大和二見駅は、奈良県五條市二見にあるJR西日本(西日本旅客鉄道)が保有する和歌山線の駅です。
JR西日本(西日本旅客鉄道)は、西日本を中心として旅客鉄道等を運営する日本の鉄道事業者です。
和歌山線においては、同駅から和歌山寄りの各駅を和歌山支社が管轄し、隣の五条駅の構内から近畿統括本部(大阪支社王寺鉄道部)の管轄に変わります。
JR西日本・橋本駅管理の無人駅です。
令和元年(2019年)6月、木造駅舎から簡易駅舎へと立て替えられました。
奈良県内では、最南端の旅客駅です。
令和2年(2020)3月14日、IOCA(イコカ)導入によりICカード対応駅となりました。
<沿革>
明治31年(1898年)04月11日、南和鉄道の貨物線上に紀和鉄道が接続点(分岐)設置。
明治32年(1899年)09月18日、二見臨時停車場設置/10月1日、廃止。
明治35年(1902年)06月03日、紀和鉄道が接続点に駅を設けて二見(ふたみ)駅開業。
明治37年(1904年)05月17日、紀和鉄道が関西鉄道に全線の営業を委託。
明治37年(1904年)08月27日、関西鉄道が紀和鉄道を買収、旅客駅としては関西鉄道の駅となる。
明治37年(1904年)12月09日、関西鉄道が南和鉄道を買収。
明治40年(1907年)10月01日、関西鉄道が鉄道国有法により国有化され、帝国鉄道庁の駅となる。
明治42年(1909年)10月12日、線路名称が制定され、和歌山線の所属となる。
大正08年(1919年)04月15日、大和二見駅(やまとふたみえき)に改称。
昭和46年(1971年)04月26日、貨物営業の廃止。
昭和57年(1982年)10月01日、当駅から川端駅までの貨物支線を廃止。
昭和59年(1984年)10月01日、五条駅から和歌山駅までが電化。
昭和59年(1984年)10月20日、無人駅化。
昭和62年(1987年)04月01日、国鉄分割民営化により、JR西日本(西日本旅客鉄道)の駅となる。
同駅は、橋本駅方面に向かって左側に単式ホーム1面1線が配置された地上駅です。
「貨物支線(廃線跡)」
駅開業時の南和鉄道は、和歌山線の一部となる高田駅(奈良県大和高田市高砂町)-五条駅(奈良県五條市須恵)等を運行する私鉄でした。
同駅から分岐し、貨物線の終点駅となる川端駅(五條市二見)へ運行していました。
「川端線・川端駅方面(廃線跡)」
大和二見駅から川端駅までの支線は『川端線』と称され、貨物線として主にパルプ材、一般木材、鉱石などが輸送されていたそうです。
昭和57年(1982年)10月1日、廃線及び廃駅となります。
関西鉄道による経営時は、単式ホームの向かいに島式ホームが設置された2面3線の地上駅でした。
向かいのホームは、撤去されずに残っています。
「JR西日本227系電車」【普通・和歌山行き】
JR橋本駅へ移動します。
「隅田(すだ)駅」(1番のりば/王寺方面)(和歌山県橋本市隅田町芋生)
落書き防止のためJR橋本駅長の依頼を受け、地元の隅田中学校美術部員によりイメージキャラクターや地元の風景などの絵が描かれました。
「隅田(すだ)駅」(2番のりば/和歌山方面)
平成23年(2011年)12月27日、完成式典が開催されました。
JR橋本駅(和歌山県橋本市古佐田)で下車しました。
様々な史実が絡み合った歴史ある興味深い駅でした。
当時の時代背景などを認識することができました。
ありがとうございました。
゚・:,。★\(^-^ )♪ありがと♪( ^-^)/★,。・
JR西日本(西日本旅客鉄道)は、西日本を中心として旅客鉄道等を運営する日本の鉄道事業者です。
和歌山線においては、同駅から和歌山寄りの各駅を和歌山支社が管轄し、隣の五条駅の構内から近畿統括本部(大阪支社王寺鉄道部)の管轄に変わります。
JR西日本・橋本駅管理の無人駅です。
令和元年(2019年)6月、木造駅舎から簡易駅舎へと立て替えられました。
奈良県内では、最南端の旅客駅です。
令和2年(2020)3月14日、IOCA(イコカ)導入によりICカード対応駅となりました。
<沿革>
明治31年(1898年)04月11日、南和鉄道の貨物線上に紀和鉄道が接続点(分岐)設置。
明治32年(1899年)09月18日、二見臨時停車場設置/10月1日、廃止。
明治35年(1902年)06月03日、紀和鉄道が接続点に駅を設けて二見(ふたみ)駅開業。
明治37年(1904年)05月17日、紀和鉄道が関西鉄道に全線の営業を委託。
明治37年(1904年)08月27日、関西鉄道が紀和鉄道を買収、旅客駅としては関西鉄道の駅となる。
明治37年(1904年)12月09日、関西鉄道が南和鉄道を買収。
明治40年(1907年)10月01日、関西鉄道が鉄道国有法により国有化され、帝国鉄道庁の駅となる。
明治42年(1909年)10月12日、線路名称が制定され、和歌山線の所属となる。
大正08年(1919年)04月15日、大和二見駅(やまとふたみえき)に改称。
昭和46年(1971年)04月26日、貨物営業の廃止。
昭和57年(1982年)10月01日、当駅から川端駅までの貨物支線を廃止。
昭和59年(1984年)10月01日、五条駅から和歌山駅までが電化。
昭和59年(1984年)10月20日、無人駅化。
昭和62年(1987年)04月01日、国鉄分割民営化により、JR西日本(西日本旅客鉄道)の駅となる。
同駅は、橋本駅方面に向かって左側に単式ホーム1面1線が配置された地上駅です。
「貨物支線(廃線跡)」
駅開業時の南和鉄道は、和歌山線の一部となる高田駅(奈良県大和高田市高砂町)-五条駅(奈良県五條市須恵)等を運行する私鉄でした。
同駅から分岐し、貨物線の終点駅となる川端駅(五條市二見)へ運行していました。
「川端線・川端駅方面(廃線跡)」
大和二見駅から川端駅までの支線は『川端線』と称され、貨物線として主にパルプ材、一般木材、鉱石などが輸送されていたそうです。
昭和57年(1982年)10月1日、廃線及び廃駅となります。
関西鉄道による経営時は、単式ホームの向かいに島式ホームが設置された2面3線の地上駅でした。
向かいのホームは、撤去されずに残っています。
「JR西日本227系電車」【普通・和歌山行き】
JR橋本駅へ移動します。
「隅田(すだ)駅」(1番のりば/王寺方面)(和歌山県橋本市隅田町芋生)
落書き防止のためJR橋本駅長の依頼を受け、地元の隅田中学校美術部員によりイメージキャラクターや地元の風景などの絵が描かれました。
「隅田(すだ)駅」(2番のりば/和歌山方面)
平成23年(2011年)12月27日、完成式典が開催されました。
JR橋本駅(和歌山県橋本市古佐田)で下車しました。
様々な史実が絡み合った歴史ある興味深い駅でした。
当時の時代背景などを認識することができました。
ありがとうございました。
゚・:,。★\(^-^ )♪ありがと♪( ^-^)/★,。・
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます