ひろば 川崎高津公法研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

「議論の場」ではないというなら、一体何の場所?

2023年06月29日 07時00分00秒 | 社会・経済

 2023年6月21日まで召集されていた第211回国会において、地域公共交通活性化再生法の改正法が成立しました。その法律については、何かの機会に取り上げたいと思っていますが、とりあえずは、このブログでも何度か扱った芸備線の話題を記しておきます。6月26日14時付で朝日新聞社のサイトに掲載された「『議論の場ではございません』ローカル線存廃、JRと自治体の神経戦」という記事を参考にしておきましょう(https://digital.asahi.com/articles/ASR6Q6VJMR6PPITB00N.html)。

 今年の5月10日に、広島県、岡山県、JR西日本、国土交通省が参加する会合が開かれました。冒頭で、広島県の幹部(地域政策局長)が「芸備線の『あり方』についての議論の場ではございません」と発言したそうです。言い方によっては喧嘩腰にも聞こえますし、「それなら何の場所なのか?」と質したくなりますし、「議論の場でなければ最初から無駄な時間を作るなよ!」と言われるでしょうが、これには広島県の立場というものが隠されていた訳です。

 芸備線は岡山県の備中神代駅から広島県の広島駅までの非電化路線です。この路線の平均通過人員は区間によって極端な差異を見せています。2018年度のデータですが、芸備線の備中神代駅〜東城駅は73,東城駅〜備後落合駅は9、備後落合駅〜三次駅は196、三次駅〜狩留家駅は765、狩留家駅〜広島駅は8,052です。狩留家駅〜広島駅の区間は広島市内ですから、通勤通学路線として十分に機能しているのが広島市内だけであり、それ以外の区間は、「JR芸備線の(部分的)存廃議論が加速されるか」という記事で書いたとおり、1980年代の特定地方交通線を基準とすると、備中神代駅〜狩留家駅は第一次特定地方交通線の水準と言えるのです。備中神代駅〜備後落合駅の区間は路線バスに転換しても採算が合わないのではないかとすら思えてきます。このような区間を抱えているならば、JR西日本としては直ちに廃止したいと考えるでしょうし、広島県および岡山県は、少なくとも建前としては存続を訴えることになるでしょう。

 また、芸備線の塩町駅で接続する福塩線、府中駅から塩町駅までの非電化区間の平均通過人員は極端に少ないですし、三次駅で接続していた三江線は廃止されてしまいました。

 こういう状況では、芸備線の備中神代駅〜狩留家駅の区間について、JR西日本が廃止なり何なりを検討してもおかしくありません。しかも、芸備線の全区間は赤字であるとのことです。

 JR西日本を初めとしたJRグループが、今後、いかなる姿勢を沿線自治体などに対して見せるかはわかりませんが、1980年代の記憶が残っている可能性はあります。それは、赤字ローカル線について、沿線自治体や住民から廃止反対が叫ばれるものの、実のところ、多くは口だけであったというものです。かつて私が所有していた本には、赤字ローカル線の廃止反対を訴える集会が開かれたものの、その参加者のほとんどは肝心の赤字ローカル線を利用せず、自家用車で会場に来ていたという、どう考えてもふざけているとしか思えない話が書かれていました。また、赤字ローカル線の廃止反対を訴えている沿線自治体の職員のうち、実際に通勤などのために赤字ローカル線を利用しているのでしょうか。JR西日本は、広島県および岡山県の沿線自治体に対し、職員のうちの芸備線利用者の割合を問い質してみてはいかがでしょうか。もし率が低ければ、存続を訴える資格はないとも言えます(これは、沿線自治体などによる鉄道路線の存続運動に対して私が抱いている疑念の一つでもあります)。

 一方、JR西日本に対しても全く文句も何もないとは言えないでしょう。芸備線にもあるようですが、保線作業の合理化ということで、最高制限速度15km/hというような極端な徐行区間が設けられている路線があります。これでは鉄道の存在意義を自ら放棄したものということになりかねません。この他にも様々な問題があるものと思われます。例えば、「JR北海道の路線で残るのは……」で記したことですが、国鉄分割民営化が行われてから長らく、各路線毎の経営状況が公表されなくなるなど、民営化されたことで経営状態などがかえって不透明になった部分もあるのです。これにより、地方交通線(および一部の幹線)の経営状況の悪化が進行したのにもかかわらず、全く沿線住民などの目にさらされず、判明した頃には手遅れであったということになったのです。このことからの教訓は、民営化したからと言って可視化や透明化、最近の言葉では「見える化」を意味しない、むしろ民営化は「見えない化」を意味しうる、ということです(当然のことと言えます)。  

 現在、芸備線などJRグループの少なからぬ路線に存廃問題が生じていることは、1980年代の国鉄改革および国鉄分割民営化の再現とも言えます。少なくとも部分的には共通する点があるでしょう。そうであるとすれば、国鉄改革および国鉄分割民営化の検証は必要です。これらが行われなかったから2010年代後半および2020年代前半に赤字鉄道路線の問題が再燃したと言えないでしょうか。この記述が短絡的であることは自覚していますが、国鉄改革および国鉄分割民営化から10年後か20年後の時点で検証がなされていれば、今ほどに問題が大きくなることはなかったと考えられるでしょう。上記朝日新聞社記事には「改正地域公共交通活性化再生法の整備は、平行線をたどる鉄道事業者と地元の話し合いに、国が関与していく姿勢を示す意味合いがある」と書かれていますが、これは、裏を返せば赤字ローカル線などの問題に国が本腰を入れてこなかったと言いうることとなる訳です。

 今後の展開がどうなるかについては見守るしかないでしょうが、改正された地域公共交通活性化再生法には再構築協議会の設置に関する規定があります。その第1号が芸備線になるのではないかという観測があり、県や市町村はそのことを懸念しているようです。第1号になるかならないかはともあれ、再構築協議会の対象にはならざるをえないとも言えるかもしれません。

 芸備線をめぐっては、広島県、岡山県、沿線市町村、JR西日本、それぞれの利害などがぶつかり合い、協議が難航することも予想されます。しかし、問題を放置することはできませんから、何が何でも存続ありきという頑なな姿勢ではなく、本当に該当地域に鉄道路線が必要であるかということを検証する必要があります。その際に忘れてはならないことは、少なからぬ地域の住民がとうの昔に鉄道を見捨てているという事実です。

 それにしても、地域公共交通活性化再生法と交通政策基本法の関連性が今ひとつ見えてきません。


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