1717年とは8代将軍吉宗が前年に将軍となったばかりのころ、ということになります。
吉宗の財政改革は、何とか成功したようですから、現代でも参考になる点が多々あるのではないでしょうか。
吉宗について こちら
自ら質素な暮らしをして改革に臨んだ、側近重用を避けたということは評価されているようです。
情報収集・分析などにも人任せにせず熱心だったように見受けられます。
天英院から見込まれての就任ということなどから、大奥にはやはり参謀的な女性もいた、ということではないでしょうか。
国難ともいう時期に舵取りを任されてどのような心境であったのでしょうか。
牧谿「瀟湘八景図巻」などの絵画が好みであったとか。
検索して得られた牧谿「煙寺晩鐘図」はこちら 等伯の「松林図」に近いような・・・・
ドラマなどで描かれてきた暴れん坊将軍吉宗とはだいぶ違っているのかもしれませんね。
改革とはずっと厳しいものであり、多くの人たちがその気持ちを共有することが必要そうです。