサイトには臨時国会について何も書かれていないので、今秋に召集されるのかどうかわかりません。例年、何月何日からであったかはともあれ、秋に臨時国会が召集されてきたので、今年も開かれるということでしょう。

 おそらく、立憲民主党が法律案の提出を決めたことの直接のきっかけは、6月の「解散風」でしょう。第211回国会(以下、通常国会)の終盤のことでした。同党は、通常国会の閉会直後からワーキングチームで検討を重ねました。その結果、衆議院の「解散の手続きを定めた『手続き法案』と、選挙準備を円滑に進めるための『公職選挙法改正案』の二つの要綱を了承した」とのことです。ここに示した2つの法案が解散権制限法案です。

 立憲民主党のサイトには「手続き法案」および「公職選挙法改正案」のいずれについても記事などがないので(今後掲載されるかもしれませんが)、上記朝日新聞社記事によることとしましょう。

 まず、「手続き法案」は「内閣が7条解散に踏み切る場合、解散の予定日と理由を10日以上前に衆院に通知することを義務づけ、本会議や議院運営委員会での質疑も行うと定める。これにより、解散権行使の『大義』の是非を国会で問うことができるようになる」というものです。

 次に、「公職選挙法改正案」は「解散から投開票日までの期間が短いと自治体の準備が整わないおそれがあることから、各都道府県の選挙管理委員会などから意見を聞いたうえで選挙日程を決めることも義務づける」というものです。

 具体的な内容がわかりませんので何とも言えないところがありますが、臨時国会(今秋に召集されるならば第212回国会ということになります)に提出されたとしても、内閣提出法律案でなく、衆議院議員提出法律案または参議院提出法律案ということになりますから、可決、そればかりか衆議院または参議院で審査・審議される可能性は非常に低いでしょう。閉会中審査、未了による廃案のいずれかとなるのではないでしょうか。

 上記朝日新聞社記事では「法案作成に関わった立憲議員」のコメントとして「憲法改正はハードルが高く現実的ではない。法案提出なら他党も乗ってくる可能性が高まる」と書かれています。正直なところ、与党はもとより、野党も「乗ってくる」かどうか、疑問が残ります。憲法を改正することによって衆議院の解散事由を制限するべきであるという意見も根強いようですが、現実的ではないため、法案の作成・提出は或る意味で一歩前進とも言えます。内閣が有する、衆議院の解散の実質的な権限を法律で制約することは、憲法の趣旨に適合しない、という見解もありうるのですが、第69条が解散事由の例を示すものと理解すれば、憲法違反にはあたらないでしょう。


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