14年間暮らした久住高原。
彼は熊本で生まれてからすぐ、
久住高原に移住し、
中学まで大草原の中で育った。
いわば、自然児である。
彼は20年ぶりにそこを訪れた。
高校時代、アメリカ(カリフォルニア)に渡り、
13年間主にサンフランシスコにいた。
そして今は、東京で暮らしている。
久々の帰省の際、久住高原を訪れたのだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5d/73/24d247029364fcb5d1348e0c6e5762da.jpg)
彼が少年時代を過ごした
「久住高原メリーファーム」は、
現在、世界的に有名な和太鼓集団「Dram TAO」の基地になっている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/73/6d/d5a5dd68360f8aaadfb70278753997b9.jpg)
彼は、
感慨深くその光景を見ていた。
そして、
今は竹田市となった久住町の商店街や、
幼稚園、小学校を訪れた。
ボクの当時の記憶も走馬灯のように蘇ってきた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/65/1b/842895a4ae0fc8c767347353e16b5c4d.jpg)
彼の妹と同様
約10年間、10キロの道を毎日送り迎えしたものだ。
懐かしい。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/16/36/453c7028f7c295dcea71f4b7eb752ada.jpg)
今は都会に住む彼だが、
彼の魂は
自然児としての逞しさが根付いている。
【追記】
「久住高原メリーファーム」までのいきさつは
拙著『プレーリーホーム - さらに大草原を求めて ー』に認めております。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/58/9c/89229e179a88cc18d89abce5b0cad8df.jpg)
是非、ご一読ください。
【補足】
19985年、
何もない原野を開拓して
水を掘り(150Mボーリング)、
電気を引き(2K先から)、
道路を作り、
家を自ら設計して建てた。
(合計6軒)
そして、馬や羊や動物を飼った。
九州初の遊んで泊まれる観光牧場『久住高原メリーファーム』として
14年間で、ここに2億円を注ぎ込んだ。
そこが、荒れ地や廃墟になるどころか、
こうして立派に使われ続けているのを見ると、
実に誇りに思う。
ボクの足跡をこうして残してくださっている
TAOさんに感謝です。
ありがとうございます。
彼は熊本で生まれてからすぐ、
久住高原に移住し、
中学まで大草原の中で育った。
いわば、自然児である。
彼は20年ぶりにそこを訪れた。
高校時代、アメリカ(カリフォルニア)に渡り、
13年間主にサンフランシスコにいた。
そして今は、東京で暮らしている。
久々の帰省の際、久住高原を訪れたのだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5d/73/24d247029364fcb5d1348e0c6e5762da.jpg)
彼が少年時代を過ごした
「久住高原メリーファーム」は、
現在、世界的に有名な和太鼓集団「Dram TAO」の基地になっている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/73/6d/d5a5dd68360f8aaadfb70278753997b9.jpg)
彼は、
感慨深くその光景を見ていた。
そして、
今は竹田市となった久住町の商店街や、
幼稚園、小学校を訪れた。
ボクの当時の記憶も走馬灯のように蘇ってきた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/65/1b/842895a4ae0fc8c767347353e16b5c4d.jpg)
彼の妹と同様
約10年間、10キロの道を毎日送り迎えしたものだ。
懐かしい。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/16/36/453c7028f7c295dcea71f4b7eb752ada.jpg)
今は都会に住む彼だが、
彼の魂は
自然児としての逞しさが根付いている。
【追記】
「久住高原メリーファーム」までのいきさつは
拙著『プレーリーホーム - さらに大草原を求めて ー』に認めております。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/58/9c/89229e179a88cc18d89abce5b0cad8df.jpg)
是非、ご一読ください。
【補足】
19985年、
何もない原野を開拓して
水を掘り(150Mボーリング)、
電気を引き(2K先から)、
道路を作り、
家を自ら設計して建てた。
(合計6軒)
そして、馬や羊や動物を飼った。
九州初の遊んで泊まれる観光牧場『久住高原メリーファーム』として
14年間で、ここに2億円を注ぎ込んだ。
そこが、荒れ地や廃墟になるどころか、
こうして立派に使われ続けているのを見ると、
実に誇りに思う。
ボクの足跡をこうして残してくださっている
TAOさんに感謝です。
ありがとうございます。