昨年の12月に行われた衆議院議員選挙について、今月の6日に東京高裁が、8日に札幌高裁が、相次いで違憲と宣言する判決を下しました。この選挙では「一票の格差」が最大で2.43倍になっていたのですが、この格差について裁判所は「投票価値の平等に反する状態」であり、しかも「合理的期間内に是正もされなかった」という趣旨の判断を行い、違憲と宣言したのです。
何故、私がここで「宣言」と記したのでしょうか。日本国憲法第98条第1項が「この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない」と定めているように、議員定数配分に関する公職選挙法の規定が憲法に違反するのであれば、その規定が無効である訳ですから、その規定に基づいて行われた選挙も無効になるはずです。
しかし、東京高裁も札幌高裁も、選挙そのものを無効とはしていません。このように、国や地方公共団体の行為が違憲または違法であると宣言しながらも、その行為を無効などとせず、無効または取り消しを求める請求を棄却する判決を「事情判決」と言います。参考までに、行政事件訴訟法第31条をここに引用しておきましょう。
(特別の事情による請求の棄却)
第三十一条 取消訴訟については、処分又は裁決が違法ではあるが、これを取り消すことにより公の利益に著しい障害を生ずる場合において、原告の受ける損害の程度、その損害の賠償又は防止の程度及び方法その他一切の事情を考慮したうえ、処分又は裁決を取り消すことが公共の福祉に適合しないと認めるときは、裁判所は、請求を棄却することができる。この場合には、当該判決の主文において、処分又は裁決が違法であることを宣言しなければならない。
2 裁判所は、相当と認めるときは、終局判決前に、判決をもつて、処分又は裁決が違法であることを宣言することができる。
3 終局判決に事実及び理由を記載するには、前項の判決を引用することができる。
選挙を無効とし、やり直すことを判決で命ずるとしても、選挙が無効であれば議員は選出されず、そのような状態で選挙区の定数配分を定める訳にはいかないので、結局は違憲とされた規定の下で選挙を再び行わなければならず、違憲の状態は全く是正されません。これでは全く意味がないので、違憲宣言をした上で選挙を有効とせざるをえないのです。また、違憲の選挙で選出された議員から構成される国会の行為を全て無効とする訳にもいかないでしょう。この点は、行政法学でいう「事実上の公務員の理論」が適用されることとなります。
実は、以上に記したことは既に最大判昭和51年4月14日民集30巻3号223頁において示されています。昭和47年の衆議院議員選挙の際には最大「較差」がおよそ1:5にまで達していたそうで、これに対して最高裁判所大法廷が違憲と判断した訳です。
また、最大判平成23年3月23日民集65巻2号755頁は、衆議院議員選挙について認められた一人別枠方式の合理性が認められないという判断もしています。その上で、今回の2判決は「0増5減」程度ではだめだという判断を示しました。
しかし、今回の2判決を含め、判例でよく用いられる事情判決については、公職選挙法の規定に真正面から抵触するという問題があります。同法第219条の規定を引用します。
(選挙関係訴訟に対する訴訟法規の適用)
第二百十九条 この章(第二百十条第一項を除く。)に規定する訴訟については、行政事件訴訟法(昭和三十七年法律第百三十九号)第四十三条の規定にかかわらず、同法第十三条 、第十九条から第二十一条まで、第二十五条から第二十九条まで、第三十一条及び第三十四条の規定は、準用せず、また、同法第十六条から第十八条までの規定は、一の選挙の効力を争う数個の請求、第二百七条若しくは第二百八条の規定により一の選挙における当選の効力を争う数個の請求、第二百十条第二項の規定により公職の候補者であつた者の当選の効力を争う数個の請求、第二百十一条の規定により公職の候補者等であつた者の当選の効力若しくは立候補の資格を争う数個の請求又は選挙の効力を争う請求とその選挙における当選の効力に関し第二百七条若しくは第二百八条の規定によりこれを争う請求とに関してのみ準用する。
2 第二百十条第一項に規定する訴訟については、行政事件訴訟法第四十一条 の規定にかかわらず、同法第十三条 、第十七条及び第十八条の規定は、準用せず、また、同法第十六条 及び第十九条の規定は、第二百十条第一項の規定により公職の候補者であつた者の当選の無効又は立候補の禁止を争う数個の請求に関してのみ準用する。
前に記した最高裁昭和51年大法廷判決は、事情判決を一種の条理(一般法理)としていますが、公職選挙法とは矛盾します。第219条第1項は行政事件訴訟法「第三十一条及び第三十四条の規定は、準用」しないと定めているので、一般法理などとはなりえないのです。また、一般法理となると濫用される可能性も少なくありません。
しかし、実際のところ、事情判決が最も現実的な手法です。公職選挙法第219条第1項の見直しも必要でしょう。他に有効な方法が見当たらないからです。
昨年の5月19日に「経済同友会が政党法の政党を提言?」(http://blog.goo.ne.jp/derkleineplatz8595/d/20120519)を投稿した際に、私は、経済同友会の提言はお粗末で話にならないという趣旨を記しています。一票の格差の問題も挙げられているのですが、リップサービス程度なのでしょう。それなら、かえって提言として記さないほうがよかったと思っています。
裁判所が選挙を無効とする判決を下すと、その先が難関となる訳ですが、どのような選択肢があるのでしょうか。とりあえず、昨年5月19日に記したことを再録しておきます。
「一つ目は、選挙を無効とする判決を下した裁判所が、その判決の趣旨に従った定数配分を自ら行い、その下で再選挙を行わせるのです。問題は、明らかに裁判所の権限の範囲を越えることです。裁判所が公職選挙法の別表を改正する訳ですから。また、新しい定数配分の規定をどのようにして公布するのか、という問題もあります。
二つ目は、選挙を無効とする判決を下した裁判所が、その判決の趣旨に従った定数配分の作成を内閣に命じ(判決の主文で命ずることとなります)、これに従って内閣が暫定的に定数配分を定め、政令として公布するという方法です。一つ目の選択肢と同じような問題はありますが、内閣が定数配分に関する政令を公布し、再選挙を実施する方法のほうが、現実性があります。あらかじめ、公職選挙法に委任規定を置けば、可能ではあります。但し、再選挙の後に行われる議会において改正法(または改正条例)を制定する必要があります。
三つ目は、本来であれば任期満了、または失職(衆議院などの解散の場合)の故に地位を失っている議員の任期を延長し、判決の趣旨に従った改正法律を制定させることです。議会制の趣旨からすれば望ましくないのですし、憲法や公職選挙法の趣旨からしても違憲または違法となるかもしれませんが、選挙が無効とされた以上は、その選挙の前に議員であった人々からなる議会が責任をもって改正法律を制定することは必要でしょう。但し、そのような議会がいつまでに改正法律を成立させることができるかが問題で、あまりに長期化すれば無意味になりますし、期限を切っておこなわせることが可能であるかどうかもわかりません。」
私が最も現実的な手法であると考えているのが、二つ目の選択肢です。問題があることは承知の上です。せめてこの方法を公職選挙法に盛り込むのはどうでしょうか。
まだ選択肢があるとすれば、敢えて是正しないという手も考えられます。選挙の定数配分は、各政党の利害に大きく関わります。そのため、どのような制度なり配分なりを行っても「不公正だ!」という声が飛んでくることでしょう。自分に有利となるように配分を決めるというのが政治の論理である、とも言えます。また、少なからぬ政党が日本国憲法の改正を主張しています。ならば、最高裁の判決など無視してしまえ、という見解があってもおかしくないのです。憲法第41条でも、国会こそが「国権の最高機関」であると定められていますから、何度違憲判決が出ても国会が無視すれば、違憲判決の意味がなくなります。
しかし、こんな選択をすれば、憲法も政治もどうなるかわかったものではありません。結局は、何らかの形で是正するしかないでしょう。
正直なところ、全国の人口であれ経済基盤であれ、均衡が取れた形となっていない現在の日本において、選挙の定数配分を形式的な平等の要請に従って修正するならば、東京など都市部の意見ばかりが強くなるという懸念はあります。そうなると、地域間の実質的平等が担保されなくなる怖れもあるのです。それでも、選挙については一人一票という形式的な平等が徹底的に要請されるのですから、根本的には選挙区をこまごまと設けず、日本全国単一選挙区にして、比例代表制のみで選挙をやるのがよいのかもしれません。
ただ、比例代表制に対する理解なり賛同なりは、日本において少ないかもしれません。そうなると徹底的に小選挙区制とすることも考えられます。
いずれにせよ、国会は、最高裁判所や高等裁判所から、投票価値の平等を実現すべく議員定数配分の修正を突きつけられています。いかなる解答を示すのかが問われる訳です。
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以前、休載中の「日本国憲法ノート」で記したことですが、小選挙区制となり、投票価値の平等を追及すると、選挙区割りに歪みが出てくる可能性が高くなります。地方によっては、選挙区の面積が広大なものとなるからです。2007年6月29日付で記したことを、以下に再現しておきます。
「▲しかし、本当に1対1が望ましいのか?―地方の大学に勤務していた行政法学者から憲法学者への問い―
実際のところ、憲法学者の間でも、1対2以上の較差を違憲とする見解が強いとは言え、それ以下の較差、例えば1対1.5であれば許されるのか、それとも、厳格に1対1を求めるのか、見解は分かれるようである。
選挙区制を採用する限り、定数の不均衡を完全に解消することは難しい。とくに、小選挙区制の場合、人口比に応じて定数を配分するならば、選挙区の面積に極端な差異が生じてしまう。都市部の場合であれば、人口の割に選挙区の面積は比較的狭くなるが、そうでない地域の場合、面積は広大なものとなる。こうなった場合、小選挙区制によって、かえって選挙のための費用が増大することになりかねない。
例えば、大分県の場合、衆議院議員選挙で選出される議員の定数は3である。このことから、小選挙区は3区に分かれる。次のようになる(以下は、2004年の段階において記したものであるが、市町村合併が進み、58市町村から18市町村に減少したにもかかわらず、公職選挙法別表第二は市町村合併前の表記のままとなっている。該当の箇所において、2006年11月6日の時点からの注釈を付す)。地図などを参照していただきたい。
第1区:中核市である県庁所在地、大分市のみで構成される。但し、市町村合併の関係で、北海部郡佐賀関町と大分郡野津原町も編入される可能性がある。
[注:2005年1月1日、北海部郡佐賀関町と大分郡野津原町は大分市に編入されている。しかし、前述のように、公職選挙法別表第二においては北海部郡および大分郡の表記が残っているため、大分市のうち、旧佐賀関町の部分および旧野津原町の部分は第2区のままである。]
第2区:日田市、日田郡(天瀬町、大山町、前津江村、中津江村、上津江村)、玖珠郡(玖珠町、九重町)、大分郡(挾間町、庄内町、湯布院町、野津原町)、大野郡(犬飼町、三重町、野津町、大野町、緒方町、朝地町、千歳村、清川村)、竹田市、直入郡(直入町、久住町、荻町)、北海部郡(佐賀関町)、臼杵市、津久見市、佐伯市、南海部郡(弥生町、上浦町、鶴見町、宇目町、蒲江町、本匠村、米水津村、直川村)から構成される。
[注:市町村合併により、次のように再編されている。
日田郡の天瀬町、大山町、前津江村、中津江村および上津江村は、2005年3月22日、日田市に編入されている。
玖珠郡の玖珠町および九重町は、いずれの市町村とも合併していない(両町の合併協議が不調に終わったため)。
大分郡のうち、挾間町、庄内町および湯布院町は、2005年10月1日に合併し、由布市となった(新設合併である)。野津原町については、既に述べたように大分市に編入されているが、選挙区は別となっている。
大野郡のうち、犬飼町、三重町、大野町、緒方町、朝地町、千歳村および清川村は、2005年3月31日に合併し、豊後大野市となった(新設合併である)。一方、野津町は、2005年1月1日に臼杵市と合併し、臼杵市となった(新設合併である)。
北海部郡佐賀関町は、既に述べたように大分市に編入されているが、選挙区は別となっている。
津久見市は、いずれの市町村とも合併していない(旧臼杵市との合併の動きがあったが、不調に終わっている)。
佐伯市と南海部郡の弥生町、上浦町、鶴見町、宇目町、蒲江町、本匠村、米水津村および直川村は、2005年3月1日に合併し、佐伯市となった(新設合併である)。]
第3区:別府市、杵築市、速見郡(日出町、山香町)、東国東郡(安岐町、武蔵町、国東町、国見町、姫島村)、豊後高田市、西国東郡(香々地町、真玉町、大田村)、宇佐市、宇佐郡(院内町、安心院町)、中津市、下毛郡(本耶馬溪町、耶馬溪町、山国町、三光村)から構成される。
[注:市町村合併により、次のように再編されている。
別府市は、いずれの市町村とも合併していない(ここだけは、当初から合併に関する議論がなされなかった)。
杵築市、速見郡山香町、西国東郡大田村は、2005年10月1日に合併し、杵築市となった(新設合併である)。
速見郡日出町は、いずれの市町村とも合併していない(旧杵築市などとの合併協議から離脱したため)。
東国東郡の安岐町、武蔵町、国東町および国見町は、2006年3月31日に合併し、国東市となった(新設合併である)。一方、姫島村は、いずれの市町村とも合併していない(東国東郡各町との合併協議から離脱したため)。
豊後高田市と西国東郡の香々地町および真玉町は、2005年3月31日に合併し、豊後高田市となった(新設合併である)。一方、大田村は、既に記したように杵築市および速見郡日出町と合併した。
宇佐市と宇佐郡の院内町および安心院町は、2005年3月31日に合併し、宇佐市となった(新設合併である)。
下毛郡の本耶馬溪町、耶馬溪町、山国町および三光村は、2005年3月1日、中津市に編入されている。]
第2区について記すならば、地図上でも、相当に広大な領域となることがわかる。福岡県と境を接する日田市から宮崎県と境を接する蒲江町(現在は佐伯市)までは、大分自動車道・東九州自動車道経由(一旦、第3区である別府市、そして第1区である大分市を通過することとなる)で150kmを軽く超える道のりとなる(日田市から大分市まででも90㎞ほどである)。日田市から竹田市に向かうには、一旦、熊本県阿蘇郡南小国町および小国町に出るほうが早い。このように、同じ県内といえども移動だけで大変な話となる。そればかりでなく、地域的な結びつきなどが稀薄な場合もあるため、問題は多いと思われる。このような選挙区から議員を1名だけ選出するということ自体、無理があるのではなかろうか。同様のことは、離島地域などについても妥当するであろう。
第2区に比べれば、第3区のほうが地域的まとまりが強い。もっとも、これも比較的にそうであるというだけの話である。やはり、面積は広大である(第2区より狭いが)。
憲法第43条によると、衆議院議員であれ参議院議員であれ、国会議員は国民の代表であり、地域、より具体的には選挙区の代表ではない。事実としては選挙区の代表であるとしても、それは法的に全く意味を持たない(意味があってはならない)。とは言え、人口比のみで選挙区の定数を決める場合、定数に比して選挙区の面積が広大であるならば、選挙活動の費用が問題となるであろう。そればかりでなく、立候補の自由、そして選挙人の投票の自由を狭める危険性もある(これは、電子投票制度が導入されることによって解決されるような問題ではなかろう)。
このように考えると、首都圏などの都市圏とその他の地域(とくに過疎地域)との人口較差が縮小しない限り、小選挙区制は問題の解決とならないのではなかろうか。本来であれば、大選挙区制、または比例代表制のほうが、地域間格差という点についてあまり問題のない制度であると考えられうる。しかし、国会議員の定数が減少される傾向にあり、増加の見込みが全くない以上、大選挙区制または比例代表制が完全に採用されることはありえないと思われる(仮に可能性があるとしても、大都市圏などに限定されるであろう)。
そうなると、選挙制度の変更をするとして、可能性があるのは、(1)都道府県単位での完全な比例代表制、(2)都道府県単位での大選挙区制、ということになる。もっとも、いずれの場合であっても、問題は残る。
なお、中選挙区制の復活が主張されるかもしれないので、ここで少しばかり、私の見解を述べておく。結論を先に言えば、中選挙区制の復活は無意味であるばかりか、有害である。加藤秀次郎『日本の選挙―何を変えれば政治が変わるのか―』(2003年、中公新書)において明確に、そして何度も述べられているように、中選挙区制は日本独自の制度であり、しかも、他国では全く理解されないと言ってもよいものである。一つの選挙区から複数の候補者が当選するのに、投票人は一人の候補者にしか投票できないからである。これが、派閥政治などを助長し、選挙に不正などをもたらしたことは、厳然たる事実である。他国では、複数の候補者が当選するのであれば、投票者は候補者に順位をつけて複数の候補者を選択できる。これは、一人一票の原則を破るものではない。」
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