第211回国会(2023年通常国会)の際に衆議院議員提出法律案第4号として「副首都機能の整備の推進に関する法律案」が出されました。第212回国会においても議案として扱われましたが、閉会中審査の扱いとされています。気になったので、ここで紹介しておきます。
これまで、首都機能移転などという議論が行われてきていますが、実は日本の法令で首都を明確に定めた規定は存在しません。ただ、裁判所法第6条が最高裁判所の所在地を東京都と定めており、国土形成計画法第9条が「首都圏」を「埼玉県、東京都、神奈川県その他政令で定める県の区域を一体とした区域をいう」と定義していること、首都圏整備法第2条第1項が「この法律で『首都圏』とは、東京都の区域及び政令で定めるその周辺の地域を一体とした広域をいう」と定義していることからすれば、東京都が日本の首都であることは明白です。そもそも、日本は立憲君主国であり(憲法学者の多くはこの事実を直視しないのですが、国際的観点からして当然の事実です)、皇居が東京都千代田区に所在することからして、日本の首都が東京都であることは明らかです。
こうした観点を踏まえて私は首都のことを考えているので、首都機能移転とは随分とおかしな議論であると考えていました。首都機能の意味が明白でない上に、機能の全部を移転するのか一部を移転するのか、そして何よりも皇居や東宮御所は移転するのか移転しないのかという最大の問題が扱われていないのでした。皇居が東京都千代田区にある以上、国会を大阪府に移転したからといって大阪府が首都になるはずがないのです。
(但し、オランダやボリビアと同じように憲法において首都を明確に定めておけば、憲法上の首都と事実上の首都が異なることもありえます。オランダの場合、王宮がハーグにあるので事実上の首都はハーグということになりますが、憲法第32条においてアムステルダムが首都であると明記されています。また、ボリビアの場合、憲法上の首都はスクレであり、そこに最高裁判所があるのですが、議会や行政機関はラパスにあるので、ラパスが事実上の首都です。このような国家は他にもあるはずです。)
いずれにしても、首都機能移転というのは現実的ではありません。せいぜい、南アフリカ共和国のように立法権、行政権、司法権を異なる都市に置くか、行政機関の一部を東京都以外のどこかに移転するのが関の山というところでしょうか。
2023年の通常国会において「副首都機能」に関する法律案が提出されたということは、少なくとも国会において(ということは少なからぬ国会議員の間において)首都機能移転が非現実的であり、方針として放棄されたことを意味します。そこで、東京都を首都とした上で、首都を補う、または首都に集中する機能の一部を分散させるための措置を採ろうということでしょう。或る意味では現実的な観点に立っていると考えられます。このことは、次のように書かれている、法律案に付された提出理由からもうかがえます。
「東京圏への政治、行政、経済等の中枢機能及び人口の一極集中により、東京圏とその他の地域との間における経済的格差が生じていること、災害等の発生により首都中枢機能を維持することが困難となるおそれがあること及び我が国における少子化が進展し、人口の減少が継続するおそれがあることに鑑み、副首都機能の整備を推進するため、その基本理念を定め、国及び関係地方公共団体の責務を明らかにし、並びに副首都地域の指定及び副首都地域における副首都機能の整備の推進に関する基本方針について定めるとともに、副首都機能整備推進本部を設置する必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。」
それでは、「副首都機能の整備の推進に関する法律案」とはいかなるものでしょうか。
「目次」を見ると、次のような構成になっています。
第一章 総則(第一条-第六条)
第二章 副首都地域における副首都機能の整備の推進
第一節 副首都地域の指定等(第七条・第八条)
第二節 基本方針(第九条-第十六条)
第三章 副首都機能整備推進本部(第十七条-第二十七条)
附則
続いて、法律案の内容です。全部を紹介する訳にもまいりませんので、一部のみをとりあげます。
第1条は、「目的」として「この法律は、東京圏への政治、行政、経済等の中枢機能及び人口の一極集中により、東京圏とその他の地域との間における経済的格差が生じていること、災害その他非常の事態(以下「災害等」という。)の発生により首都中枢機能(東京圏における政治、行政、経済等の中枢機能をいう。以下同じ。)を維持することが困難となるおそれがあること及び我が国における少子化が進展し、人口の減少が継続するおそれがあることに鑑み、副首都機能の整備を推進するため、その基本理念を定め、国及び関係地方公共団体の責務を明らかにし、並びに副首都地域の指定及び副首都地域における副首都機能の整備の推進に関する基本方針について定めるとともに、副首都機能整備推進本部を設置することにより、政治、行政、経済等の中枢機能及び人口の一極集中を是正し、もって国民経済の発展及び国民生活の安定向上に資することを目的とする。」と定めています。
第2条は、多くの法律と同様に定義規定です。第1項は「この法律において『副首都機能』とは、東京圏と並ぶ我が国の経済の中心として我が国の経済の成長を牽(けん)引するとともに、災害等の発生により首都中枢機能の全部又は一部の機能を維持することが困難となった場合に当該機能を代替する機能をいう。」と定めています。また、第2項は「この法律において『副首都地域』とは、副首都機能を整備すべき地域として内閣総理大臣が指定する地域をいう。」と定めています。
第3条は「基本理念」に関する定めです。何故、何のために「副首都機能」を必要とするのかを示すものと言えます。
同第1項:「副首都機能の整備の推進は、経済基盤の強化、事業の高度化及び生産性の向上並びに新たな事業の創出の促進等により、副首都地域における産業競争力の強化及び国際的な経済活動の拠点の形成を図ることを旨として行われなければならない。」
同第2項:「副首都機能の整備の推進は、災害等の発生により首都中枢機能の全部又は一部の機能を維持することが困難となった場合において、国民生活及び経済活動に及ぼす影響が最小となるようにするため、副首都地域において迅速かつ確実に当該機能を代替することができるようにすることを旨として行われなければならない。」
同第3項:「副首都機能の整備の推進は、東京圏をはじめとする産業及び人口が集積している地域における少子化の進展の状況に鑑み、副首都地域における少子化に的確に対処するため、良好な子育て環境を整備することを旨として行われなければならない。」
同第4項:「副首都機能の整備の推進に当たっては、地域の創意工夫及び民間の活力を生かして、効果的かつ効率的に行われるようにしなければならない。」
少し飛ばして第7条です。「副首都機能」を何処に置くかという問題に関する規定であり、第1項は次のように定めています。
「第二条第二項の規定による副首都地域の指定(以下単に「副首都地域の指定」という。)は、この法律の施行後一年以内を目途として、次に掲げる要件のいずれにも該当する地域のうちから、行うものとする。
一 人口及び都市機能の集積の程度が高く、経済活動が活発に行われている地域であること。
二 東京圏が災害により著しい被害を受ける場合に同一の災害により著しい被害を受けるおそれが少ないと見込まれる地域であること。」
具体的に何処が想定されているのかはわかりませんが、読んですぐ思い浮かぶのは大阪市、名古屋市、札幌市、福岡市というところでしょうか。「副首都機能」を担う都市が一つでなければならないということは法律案に示されていませんし、複数存在してはいけないという訳でもないでしょう。都市圏の大きさからすれば大阪市が筆頭に置かれることは容易に想像ができます。公共交通網の発達の度合いからしても大阪市を中心とする京阪神地区が想定されるのは当然でしょう。但し、以上は私の勝手な推測です。
また少し飛ばして第10条です。「経済基盤の強化」という見出しの下に「副首都地域における副首都機能の整備の推進に当たっては、経済基盤の強化を図るため、副首都地域内及び国内外の他の地域との間の交流及び物資の流通を促進するための交通施設の整備並びに交通の利便性の向上及び円滑化の促進、国際会議場施設の整備その他の都市機能の増進に寄与するまちづくりの推進、安定的かつ適切なエネルギーの需給構造の構築の促進その他の必要な措置が講ぜられなければならない。」と定められています。
続いて第11条です。「事業の高度化及び生産性の向上並びに新たな事業の創出の促進」という見出しの下に「副首都地域における副首都機能の整備の推進に当たっては、事業の高度化及び生産性の向上並びに新たな事業の創出の促進を図るため、必要な規制緩和の推進、国及び関係地方公共団体が保有するデータの事業者による活用の促進、起業を志望する者及び新たに事業を開始した者に対する助言、情報の提供その他の支援を行う事業者に対する援助、外国法人又は外国人若しくは外国法人が経営を支配する法人によるその事業の用に供する施設の新増設の促進その他の必要な措置が講ぜられなければならない。」と定められています。
第12条は「人材の育成及び確保」という見出しの下に「副首都地域における副首都機能の整備の推進に当たっては、副首都地域における産業競争力の強化及び国際的な経済活動の拠点の形成に寄与する人材の育成及び確保を図るため、教育の充実並びに職業能力の開発及び向上の促進、高度の専門的な能力を有する外国人の受入れの促進その他の必要な措置が講ぜられなければならない。」となっています。
「副首都機能」という点では、首都機能の代替が十分に行われうる程度のものが必要となります。その点が意識されているのが、「首都中枢機能の代替」という見出しが付された第13条であり、「副首都地域における副首都機能の整備の推進に当たっては、災害等の発生により首都中枢機能の全部又は一部の機能を維持することが困難となった場合に副首都地域において迅速かつ確実に当該機能を代替することができるよう、必要な施設の確保及び体制の整備、首都中枢機能の代替のための拠点の形成に資する副首都地域への国の行政機関の官署及び独立行政法人(独立行政法人通則法(平成十一年法律第百三号)第二条第一項に規定する独立行政法人をいう。第二十三条第一項において同じ。)の事務所の移転、副首都地域における災害等による被害の発生を防止し、又は軽減するために必要な公共施設等の整備その他の必要な措置が講ぜられなければならない。」となっています。
第14条以下については、この記事において触れません。ただ、各条文を読むと、この「副首都機能の整備の推進に関する法律案」の各条の文言は、本当に衆議院議員提出法律案なのかと疑いたくなるものでした(ちなみに、提出会派は日本維新の会です)。衆議院議員提出法律案および参議院議員提出法律案に目を通してみると、政府に一定の役割を担わせ、狭くない裁量を与えるような規定が多く、内閣提出法律案と比較して規律の密度が薄いという傾向があります。しかし、「副首都機能の整備の推進に関する法律案」は規律の密度が比較的濃いのです。部分的であるとしても政府または与党の意向などが反映されているのではないでしょうか。ただ、そうであるとするならば第211回国会、第212回国会のいずれにおいても閉会中審査の扱いとされたことを上手く説明できません。勿論、衆議院法制局の方々の御尽力があることを忘れてはなりませんが、それなりに中身が詰まった法律案であると評価することも許されるでしょう。
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