英の放電日記

将棋、スポーツ、テレビ等、日々感じること。発信というより放電に近い戯言。

『CONTROL』 第1話、第2話

2011-01-20 17:19:08 | ドラマ・映画
 警察組織の位置づけとしては『相棒』の特命係に近いですが、コンビとしては『ガリレオ』に近い。このふたりの絶妙のコンビネーションで事件の真相に迫るところも似ている。ただ、捜査課に煙たがられながらも協力して捜査していくところは『相棒』に近い(ただし、捜査課の初期の捜査はあまりにもずさん)。総合的には『ガリレオ』に近い感じだが、全体的な雰囲気は、なぜか『ハンチョウ』を思い出す。

 さて、『ガリレオ』の湯川教授と同じく、南雲教授(藤木直人)は学問本位+自分本位で相方・瀬川里央警部補(松下奈緒)を振り回す。ただ、湯川教授が物理学で事件を解明していくのに対して、南雲教授は心理学からのアプローチ。
 実はこの心理学が、推理ドラマでは曲者で、教授の前では嘘が通用しない。これがドラマを浅くしているように思う。

 この辺りを、『相棒』の右京と比較して考察してみる。
 右京も洞察の達人で、犯人や関係者の嘘や隠し事を瞬時に見抜く、あるいは、見抜かないまでも違和感を感じてしまう。洞察力+知識(右京)、心理学(南雲)とそのアプローチはちがうものの、証言の真偽、あるいはその裏にあるものを見抜く力はほぼ同等であろう。
 ただ、その証言を前にして、二人の行動に大きな違いが出る。
①右京の場合
 証言に引っかかりを感じても、眉がピクリと動かしたり、目をぎょろりとさせたり、ちょっと意外そうな相槌を打つなどの反応をするが、たいていの場合はその場ではスルーする(時には突っ込んで、真実を引き出すこともある)。
②南雲の場合
 相手にそれが嘘であることをすぐ指摘することが多い。その場でスルーしても、その直後、里央とふたりきりになると、自分の分析を語る。

 ①と②は似ているようだが、視聴者にとっては大きく違う。
 右京は、引っ掛かりを感じても、確証を得るまでは多くを語らない。相棒の尊(及川光博)の明かす場合も多いですが、その全貌は語らない。
 つまり、視聴者は右京の表情にヒントは得られるが、それ以上のことは分からない。その後の思わせぶりな右京の捜査によって、さらに材料(ヒント)が得られ推理を進めることができる。
 南雲の場合は、その種明かしをしてしまうので、その証言に対しては推理することが出来ない。南雲が里央に対して講釈を述べたことは事実と確定してしまう(アドバイザー的主人公なので、間違えては話にならない)。
 相棒に比べて、分かりやすいが、深みがない。

 まあ、そういう面はあるが、主人公ふたりに魅力を感じるので、楽しんでみている。各ストーリの肝の部分は、里央が解明するようだし。


★その他、特筆すべきこと
 松下奈緒の走りは、ものすごくおばさんっぽい
コメント
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