ひろば 川崎高津公法研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

寡婦(寡夫)控除のあり方

2018年05月03日 15時18分00秒 | 国際・政治

 平成29年度、平成30年度と、税制改正では「個人所得課税改革」が行われてきましたが、これこそ再検討の必要性が高いと思われるものがあります。所得税法第81条に定められる寡婦(寡夫)控除です。単純に税制の問題であるというだけでなく、子育て、保育などの問題にもつながります。

 このブログでも2014年10月21日11時06分22秒付で「川崎市の『みなし適用』」という記事を掲載しましたが、世界、少なくともOECD加盟諸国で一番と評価される程、一人親世帯の問題は深刻で、税制においても何らかの対応を迫られています。しかし、話が進んでいません。むしろ、一部の地方公共団体による取り組みが先行している状況です。その例が、川崎市で2014年8月1日から実施された「みなし適用」なのです。

 行政法においては、国より地方が先行するという事例がいくつかあります。情報公開はその典型ですが、ひとり親問題への対処もその一つなのかもしれません。

 このようなことを書いてきたのは、西日本新聞社が4月30日6時付で「同じシングルマザーなのに…「非婚の母」に冷たい税制 「不公平」の指摘にも改正先送り、なぜ?」(https://www.nishinippon.co.jp/nnp/anatoku/article/412626/)として報じていたからです。

 寡婦(寡夫)控除は、夫と別れた妻、または妻と別れた夫について適用される所得控除です。ここで「別れた」と書きましたが、生き別れ(つまり離婚)でも死に別れでも、とにかく婚姻関係が終了すればよいのです。言い換えれば、同じ母子家庭であっても、不倫が原因で夫と別れた妻Aさんについては寡婦控除が適用されるのに対し、子供はいるが何らかの理由により一度も結婚をしたことがないBさんについては寡婦控除が適用されません。

 相変わらず、六法を参照しないで講義に出ている学生が多いので困っていますが、それはともあれ、所得税法第2条は同法において用いられる用語についての定義をおいています。同第1項第30号は次のように規定しています。

 「三十 寡婦 次に掲げる者をいう。

 イ 夫と死別し、若しくは夫と離婚した後婚姻をしていない者又は夫の生死の明らかでない者で政令で定めるもののうち、扶養親族その他その者と生計を一にする親族で政令で定めるものを有するもの

 ロ イに掲げる者のほか、夫と死別した後婚姻をしていない者又は夫の生死の明らかでない者で政令で定めるもののうち、第70条(純損失の繰越控除)及び第71条(雑損失の繰越控除)の規定を適用しないで計算した場合における第22条(課税標準)に規定する総所得金額、退職所得金額及び山林所得金額の合計額(以下この条において『合計所得金額』という。)が500万円以下であるもの」

 また、同第31号は次のように規定しています。

 「三十一 寡夫 妻と死別し、若しくは妻と離婚した後婚姻をしていない者又は妻の生死の明らかでない者で政令で定めるもののうち、その者と生計を一にする親族で政令で定めるものを有し、かつ、合計所得金額が500万円以下であるものをいう。」

 ここで、先程のAさんとBさんに再び登場していただきましょう。この二人は同じ職場に務めており、給与収入は同じ200万円です。なお、子供の人数などは問わないこととします(扶養控除の額など、適用される所得控除の違いを考慮に入れると、それこそ千差万別になり、比較の意味をなさなくなるためです)。

すると、給与所得控除は78万円ですので給与所得は122万円となります。

 (∵200−〔72+(200−180)×0.3〕=200−72−6=122)

 ここまではAさんとBさんは同じです。また、両人に基礎控除が適用されますから、基礎控除を適用した後の所得金額は84万円となります。

 ここからが違ってきます。Aさんには寡婦控除が適用されますから、さらに27万円が控除され、合計所得金額(但し、扶養控除などの適用前のもの)は57万円となります。これに対し、Bさんには寡婦控除が適用されませんので、合計所得金額(やはり扶養控除などの適用前のもの)は84万円のままです。勿論、この27万円の差は小さくありません。

 平成30年度与党税制改正大綱は「働き方の多様化」を指摘していますが、社会全体に照らせばやや狭いでしょう。「生き方の多様化」のほうがしっくりくる表現かもしれません。もとより、時代が進むにつれて多様化したのではなく、最初から多様性があったのです。働き方についても同じで、多様化の指摘が意味するのは、これまでいかに社会の様々な側面を無視してきたか、または気づかなかったか、了見が狭かったか、という事実です。多様化が全くなかったという訳ではありませんが、世の中の変化はゆっくり進むために目に見えてこなかった、ということでしょう。

 ともあれ、同じシングルマザーでも婚姻歴の有無で税額にも差が出てきてしまうのです。なお、以上は国税たる所得税のみの話なので、都道府県住民税、市区町村住民税を含めていません。

 上記西日本新聞記事には、厚生労働省によって2016年に行われた調査が取り上げられています。母子家庭となった原因は、離婚が79.5%、死別が8%、非婚(未婚)が8.7%です。1983年の調査によれば、離婚は不明ですが死別が36%、非婚(未婚)が5%であったとのことですから、33年間に大きく変化したということでしょう。

 また、2016年の年間就労所得をみると、離婚した母親の世帯が205万円、非婚(未婚)の母親の世帯が177万円です。私が大分大学在職中から講義で繰り返してきた「子は親を選べない」という言葉に照らしても、また平均年収の差に照らしても、所得の多い方よりも少ない方が所得税額が多いという逆転現象が生じている訳です。

 平成30年度税制改正において、寡婦(寡夫)控除の適用の範囲を広げようという意見はあったようです。しかし、適用を拡大すれば「非婚の出産を奨励することになり、家族の在り方が崩れる」という意見が強かったために、非婚(未婚)の母親については適用されないままとなりました。

 しかし、少し考えればわかりますが、「非婚の出産を奨励することになり、家族の在り方が崩れる」という意見はおかしいと言えます。少なくとも、寡婦(寡夫)控除を非婚(未婚)の親に適用しないことへの理由にはなりません。

 第一に、「家族の在り方が崩れる」のであれば離婚も同じことです。離婚は、それがどのような理由によるものであれ、一般的には当事者である夫婦が家庭を壊すものと言えます(この点が死別と異なります)。従って、寡婦(寡夫)控除を離婚した元妻または元夫に適用するのは筋が通らないためにおかしい、ということになります。また、少子高齢化に悩んでいるならば、「非婚の出産を奨励する」とまでは言いませんが(流石に奨励する訳にはいかないからです)「非婚の出産を」保護する、というくらいの政策こそが必要でしょう。何も「家族の在り方」にこだわって少子高齢化を促進する必要はないからです。

 (書名などを覚えていませんが、「家族の在り方」にこだわる国ほど少子高齢化が進みやすいという趣旨を読みました。「なるほど」と思っています。)

 さらに記しておきますと、所得税法第2条第1項第30号および第31号の定義の妥当性も検討しておく必要があるでしょう。手元の電子辞書に入っている『大辞泉』によると、寡婦は「夫に死に別れて再婚しないでいる女性」を意味する言葉です。言い換えとして「後家」、「未亡人」という言葉が出ています。これに対し、寡夫は電子辞書版『大辞泉』に掲載されていないのですが、「妻に死に別れて再婚しないでいる男性」を意味する言葉であると理解できます。立法および改正の経緯がわかりませんが、寡婦または寡夫を「夫と離婚した後婚姻をしていない者」または「妻と離婚した後婚姻をしていない者」にまで広げるのは、国語としては行き過ぎであるとも言えます。

 税制だけで一人親世帯の貧困率などを解消または改善できる訳ではありませんが、できることはやるのが筋でしょう。寡婦(寡夫)控除の見直しは必至であると言えます。その際には、次の二つのいずれかを採るべきです。

 ①適用対象を結婚歴の無い母親または父親にも拡大する。ともあれ、扶養する子どもがいれば適用する。

 ②適用対象を狭め、配偶者と死別した寡婦または寡夫にのみ寡婦(寡夫)控除を適用する(但し、死別の原因によっては適用の対象外とする)。これに対し、「夫と離婚した後婚姻をしていない者」および「妻と離婚した後婚姻をしていない者」に対しては寡婦(寡婦)控除の適用対象としない。

 ①が最善ですが、②も検討に値するはずです。


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