ひろば 研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

平成の大合併と事業所税

2014年01月04日 11時36分13秒 | 国際・政治

 今日の朝日新聞朝刊3面13版に「大合併 山村企業の嘆き 都市編入 事業所税の対象に」という記事が掲載されています。これはかなり興味深い記事です。

 平成の大合併の荒波が日本全国に押し寄せたのは、今から10年ほど前のことでした。その当時、事業所税の存在がどこまで注意されていたかといえば、実際のところはほとんど何も言われていなかったと記憶しています。かく言う私はどうであったかと、自らのサイトを見ていたら、平成13年、すなわち2001年の9月3日、宮崎県市町村職員研修(平成13年度第2回職員一般研修)において、事業所税について触れていました。「川崎高津公法研究室」に、その時の講演「地方自治の新たな動き―地方分権および広域行政を中心に―」を掲載しておりますので、そこから引用いたします。文脈の関係で、少し長くなることをお許しください(注は省略しました)。

 「小西氏(小西砂千夫教授)は、市町村合併の前後で住民の税負担がそれほど変わらないことを指摘しつつ、税外負担については異なると主張する。氏によれば、水道料などの公共料金や介護保険料などに自治体間格差があり、市町村合併によってこれらの負担が最も低い(合併前の)市町村の水準に設定される可能性があるという。すなわち、市町村合併によって、その対象とされる複数の市町村のうち、住民の負担は最も低いレベルに、サービスは最も高いレベルに設定される可能性がある訳である。実際、日本経済新聞2001年1月15日付朝刊「地域総合」の欄において紹介されている、浦和市、与野市、大宮市の三市が合併して誕生する「さいたま市」をみると、ごみの収集手数料について、与野市だけが有料であったが、合併後は無料化されるという。しかし、ごみの分別収集については、具体的な分類や収集方法などが異なることもあり、一本化されないという。

 しかし、これについては、地方税財政制度の観点からみても疑問が残る。例えば、地方税法第701条の30に規定される事業所税である。これは、政令指定都市、中核市、特例市などが課税権を持つものである(この要件に合致する市は課税しなければならない)。仮に、中核市のA市とB町とが合併する場合、B町の領域には新たに事業所税が課せられることとなる。実際にどの程度の事業所がこの税の負担を負うことになるかは不明であるが、事業所税非課税市や町村に事業所を置く企業にとっては税負担の増加を意味することになる。」

 (引用・参照したのは、小西砂千夫『市町村合併ノススメ』(2000年、ぎょうせい)203頁です。)

 この講演そのものは公刊されておりませんが、「市町村合併―合併のメリット・デメリット―」(2001年1月27日、千歳村農村環境改善センター。第7回「食と水を考える会」主宰講演会)と併せる形で、2002年に公刊された大分大学教育福祉科学部研究紀要24巻1号77頁~92頁に掲載された「地方分権下の市町村合併」にまとめました。その論文の注18にも同じ趣旨を記しています。従って、前掲朝日新聞朝刊記事の内容そのものを、私は10年以上も前に書いていたことになります(余談ながら、2001年、私はまだ大分大学教育福祉科学部の講師でした。2002年4月に助教授となりました)。勿論、私に限らず、少数ながらも事業所税の件に言及した方々はおられたはずです。

 「今になってこんな話になるとは」という思いはあります。合併の達成に向けてよほど焦っていたのか、事業所税の存在を忘れたのか、地方自治体の財政を改善することにつながると考えられたために故意で事業所税の存在に触れなかったのか、今となってはわかりません。しかし、その当時で様々な問題点を指摘してもまともに聞き入れられず、後になってその問題点が顕在化し、騒がれるようになる、という構図の典型となったことも否めません。

 この事業所税は、地方税の応益性を強調する連中にとっては理想に近い税かもしれませんが、外形標準課税の一種であることから、企業活動、とくに中小企業の活動にとっては極めて有害な税の一つです。私は、これも10年以上も前の話になってしまいますが、日税研論集46号(2001年)279~319頁に掲載された「地方目的税の法的課題」において、事業所税の問題点を論じていますが、ここで改めて概観しておきましょう。まずは地方税法第701条の30の規定です。

 「指定都市等は、都市環境の整備及び改善に関する事業に要する費用に充てるため、事業所税を課するものとする。」

 ここでいう指定都市は、第701条の31第1項第1号により、「地方自治法第二百五十二条の十九第一項の市」(同イ。政令指定都市のこと)、「イに掲げる市以外の市で首都圏整備法第二条第三項に規定する既成市街地又は近畿圏整備法第二条第三項に規定する既成都市区域を有するもの」(同ロ)、および「イ及びロに掲げる市以外の市で人口(官報で公示された最近の国勢調査の結果による人口その他これに準ずるものとして政令で定める人口をいう。)三十万以上のもののうち政令で指定するもの」(同ハ。中核市などのこと)とされています。すなわち、市町村税ではあるのですが、課税できる地方公共団体が限定されているのです。町村は事業所税の課税主体たりえませんし、市も、政令指定都市など、一定の要件を充たさない限りは課税主体となりえません。逆に、政令指定都市、中核市など、一定の要件を充たすのであれば、課税しなければならないのです。

 そして、この事業所税は、所得課税でもなければ消費課税でもありません。純粋な資産課税とも言い難いものであり、外形標準課税の要素を多分に含む税です。地方税法第701条の32第1項は「事業所税は、事業所等において法人又は個人の行う事業に対し、当該事業所等所在の指定都市等において、当該事業を行う者に資産割額及び従業者割額の合算額によつて課する」と定めています。「資産割」とは「事業所床面積を課税標準として課する事業所税」であり(第701条の31第1項第2号)、「従業者割」とは「従業者給与総額を課税標準として課する事業所税」です(同第3号。第5号も参照)。「従業者割」が外形標準課税の典型的な例と言いうるのです。

 また、法人住民税や法人事業税の場合、少なくとも「法人税割」(法人住民税)または「所得割」(法人事業税)については、企業の決算が赤字であれば負担をする必要がありません。しかし、事業所税の場合は、赤字であろうが黒字であろうが納税義務を免れないこととなります。その意味において消費税と似ています(外形標準課税が、消費課税と類似するものであるということも指摘しておく必要があるでしょう)。従って、中小企業の活動を阻害しうる税であり、前掲朝日新聞朝刊記事の表現を借りるならば「企業の『追い出し税』」です。正月から不吉な表現を用いるならば「事業運営者の自殺を促進しうる税」とも言い換えられるでしょう。

 前掲朝日新聞朝刊記事の内容は、事業所税の「企業の『追い出し税』」あるいは「事業運営者の自殺を促進しうる税」という性格が市町村合併によって露見したというものです。例として広島市と秋田市があげられています。

 広島市は、言うまでもなく政令指定都市です。しかし、この中国地方を代表する都市は、平成の大合併以前からの政令指定都市としては非常に特異で、周辺の市町村を編入合併しながら拡大し、ついに政令指定都市となったという歴史を持ちます。合併によって政令指定都市となった大都市の例としては、他に北九州市がありますが、北九州市の場合は5市(門司市、小倉市、戸畑市、八幡市、若松市)が合併して新しい地方公共団体(すなわち北九州市)が誕生したのであり、広島市とは異なります。平成の大合併によって政令指定都市となったところで広島市と同じようなパターンは、浜松市、新潟市の例がありますので、広島市はそれらの新政令指定都市の先駆けとも言いうるでしょう。

 広島市は、政令指定都市となった後にも編入合併を何度か行っています。前掲朝日新聞朝刊記事に登場するのは、広島市の西部、旧湯来町です。現在は佐伯区の一部となっているこの地区は、2005年4月に広島市に編入されましたが、それまでは人口7000人ほどの小さな地方公共団体でした。山村と言いうるような場所で、実際に山村振興法の適用を受けていたそうです。

 その旧湯来町は、かつて地域の活性化や産業の振興を目指して、企業を誘致したようです。その結果、30ほどの企業がここに立地していました。しかし、合併によって広島市の一部となり、事業所税がのしかかることとなります。1年間で6000万円ほどの負担が、旧湯来町に立地する全企業に課せられることとなります。一企業あたりなら平均200万円ほどということになりますが、赤字であっても納めなければならない税ですから、この税がきっかけの一つとなって倒産や破産に至った企業もあるようです。赤字が続いても毎年1600万円ほどの事業所税を納めなければならなかった家具製造販売会社の例を読むと「一体何のために地方税として事業所税を課しているのか」と疑問ばかりが浮かびます。それとともに、広島市に囲まれながら同市との合併を避けてきた府中町の賢明さを讃えたくなります。

 東北地方へ目を移せば、秋田市の例もあります。前掲朝日新聞朝刊記事は、この秋田市の例もあげています。同市は中核市で、2005年に旧河辺町と旧雄和町を編入しています。ただ、秋田市の場合は広島市と異なり、旧河辺町の工業団地に所在する企業については3年間のみ、事業所税を猶予されていました。同様の例は前橋市、一宮市、四日市市にもあるようです。しかも、前橋市に至っては事業所税が市長選挙の争点にもなっています。

 事業所税は、目的税でありながら地方交付税の基準財政収入額に算入されるなど、その存在意義などについてかねてから批判がなされてきました(その一部は、私の「地方目的税の法的課題」において取り上げています)。

 総務省は、事業所税を存続させる意向を示しているとのことで、前掲朝日新聞記事から引用すれば「老朽化した公共施設の改修などが必要で、事業所税の役目が終わったとまでは言えない」という見解に立つようです(総務省市町村税課の課長補佐氏のコメント)。

 たしかに、既に示したように地方税法第701条の30は「指定都市等は、都市環境の整備及び改善に関する事業に要する費用に充てるため、事業所税を課するものとする」と定めているのですが、公共施設の老朽化は政令指定都市や中核市に限定された話ではありません。勿論、規模、数の問題はあります。しかし、課税団体を制限するには根拠が薄弱であることも否めません。政令指定都市などの大都市でなくとも、企業立地などで多額の税収をあげる地方公共団体は存在しますし、「都市環境の整備及び改善に関する事業」が直ちに「公共施設」にのみ結びつくというものでもないでしょう。まして、現在の安倍政権は企業減税に熱をあげています。外形標準課税と企業減税(さらには日本経済の活性化)は、どう考えても矛盾する訳です。この際、事業所税を完全に廃止すべきでないでしょうか。そうすれば、安倍政権の支持率も上がりますし、多少は従業員の給与も増えることでしょう。


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