ひろば 川崎高津公法研究室別室

川崎から、徒然なるままに。 行政法、租税法、財政法、政治、経済、鉄道などを論じ、ジャズ、クラシック、街歩きを愛する。

三箇日に溝口を歩く(3)

2015年01月21日 22時01分44秒 | まち歩き

再び溝口です。もうそろそろ、初詣をすることができそうです。まずは神社の真ん前にある脇道を撮影しておきます。

 この道を奥へ進むと栄橋交差点に出ます。つまり、南武線の武蔵溝ノ口駅や田園都市線の溝の口駅の近くに出るという訳ですが、とてもそうとは思えない風景です。おそらく、宗隆寺の境内にある木立が見えるからでしょう。また、その辺りから西側(写真では右側)に丘陵地帯があります。

 南武線を起点の川崎から乗るとわかりますが、武蔵新城駅を過ぎて第三京浜の下をくぐるまでは丘陵が遠くに見えます。しかし、武蔵溝ノ口駅に着く頃には、丘が近くに迫っていることに気づきます。そして、津田山駅に向かって程なく、進行方向左側のみならず、右側にも丘陵地帯が見えてきます。

参拝を済ませ、奥に行きます。昨年までは本殿の左側、入口付近で甘酒が振る舞われていましたが、今年は本殿の裏のほうでした。何となく、溝口交差点方向を撮影してみました。

 甘酒をいただきつつ、撮影してみました。元旦には曇り、昼頃から雪も降りましたが、2日、3日と快晴です。箱根駅伝も行われている最中で、私が仕事などで関わっている大学の順位が多少は気になりつつ、溝口神社を出ることとします。

 これから溝口一丁目、武蔵溝ノ口駅前のノクティへ向かいます。その際に、1枚目の写真にある道を通り、宗隆寺の前を通過するのですが、「いかにも高津区らしい」と言えるかどうかまではわかりませんが「これだ!」という脇道がありましたので、撮影しておきました。実は、まだこの道を歩いたことがありません。国道246号線に抜けられるのでしょうか。到底、自動車などは走行できない幅です。溝口、二子、坂戸などには、このような道が多いのです。

 まだ私が学部の2年生であった時、教養ゼミの先生から言われたことがあります。車で溝口に来たら、道が狭いし一方通行も多いので大変だった、と。自転車で溝口に買い物などで行っていた私は、そのようなことをあまり気にしていなかったのですが、たしかに、自動車を使うと走りにくいことがわかります。もっとも、これは小杉町や木月などでも同じことです。

 宗隆寺です。開山がいつのことなのかわかりませんが、古くは天台宗の寺院でした。川崎市教育委員会のサイトによると、1496(明応5)年、天台宗から日蓮宗に改めるとともに寺号も本立寺から現在の宗隆寺と改めています(池上本門寺とも関係がありました)。また、溝口生まれの濱田庄司の墓もここにあるとのことです。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

期末試験の答案 書き方など

2015年01月20日 00時54分59秒 | 法律学

 今週の木曜日(22日)に大東文化大学法学部の行政法1、来週の月曜日(26日)に大東文化大学法学部の税法、そして来週の金曜日(30日)に國學院大学法学部の行政法1の期末試験が行われます。

 このような時期に答案の書き方を記したりするのは遅きに失するかもしれません。しかし、全く何も伝えないよりはマシだろうと考えます。もっとも、私はこのブログで「法律学の勉強の仕方(その4) 答案練習」(2011年12月6日0時22分47秒付)という記事を掲載しています。これから書くことも、以前の記事と重複する部分が多くなります。あるいは要約のようなものとなるかもしれません(具体例もその記事を御覧下さい)。

 まずやるべきことは、問題文を読むことです。論述式の問題の場合、問題文に論点(争点)が隠されています。また、論点以前に何について問われているかを理解しなければなりません(そうしなければ論点もわかりません)。

 1.俗に言う一行問題、すなわち「●●について論じなさい」のような問題

 この場合には、まず「●●」の定義を記すことから始めましょう。これがしっかりと書かれていなければ、採点者は「この答案を書いた人は●●を本当に理解していないのではないか?」と思います。こう思われたら終わりです。逆に、科目あるいは採点者によっては、定義が正確に(精確に)記されているだけでも合格最低点を付ける人もいるくらいです。

 一行問題の場合は、「●●」の定義を記してから、論点(争点)に移ることとなります。出題者の意図は、論点(争点)にあるのです。これがなければ論述式の問題を出す意味がないからです。論点(争点)の背景も記せばよいでしょう。何故にその論点(争点)が存在するか、換言すれば、争われる理由を理解し、書けばよいのです。

 論点(争点)が存在するということは、いくつかの理解なり説なりがあるということです。そこで、学説や判例の状況を示す必要があります。この具体的な中身は設問によって異なりますが、判例、通説、有力説の概要を示せば充分です(あまり多いと収拾が付かなくなるため)。 

 しかし、これで終わるのでは中途半端です。「法律学の勉強の仕方(その4) 答案練習」でも記しましたが、論述式問題で出題者が最終的に尋ねたいことは、解答者がいかなる立場を採って問題を処理しているのか、ということです。そこで、判例や学説の検討に入るのですが、この場合には勿論、解答者がいずれの説を採るかをあらかじめ決めておいた上で、検討や批判を行います。但し、感情的な議論ではだめです。論理構成、法的思考法の有無または程度が問われます。良質の教科書、論文などを参考にしましょう。

 最後に結論です。当たり前のことですが、しっかりと記して下さい。

 2.事例問題

 基本的な構造は一行問題の場合と同じです。ただ、事例問題の場合は、先に事例に関係する論点(争点)を記し、その背景(理由)の一つとして「●●」の定義を記すという筋が一般的でしょう(そのほうが書きやすいはずです)。論点(争点)を示した後の構成は、一行問題の場合と同じです。

 3.答案(文章)の構成

 常に次の形を基本とすべきでしょう。

 一.問題文に示されている用語の定義、その用語に関する論点の摘示

 二.論点に関する判例や学説の概要

 三.前段で示された判例や学説への検討、批判

 四.結論

 当たり前のことですが、構成を考えなければなりません。「法律学の勉強の仕方(その4) 答案練習」でも記しましたが、最初から最後まで改行なしという文章が書かれた答案やレポートを見かけますが、このようなものには構成も何もないので、読みにくいのです。

 構成を考える際には、段落を活用しましょう。上の一~四は、それぞれが一つのまとまりであることが前提となっています。そのためには、段落を利用するのが最も楽です。

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

三箇日に溝口を歩く(2)

2015年01月19日 00時09分14秒 | まち歩き

溝口三丁目から二丁目に入り、初詣のために溝口神社に入ろうとするところでした。

 高津区内ではおそらく最も大きな神社で、9月のお祭りともなると、溝口はもとより、区内の他の町からも多くの人々が参加します。初詣客も、区内の神社では最も多いでしょう。

 公式サイトによると、二子一丁目にある二子神社、坂戸二丁目にある御嶽神社、久地一丁目にある久地神社、久本一丁目にある久本神社、および、中原区新城中町四丁目にある新城神社が兼務神社であるとのことです。

 1月3日の午前中、旧大山街道に行列はできていないものの、境内は人も多く、混んでいます。参拝まで多少の時間はかかりますが、これを利用して写真を撮っておきましょう。

江戸時代には赤城社といい、赤城大明神とも言われたそうですが、明治時代に入ってから溝口神社と改称されました。歴史については下の写真に登場する案内板に書かれています。

現在は伊勢神宮の分霊社であり、御祭神は天照皇大神(あまてらすすめおおみかみ)、日本武尊(やまとたけるのみこと)です。

旧大山街道から本殿までの短い参道ですが、本殿まで、多くの人で埋まっています。参拝を済ませ、甘酒をいただき、御札などを買うのが恒例となりつつあります。 

 神社と言えば狛犬、という訳でもないのですが、この神社にも入口に置かれています。犬というには奇妙に見えるのですが、想像上の動物なのでしょう。手元の電子辞書には「神社の社頭や社殿の前などに置かれる、一対の獅子や犬に似た獣の像」であると書かれており、「狛」とは「高麗」のことであるという旨も書かれています。

これも短い参道に置かれているもので、甕(かめ)です。

非常に短いのですが、橋もあります。

なお、2011年9月11日、溝口神社例祭の神輿行列の動画を撮影しておりますので、御覧いただければ幸いです。

溝口神社例祭の神輿行列(1):川崎市立高津小学校付近(溝口四丁目と五丁目との境界)

溝口神社例祭の神輿行列(2):川崎市立高津小学校付近(溝口四丁目と五丁目との境界)

溝口神社例祭の神輿行列(3):川崎市立高津小学校付近(溝口四丁目と五丁目との境界)

溝口神社例祭の神輿行列(4):川崎市立高津小学校付近(溝口四丁目と五丁目との境界)

溝口神社例祭の神輿行列(5):川崎市立高津小学校付近(溝口四丁目と五丁目との境界)

溝口神社例祭の神輿行列(6):溝口五丁目

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

JR九州が株式上場に向けて駅の無人化を進める

2015年01月18日 20時07分35秒 | 社会・経済

 JRグループの旅客鉄道会社は6つあり、このうちの北海道、四国および九州は「三島会社」などとも言われます。いずれも本州に土台を置かず、そのためもあって経営基盤が脆弱であるとされ、車両の面などで特別な配慮を受けた会社です。

 このうち、JR九州が2016年度に株式を上場する意向を示していることは、既に報じられています。そのための準備ということなのか、これから駅の無人化を大きく進めるようです。朝日新聞社が、昨日(1月17日)の12時付で「JR九州、最大100駅無人化へ 上場向け収支改善図る」(http://www.asahi.com/articles/ASH1J633BH1JTIPE02Z.html?iref=comtop_list_biz_n01)として報じています。

 「三島会社」の中では最も早く新幹線が開通し、経営状態もよいように見えます。実際に、2004年度以降、営業黒字が続いています。しかし、これは副業または関連事業によるところが大きく、本業の鉄道事業は一年あたりで150億円ほどの赤字が続いています。新幹線、「ななつ星in九州」にばかり目が行くのですが、本当に目を向けなければならないのは地域輸送であり、ローカル線の現状です。たとえば九州横断特急は原則としてワンマン運転であり、2両で運行しています(私が大分市に住んでいた時に豊肥本線を走っていた特急「あそ」は原則として3両でした)。吉都線、日南線などの状況は、仮に1980年代の特定地方交通線選定基準のうち、旅客輸送密度を取り出して現在にそのまま当てはめれば第一次特定地方交通線に指定されるようなものとなっています。日南線は、終点の志布志で接続していた志布志線および大隅線が第二次特定地方交通線に指定されて廃止されたのに対して存続した訳ですが、旅客輸送密度は低く、除外要件に該当したために廃止を免れたのでした(肥薩線、吉都線も同様です)。仮に日南線の北郷~志布志が志布志線であったら(1963年までそうでした)、この区間も1980年代に廃止されていたでしょうか。

 〔九州での第一次特定地方交通線は宮原線、妻線、香月線、勝田線、添田線、室木線、矢部線、甘木線および高森線で、最後の二つは第三セクターに転換して存続しているものの、その他の路線は廃止されています。〕

 朝日新聞の記事でも触れられていますが、JR九州は駅の無人化を以前から進めていました。その結果、現在、566の駅のうち、281が無人駅となっています。大分県に住んでいたということで取り上げると、昨年、久大本線の古国府駅(大分市内)、豊肥本線の犬飼駅、日豊本線の豊後豊岡駅が無人化されています。また、大分県内ではないのですが、日豊本線の吉富駅も昨年に無人化されています。

 JR九州は、今年から最大で100駅弱を無人駅にする方針を立てています。そのうち、今年の3月から4月に50駅を無人化するということです。今回は、福岡都市圏の駅も対象にしており、同社の全駅の実に半分以上が無人駅となる訳です。既に、同社は香椎線の12駅を今年3月のダイヤ改正時に無人化することを発表しています〔朝日新聞社が、昨年の12月22日19時38分付で「JR香椎線の12駅を無人化 来年3月のダイヤ改定時に」(http://www.asahi.com/articles/ASGDQ5K1ZGDQTIPE01D.html?iref=reca)として報じていました〕。

 一応の基準は、一日あたりの利用客数が700人以下であるということです。首都圏や京阪神地区にお住まいの方は「少ない」と驚かれるかもしれません。しかし、大分駅の一日平均の利用客数が33000人台(2005年度)であり、これでも大分県内では一番多いのです。しかも、JR九州の営業エリアには、特急停車駅であっても一日あたりの利用客数が700人以下という駅がいくつか見当たります。

 九州に限られた話でもないのですが、駅員がいる駅でも、実はその鉄道会社の従業員ではなく、関連会社の従業員が駅員であるというところは多いのです。これを業務委託駅と言います。JR九州の駅員配置駅でも業務委託駅は多く、むしろ直営駅(その鉄道会社の従業員が駅員であるところ)は少ないでしょう。再び大分県を例にとると、直営駅は大分駅の他、中津駅、柳ヶ浦駅、杵築駅、別府駅、臼杵駅、津久見駅、佐伯駅、日田駅、由布院駅、豊後竹田駅、三重町駅です。その他の駅は業務委託駅、簡易委託駅または無人駅です。

 問題は業務委託駅と簡易委託駅、とくに前者です。JR九州が業務委託を進めてきたのは、人件費という問題があるためです。しかし、業務委託駅の駅員の高齢化という問題があります。さりとて、簡易委託駅とするのも困難な場合があります。地元の商店、観光協会、農協など、さらに自治体に切符販売などを委託する、というのが簡易委託駅なのですが、受託してくれる人・団体・法人があってこその話であり、簡単にはいかないのです。

 直営駅でも一日あたりの利用客数が700人以下というところがあるようですが、すぐに無人化するようなことはないでしょう。運転業務、信号などの関係があるからです。そうなると、業務委託駅が無人化される可能性が高いでしょう。現に、先に2014年に無人化された駅の例としてあげたところは、すべて業務委託駅でした。機械的に基準を適用すれば、市町村の代表駅である、または特急の停車駅であるというようなところであっても無人化される可能性が高いでしょう。地元から反対が叫ばれてもおかしくなく、今後、どのようなことになるのか、注意していく必要があります。

 JR九州が打ち出している赤字幅圧縮策は、駅の無人化のみではありません。今年3月のダイヤ改正時にJR東日本が新幹線や特急の一部で車内販売などを廃止することを発表していますが、JR九州も類似の改革をします。新幹線、JR九州の在来線を走る観光列車には客室乗務員を配置し続けますが、それら以外の特急列車については客室乗務員を廃止する、というのです(その多くは契約社員ではないかと思われます)。従って、多くの在来線特急では車内販売などがなくなることになります。

 この他、みどりの窓口の削減も検討されているようです。

 駅の無人化と言えば、南海高野線の美加の台駅が無人化され、大問題となったことが報じられました。今でも検索をかけるとこの話に関するページがいくつも出てきます。南海では、同じ時期に無人化された駅がいくつかありますし(難波駅の隣の今宮戎駅も無人化されました)、近鉄も駅の無人化を進めています。また、大手私鉄で無人駅がとくに多いのが名鉄です。様々な理由があるのですが、利用者にとっての利便性など、問題は残ります。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

検索しやすいデータベース/検索しにくくなったデータベース

2015年01月17日 01時04分19秒 | 法律学

 私は、仕事柄、判例などのデータベースを使います。そして、講義・演習の場においても、手っ取り早いということで、学生にデータベースの利用を促すことがあります。最高裁判所民事判例集、最高裁判所刑事判例集、訟務月報、判例時報、判例タイムズなど、雑誌扱いの判例集を参照するほうがよいのですが、これらに載っていない判決もありますし、大学の図書館によっては参照できない判例集もあります。

 そこで、私は、大学の図書館であればLEX/DB(TKC法律情報データベース)を使えるはずであるということで、これをまず推しておくこととしています。一審判決、控訴審判決、上告審判決とある場合にも検索をしやすいですし、他に参照すべき判決を探すのも楽です。それだけでなく、判例集に掲載されていない判決でも、かなり多くのものを参照することができます。また、税務訴訟資料のようにCD-ROMで発行されているもの、国税不服審判所の裁決、公正取引委員会の審決なども参照することができます。

 次に推すのは裁判所のサイトです。どの程度まで判決を収録しているのかわからないところもあるのですが、訟務月報、判例時報、判例タイムズなどに掲載されていない判決も掲載されていることがあります(PDFファイルです)。

 逆に、最近、非常に使いにくくなったデータベースがあります。それも租税法の分野です。書いてしまってよいものかどうか迷うのですが、改善を望むということで記しましょう。その名は

 TAINS(タインズ):日税連税法データベース

です。昨年辺りから、検索のページがわかりにくくなり、判決を探すにも手間取ります。判決日などの条件を入力しても、どこのボタンを押せば検索できるのか、などという点がわかりにくくなりました。上手く検索できれば運がよい、とまで言えるくらいです。あまりに面倒なため、裁判所のサイトかLEX/DBを利用することが多いのです。

 これは、私の環境によるのでしょうか。自宅のMacBook ProやMacBook Airで、サファリを利用するから使いにくいのでしょうか。それならそれで、困った話です。

 しかし、租税法の分野ですと、たとえば税理という雑誌では判決速報のような記事においてTAINS(タインズ)の番号が書かれていたりしますし、LEX/DBなどよりも早い時点で判決が紹介されたりするのです。

 様々な事情があることはわかりますが、検索しにくいデータベースは、掲載情報が少ないデータベースよりもはるかに使い勝手が悪いので、見直していただきたく、敢えて記しました。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

國學院大學法学部の行政法1(金曜日4限)期末試験の日程

2015年01月16日 12時45分18秒 | 受験・学校

 既に10日付で発表されていますが、私が担当している科目について、ここに記しておきます。

 行政法1(金曜日4限)の期末試験は、1月30日(金)の4限(15:00~16:00)まで、2203教室で行われます。

 解答時間が15時から16時までの1時間です。また、講義の時の教室とは異なりますので、注意して下さい。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

三箇日に溝口を歩く(1)

2015年01月15日 20時49分44秒 | まち歩き

 ここ数年、1月の2日か3日に溝口神社へ初詣に行き、三箇日を過ぎてからの土曜日に明治神宮へ行くのが慣例となっています。溝口神社では甘酒(アルコール分はありません)を飲み、その足でノクティへ行くのです。

 今年は3日に初詣へ行きました。「どうせなら」ということで、コンパクトデジタルカメラ(SONYのDSC-WX100)を持ち、好き勝手に撮影しました。散歩がてらの写真のようなものです。

 溝口神社へ向かいます。神社は二丁目にありますので、うちから行くには三丁目を通り、二ヶ領用水を渡らなければなりません。旧大山街道ではなく、その裏道を通ると、西浦橋に出ます。手前が三丁目、奥が二丁目です。

 この界隈は、溝の口駅から歩いても高津駅から歩いても、ほぼ同じ時間で行けます。旧大山街道、府中街道、国道246号線など、交通量の多い道路から少し離れただけで、静かな住宅街であり、ゆったりとした気分で歩けます。

二ヶ領用水の真上、晴れた冬空です。元旦の午後には雪も降りましたが、箱根駅伝開催日でもある2日と3日は快晴でした。

 西浦橋を渡り、しばらく進んで突き当たりを左折すれば、もう溝口神社です。但し、三箇日に駐車場から入ってお参りすることはできませんので、旧大山街道に出て栄橋のほうへ歩かなければなりません。元旦には栄橋交差点付近まで行列ができていましたが、3日ともなれば多少は空いています。これから境内に入り、初詣を済ませます。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ハープと詩の朗読 絶妙な組み合わせ

2015年01月14日 21時51分02秒 | 音楽

 昨年末、クラシックのCDを何セットか買いました。とくに気に入ったのが、マルギット=アナ・シュース(Margit Anna Süss(Süß)というドイツ人の女性ハープ奏者による"The German Harp"というアルバムです。ドイツのCampanella Musicaという会社から発売されています。2009年録音と、最新のものではないのですが、私はあまりそういうことを気にしません。

 吉野直子さんと堤剛さんのコンサートで知った、ヒンデミットの「ハープのためのソナタ」が収録されているのですが、ここで面白いことに、シュースさんはソナタの第三楽章で、詩人のヘルティ(Heinrich Hölty)による、1774年11月9日の詩を朗読します。CDのジャケットと一体化したブックレットに掲載されていたものから、一部だけですが、引用してみましょう。

  Ihr Freunde, hängt, wann ich gestorben bin,

  die kleine Harfe hinter dem Altar auf,

  wo an der Wand die Totenkränze

  manches verstorbenen Mädchens schimmern.

 シュースさん自身のアイディアによるそうですが、ハープと詩の朗読とが不思議な雰囲気を作り出します。曲調に合わせたような、ゆっくりとした朗読だからでしょう。第三楽章は「非常にゆっくりと(Sehr langsam)」と指示されています。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

阪急梅田駅にて(2003年11月29日)

2015年01月13日 16時45分31秒 | 写真

 2014年3月25日10時56分17秒付で「阪急梅田駅にて(2003年6月7日)」という記事を掲載しました。10年以上も前に撮影した写真ですが、最近、大阪へ行くことがなく、昨年も仕事の関係で行く機会を逃したので、今年こそは行ってみたいと思っています。

 古い写真データを保存している外付けHDDに、2003年11月29日に撮影した写真がありました。そこで、今回はこれらを掲載します。焦点がぼやけている写真もありますが、敢えて掲載します。

 河原町行きの急行で、3300系ではないかと思います。クリスマスを控えているシーズンのためか、クリスマスベルの絵柄のヘッドマークを付けています。

 この当時には急行が走っていました。停車駅は、梅田、十三、淡路、南茨木、茨木市、高槻市、高槻市から河原町までの各駅でした。2007年のダイヤ改正で急行はなくなっています。 

 阪急京都線の特急用として運用されていた6300系が停車しています。東急8500系と同じく1975(昭和50)年にデビューしており、1976年度のブルーリボン賞を受けています(東急8500系がローレル賞を受けています)。阪急は、関西の大手私鉄では珍しく、ワンハンドルマスコンを積極的に採用していますが、阪急で最初の例が神戸線用の2200系で、ほぼ同時期に京都線の特急用として6300系が登場したのです。ちなみに、2200系は既に形式として消滅しており、6000系に編入されています。 

 1980年代に6300系の特急に乗ったことがあります。当時の停車駅は、梅田、十三、大宮、烏丸、河原町でした。十三から大宮まではノンストップだった訳です。しかし、国鉄の分割民営化によりJR西日本が発足し、同社が積極的なサービス展開を繰り広げて攻勢に転じることにより、事情は大きく変わりました。京阪間の道路事情が良くなったこともありました。これらなどの原因により、阪急京都線は、JR東海道本線に乗客をとられるなど、苦戦が続くことになります。それを打開するためということで、特急の停車駅が増え始めました。そうすると、6300系の2扉という構造は混雑時に遅延の原因となるなど、問題が出てきました。特急用車両として古くなっていたことも否めません。そこで、2008年度から編成を短くし、嵐山線への転用が始まりました。また、一部の編成は6両編成の「京とれいん」として、快速特急で運行されています。

 特急河原町行きでした。既に9300系がデビューしており、特急として運用されていたのですが、6300系も特急用として運行されていました。なお、阪急と言えばマルーン(茶色)というイメージがありますが、屋根部分がアイボリーとなったのも、6300系が最初です。

 阪急梅田駅は、東のほうから京都線、宝塚線、神戸線の順番に発着場を有しています。宝塚線のホームに目を移せば、6000系が止まっていました。普通電車の宝塚行きです。当初はマルーン一色で、屋根の部分がアイボリーとなっていなかったのですが、いつの頃からか現在の塗装となっています。

 再び6300系です。当時の特急停車駅は、梅田、十三、茨木市、高槻市、長岡天神、桂、烏丸、河原町の順でした。

 現在の停車駅は、梅田、十三、淡路、茨木市、高槻市、長岡天神、桂、烏丸、河原町の順です。また、ややこしいことに通勤特急と快速特急があり、快速急行もあって、慣れないと停車駅で混乱をきたしかねません。通勤特急の停車駅は梅田、十三、茨木市、高槻市、長岡天神、桂、西院、大宮、烏丸、河原町の順で、快速急行との違いは淡路に止まるか止まらないかということだけです。一方、快速特急の停車駅は梅田、十三、淡路、桂、烏丸、河原町の順です。

 普通電車の高槻市行き、3300系です。元々、大阪市営地下鉄堺筋線との直通運転のために製造された車両で、1967年にデビューしました。登場時は冷房装置を備えておらず、方向幕も向かって左側にしかなく、しかも形が異なっていました、関西らしく方向板を多用していたようで、特急として運用された際の2枚看板の姿が写真として残されていました。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

もうじき閉館

2015年01月12日 11時44分34秒 | まち歩き

10日、渋谷に寄りました。その際に撮影した写真です。

何かとよく入った東急プラザ渋谷が、今年の3月22日をもって閉館となります。再開発のためですが、49年間も営業していたとのことで、建物の老朽化も理由の一つでしょう。

 閉館セールということで、バーゲンをやっていました。今月2日から31日までです。

 渋谷駅の西口、バスターミナルのそばにあるこの建物には、幼い頃から何度も入っていました。特によく行ったのは5階です。紀伊國屋書店が入っているというのが一つの理由で、受験浪人生時代、学部生時代にはよく入りました。また、私が國學院大学法学部の兼任講師(非常勤講師)としての仕事を始めた2004年6月以来、時々寄ります。

 5階の、今はダイソーが入ってるブロックには、かつてコタニというレコード屋があり、幼い頃にレコードか何かを買ってもらった記憶があります。その後はテナントが何回か変わっており、ダイソーの前の前にあった店には時々寄ったと記憶していますが、何であったかは思い出せません。

 また、ドイツの鉄道模型では有名なブランド、メルクリン(Märklin)の専門店、レオが、今のJTBの箇所で長らく営業していました。HOゲージとZゲージの両方がありますが、どちらもかなりの高額です。見る度に欲しくはなるのですが、買ったことはありません。HOのほうは交流三線式を採用しており、日本で容易に入手できる鉄道模型では他にない方式です。クラフトヴェルク(Kraftwerk)のアルバム名にもなっているTEE(Trans Europ Express.ヨーロッパの国際急行列車)で、とくに有名であったラインゴルト号を牽引していた(西)ドイツ国鉄103型電気機関車など、ドイツ、オーストリア、スイスの名車両たちの模型が陳列されており、デモ走行をしている時もありました。何故か日本の急行型気動車キハ58系の模型もありました(特別モデルだったのでしょうか)。

 また、レオにはファーラー(Fahrer)、フォルマー(Vollmer)など、鉄道模型のレイアウトに使用する建物や人形などのアクセサリーもありました。遊園地などにある観覧車の模型は、日本の鉄道模型のアクセサリーにないもので、実際に回転するところも見ました。そうしたものを横目で見て、私がレオで買ったのはヴィキング(Viking)などのミニカーです。ちなみに、渋谷にはミニカー専門店がいくつかあり、ヴィキング、シューコ(Schuco)などを買うことができます(東急ハンズにも置かれています)。

 なお、レオは2012年に移転し、東急プラザの裏の坂を登った所にあります。わかりにくい場所なので、公式サイトなどで確認するとよいでしょう。

 1階の奥、エレベーターの脇にアントステラがありますが、私が受験浪人生であった頃には輸入菓子と化粧品を売っている店がありました。そこでよくミントキャンディーを買っていました。それも、アルトイズ(Altoids)やフィッシャーマンズフレンド(Fisherman's Friend)といった、かなり強いミントキャンディーです。一種の眠気覚ましですが、当時、日本にはこれら、とくにフィッシャーマンズフレンドほど強力なミントはなかったので、驚いたことがあります。

 しかし、これらで驚くのは早すぎました。同じ店でイタリアのミントキャンディーを買った時、黒い袋で、たしか髑髏の絵が描かれていたものであったため、「もしや」と思って警戒したのですが、東横線の車内で試しに口に入れた瞬間、あまりの強さに鼻が痛くなるなど、ひどい目に遭ったことがあります。当時も今も、その店以外で見たことがありません。

 どうでもよい話ばかり記していますが、ついでということで続けてしまいましょう。やはり、9階を外すことはできないのです。飲食店が並んでいるところですが、何と言ってもロシア料理のロゴスキーです。ロシア料理店と言えば神保町界隈に多いのですが、渋谷ではロゴスキーです。

 何故、この店を筆頭にあげたかと言えば、妻と、結婚前に初めて食事をしたのがこの店だったからです。その後も、記念日などに行き、料理を楽しむとともに、ハンガリーやグルジアのワインを飲むこともあります。私はワインをあまり好まないのですが、ドイツ、ハンガリー、グルジアといった所のワインは美味いと感じています。

 実は、このロゴスキー、東急プラザ閉館後の移転先がまだ決まっていないとのことです。世田谷区深沢にも支店があるのですが、やはり渋谷です。道玄坂でも桜丘でも宇田川町でも渋谷(駅東口の町名)でも神南でも、渋谷駅から歩いて行ける場所であればどこでもよいので、決まって欲しいものです。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする